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異世界猫と転生姫  作者: と〜や
王都行軍編

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32.王都に着きました

 わたしが眠っている間に王都の門をくぐったらしい。馬車がスピードを落として一度止まった時にうっすらと目は開けたのだけれど、目を開けただけだったみたい。

 次に目を開けた時も馬車は止まったままで、目の前の騎士が一人いなくなっていた。

 馬車の中の空気も冷えきっていて、外がずいぶん寒いのを感じる。

 野宿しても風邪を引かない常春の大陸だと思っていたけれど、それでも夜はそれなりに気温が下がるらしい。

 すっかり壁に体を預けていたのを起き上がると、二人が気がついて顔を上げた。


「……おはようございます……」


 なんと声をかけていいのか悩んだ末、それだけ口に出すと、二人はあからさまにほっとした表情を見せた。


「強行軍でお疲れでしょう。先ほど王都に入ったところです。今、オーファン殿が手続きに行っておりますのでじきにお宿までご案内できましょう」


 澄んだ空の瞳をした騎士が答えてくれた。オーファンがいなければ彼らも喋るのだな、と妙に納得をした。

 クロはと見れば膝の上で丸くなったまま、よく眠っている。おかげで寒くはなかったけれど、膝とおしりが痺れているのが分かる。


「あの、少し体を動かしたいのですが」


 そう声をかけると、二人は顔を見合わせて眉根を寄せた。この馬車にわたしが乗っていることを知られたらまずいとか、何か理由があるのだろうか。


「すみません、オーファン殿の指示を仰がないと私達では判断ができないのです」


 緑色の目をしたもう一人の騎士が頭を下げた。


「馬車の周囲を歩くだけでもダメですか?」

「申し訳ありません。手続きが済めばすぐですから、もうしばらくお待ちいただけませんでしょうか」

「そうですか」


 仕方ない、とわたしはため息をついた。

 上司から明確な指示が出ていない以上、許可されていないこと以外は判断を保留するのは最善だろう。

 ただ、手続きが済めばと言いながら、オーファンが長い時間、席を外しているのも事実だ。あとどれほど待てばこの馬車から開放されるのだろう。

 体の重心をずらしたりしながら冷たくなった足を動かす。クロを抱き起こしてしまえば膝の血行は良くなるだろう。もう少し待って、まだオーファンが戻らない時はそうすることに決める。

 それにしても、と降ろされた馬車の目隠しをちらりと上げる。

 おそらく灯がもれないようにとの配慮なのだろう。馬車一台で夜も走るという強行軍だ。護衛も何もついていない。できるだけ秘密裏に動いていたに違いない。


「少し外を覗いても構いませんか?」

「ええ、ですが外はもう暗いですよ?」


 青い目の騎士の言葉に構わずわたしはクロを起こさぬように伸び上がると目隠しを少しだけ開けた。

 ところどころにオレンジの篝火が焚かれて、その周辺だけが明るく浮かび上がる。石造りの建物の前には数人の鎧を着た兵士が立っているのが見えた。


「この辺りは門を守る駐屯所がありますので比較的安全です。ただ、先日ちょっとした騒動がありまして、警戒を強めているのです」


 騒動、と聞いてわたしはどきりとする。

 それは、あの時の騒ぎに違いない。

 どれほどの被害が出たのか、あのあといきなりアンヌの店に戻されたわたしは知らない。

 でも、あの魔王が暴れたのだ。多少の被害では済まないに違いない。

 心臓を鷲掴みにされるような恐怖が蘇りそうになって、あわてて目を閉じると窓の目隠しを降ろした。

 クロが身じろぎをして、膝の上で大きく伸びをした。

 そっと頭をなでてやると、クロはニャア、と鳴いて伸び上がり、ざらりとした舌で頬を舐める。


「その猫、よくなついていますね」

「ええ」


 猫ではなく魔獣なのだが、いちいち訂正するのも面倒なのでおざなりに返事を返す。

 クロが起き上がってくれたおかげで、クロを抱き上げたまま膝を組み替えたり腰を浮かしたりつま先を立てたりすることができた。膝の方へと血が流れていくのが分かるような気さえする。

 それからほどなくして足音が近づいてきた。扉が開いて顔を出したのは、赤毛のオーファンだった。


「ああ、もう起きていらっしゃいましたか。すみません、お待たせしました。これから宿の方に参ります。すぐそこですので」


 言葉の通り、馬車は動き出し、五分も走らないうちに止まった。

 これくらいの距離なら馬車を降りて歩いてもよかったのではないか、と思う。

 それに、何の手続きが必要だったのだろう。確かに馬車の動きは真っ直ぐでなく、蛇行した動きをしてはいたが。

 オーファンが降り、二人が降りてようやくわたしが降りる番が来た。

 体を起こし、腰を伸ばすとクロを抱き上げてタラップを降りた。

 目の前には篝火に照らされた白い石壁の建物が聳えている。

 ただの宿ではなかった。今までウィレムたちと泊まってきた宿がちっぽけに思えるほどの門構え。王都でもおそらく指折りの高級宿に違いない。

 ここに泊まらなければならないの?

 恐る恐る振り返ると、三人の騎士は片膝をついて騎士の礼を取った。


「王命とはいえ、強行軍の旅となりましたこと、お詫び申し上げます。こちらが仮宿となります。明日の朝には学院から迎えがまいりますので、我々はここで失礼致します」

「えっ」


 思わず声が出た。

 明日、学院に入るところまで送り届けてくれるんじゃなかったの?

 赤髪のオーファンは申し訳なさそうに頭を下げた。


「申し訳ございません。学院からの遣いが参りまして、学院長自ら迎えに来るとのことでして……。王命を帯びていると申し上げたのですが」


 なぜ、学院長の言葉が王命を覆せるのだろう。それ自体が驚きだ。

 学院の成り立ちについては、ウィレムから少しだけ聞いた。

 詳細はどうせ学院に入ったら叩き込まれるからと教えてはくれなかったが、学院長の権限が王の命令を上回るとは思えなかったのだけれど。


「王は学院長にはお甘いのです。……約束を違えたこと、申し訳なく思っております」


 改めて頭を下げる三人に、あわててわたしは首を振った。


「いえ、ここまでお護りいただきありがとうございます。どうぞ頭をお上げください」


 三人が立ち上がったのと、宿の人間がやってきたのがほぼ同時だった。

 三人が馬車で立ち去るまで見送ると、宿の人に促されてようやくわたしは宿に足を踏み入れた。

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