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異世界猫と転生姫  作者: と〜や
王都行軍編

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44/84

31.迎えが来ました

 昼食のために立ち寄ったところは小さな村で、二十人ほどの村人がほそぼそと営む街道沿いの宿場だった。

 宿の主たちは立ち寄ったわたしたちの昼食を作るので手一杯のようだ。

 料理は実に美味だった。野菜も肉も魚も近隣でとれたものばかりだという。

 食事のあと、宿の主の好意でいただいたホットミルクを飲んでいる最中のことだった。

 馬のいななく声と轍の音に場の雰囲気が変わる。

 宿の外には交代で護衛が立っている。その彼らの声がとぎれとぎれに聞こえてきた。

 隣をそっと伺うと、ウィレムは顔を顰めて扉の方を見ている。

 気づかぬうちに席を外していたリーフラムが戻ってきた。だが、その顔も眉をひそめて怒ったように見える。


「領主様、王都からの遣いが参っております」

「用件は」


 リーフラムの言葉にさして驚いた風も見せずにウィレムが答えると、リーフラムはちらりとわたしの方を見た。


「リドリス辺境伯の護衛が王都から派遣されてきたとのことです」


 リーフラムの差し出した書簡を一瞥してウィレムはうなずいた。


「承知したと伝えてくれ」


 リーフラムが退出し、ウィレムも立ち上がった。


「シオン」

「はい」

「王都から迎えが来た。ここからはそなたは護衛と馬車に乗れ」

「……え?」


 問いただす間もなくウィレムは部屋を出ていった。騎士たちも次々と腰を上げる。

 どういうこと?

 王都までウィレムの馬車に乗っていくんじゃないの?

 そのつもりでわたしの荷物はウィレムの馬車に積んであるのに。

 ガルフに促されて部屋を出ると、玄関にはリーフラムの他に三人の騎士が立っていた。リーフラムたちの装いとは違って白い布地に金の刺繡が施してある。


「彼女がシオンです。――シオン、彼らが君の護衛につく王国騎士団第一隊のメンバーだ」


 リーフラムは三人の紹介をきちんとしてくれた。

 第一隊ということは、普段は王宮から出ることのない、国王直属の近衛兵たちだ。

 三人は実に良くできた騎士だった。第三隊の面々の前だということもあったのだろう。

 わたしに対する視線も、侮るような色を浮かべてはいなかった。

 それに敬意を表して背筋を伸ばすと淑女の礼を取り、挨拶をする。

 リーフラムもガルフも見慣れたもので特に反応はしなかったが、三人の目には複雑な感情が浮かんでいるのが見て取れた。

 礼には礼を返すものだが、三人ともそのことを忘れて凍ったように立ち尽くしている。

 わたしが口元を緩めると、ようやく立ち直った一人がぎこちなく騎士の礼を取った。つられて他の二人も礼を取る。

 三人の名乗りを受け取ると、リーフラムはあっさりとわたしの身柄を彼らに明け渡した。


「シオン、俺達の護衛はここまでだ。王都まで一緒に行けると良かったんだが。第一隊の彼らは国王の側にいて国王を守る、最も優秀な騎士たちだ。安心して彼らに任せるといい」

「……はい」


 これは王命であり、辺境伯の合意もある。わたしの意志なんて関係ないのだ、とリーフラムの言外の言葉を読み取った。

 隣に立つガルフも口を開いた。


「シオン。領主様から話は聞いている。学院でまた会おう」

「はい。楽しみにしています」


 三人に促されてわたしはクロを抱えて歩きだした。





 そして。

 窮屈な馬車に四人ですし詰めにされている。

 王都からの迎えの馬車はウィレムのそれよりも小さく、四人が膝を突き合わせて座るといっぱいいっぱいだ。

 クロが足元にとぐろを巻く余裕もなく、わたしはクロを膝にずっと抱っこしておく羽目になった。

 会ったばかりの男性三人と密室でぎゅうぎゅうづめとか、何の罰ゲームですか。

 それに、ウィレムの馬車よりかなり早いスピードでこの馬車は走っている。

 三十人の騎士を従えた大所帯より馬車一台のほうが早いのは分かるのだが、それにしても早い。

 早いということはつまり、振動もすごい。

 ウィレムの馬車がどれだけ乗り心地がよく、しかも振動を与えないようにゆっくり走っていたのかよく分かる。

 しかも座面のクッションも薄く、乗って大して時間が経っていないのにおしりが痛くなってきた。

 三人はこの振動で舌を噛まないようになのか、口を閉ざしている。おかげで馬車の轍の音ばかりが聞こえて、まるで通夜のようだ。誰一人何も言わない。

 わたしはクロを抱っこしたまま、馬車の壁によりかかると目を閉じた。


「あの、シオン嬢」


 目を開けると、三人のうち最初に挨拶を返してくれた赤毛のオーファンがわたしのほうを見ていた。

 仕方がない、体を起こすと背筋を伸ばす。


「はい」

「学院から発行された入学許可証を確認をさせていただきたいのですが」


 そういえばあの書類、どこにやっただろうか。

 ウィレムの馬車に積んだ荷物の中にそのまま置き去りにしてきたことに気づいて、青くなる。


「あの、領主様の馬車に積んでいたわたしの荷物は……」

「あれは後ほど、リドリス領主様が王都に到着なさってから学院に送ると聞いております」

「……あの、荷物の中に……」


 途端に三人は眉根を潜めて顔を見合わせた。

 やっぱり荷物、あのままおいてきちゃったんだ。

 あとから送るって、その間わたしはどうすればいいのよ。着替えも本も、石鹸もいい香りのするオイルも何もかも、あの中なのに。

 昼食の村から直接馬車を乗り換えたおかげで、メディアの本だって馬車の中に置き去りだ。ウィレムが気づいてわたしの荷物に入れてくれていればいいけれど。


「困ったな……。申し訳ない。この馬車は荷台がなかったものだから」

「いえ……わたしもまさかこの身一つで王都に入ることになるとは思ってもおりませんでした」


 少しだけ皮肉を込めて。だって、お気に入りの品々やあの吟遊詩人からの貰い物だって入ってたのに。


「それでは、身分証の方を確認させていただいてよろしいですか?」

「はい」


 そちらは教えてもらったとおり、常に身に着けている。首から革紐に通したあの石を取り出すと、オーファンの差し出してきた手に載せた。

 なくしたり奪われたりしてはいけない、とも釘を刺されていたから、首から外して渡さなくてもいいように、革紐は引っ張れば伸びるようにしてある。

 オーファンは石に刻まれた情報を確認すると、恭しくわたしの手に戻してくれた。


「確認できました。ありがとうございます」


 とりあえずは自分の身分を証明できたみたいでほっと息を吐く。


「それとその……こう言うと失礼に当たるかもしれないが、あなたは見た目よりもずっと大人びて見える。魔法を扱う者の中には我々よりもずっと長命で、成長もゆっくりな種族がいると聞いたこともある。あなたはそうなのですか?」


 小説によく出てくるエルフのような長命種かどうか、と聞いているのだと理解するのに少し時間がかかった。

 わたしは首を横に振る。


「違います。わたしのいた国では成人女性はこれくらいが標準です」

「では、あなたも成人している?」


 驚きを込めた声音にわたしは少し眉根を寄せながらもうなずいた。


「そうでしたか。……失礼いたしました」

「いえ。……もう慣れましたから」


 これは半分本当で半分ウソ。そう扱われること自体には慣れたけど、それによって被る心の痛みには慣れてない。

 きっといつまで経ってもわたしはそう扱われ、傷つくのだろう。この世界では仕方がないことだとはわかっているけれど。


「王都には今日中に着きますが、遅い時間になるため王宮の門は閉まっているでしょう。今日は我々が準備した宿にお泊まりください。明日の朝、開門と同時に我らが学院にお連れします」

「ありがとうございます」


 ウィレムが言っていたとおり、学院は王宮の中にあるのだ。入門にはやはり何らかの手続きが必要で、しかも夜間は門が閉まっている。これは気楽に出入りできるようなものではなさそうだ。

 メディアの本の時代ならよかったのに、と心の中で愚痴る。愚痴ったところで仕方がないのだけれど。

 しかし、これでは宿に着いても何もすることがない。着替えがなければお風呂にも入れないし。寝るのはまあ、できるけど。


「荷物がなくてお困りなことがあれば、宿付きの侍女に言付けてください」

「はい」


 それにしても、大所帯で動くとやはり無駄に時間を食うのだということを思い知らされた。

 最初の計画では、明日の夕刻に王都に到着、翌日に登城という手はずだった。登城の手続きも入院の手続きもウィレムがやると聞いていた。

 それが今日の夕刻には着けるという。

 馬車一台だとこれほど身軽になるのだ。

 護衛は中には三人いるが、外は御者台の一人しかいない。何かあれば対処できないようにも思うが、すでに王都の警戒区域内なのだとオーファンは言う。

 その区間で王都に向かう客や王都から出ていく客が襲われるようなことがあれば王国騎士団の名誉に関わるのだ、と。

 それよりは王国騎士団の面々に守られながらゆっくり行くウィレムの方針のほうが安全なように思うのだけれど、それは常識の違いの部分なのかもしれない。

 それでもまあ。

 今夕には長らく続いた馬車の旅が終わると思うと気が楽になる。一日短縮されたせいもあるだろう。

 こんな閉鎖空間に何日もいて平気でいられるのが信じられない。

 いっそのことピートにずっと乗って移動していたかった。

 そこまで考えて、ジャックたちに声をかけられなかったことに気がつく。

 今日の宿に着いた時、わたしがいないのを見てがっかりするだろうか。

 どちらにせよ、学院に入ったあとに存分に二人と二匹には会えるのだけれど、なんとなく悪い気がした。

 学院でわたしの側につくこと自体が処分だ。気のいい話ではないだろう。

 身づくろいを終わらせたクロを抱き寄せるとクロは鼻のさきをぺろりと舐めた。

 考えるのはよそう。

 この苦行が終わるまで、もう少しの辛抱だ。

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