閑話:吟遊詩人の日常 3
授業が終わると子供たちはがやがやと語りながら帰り支度を始める。
クラウスも介助員の女の子達をねぎらって今日使用した教材を取りまとめる。
子供たちは低年齢用の寮に戻されるが、夕食までは自由時間だ。
さすがに五歳未満では街に繰り出すようなことはないが、休日前の今日は面会の日にもなっている。
学院の初級クラスの子どもたちは基本、特別なお休みまでは帰宅は許されていない。
家族が子供たちに会うには事前に申請して王宮への立ち入り許可を得て、面会の日に王宮にあがって学院まで来なければならない。
今日は確か六人の子供たちの家族が面会に来るのだったな、とクラウスは思い出す。
預かっている二十人の子供たちの中には他国の王子王女や宰相の娘、豪商の孫など多種多様だ。もちろん、その中には平民も少なからずいる。
だが、学院に入れば皆等しく家名を名乗らず名前のみで呼び合う。
魔術師の間で身分の差はなく、純粋に力の差によってのみ立場が決まるということをこの段階で教え込まなければならないのだ。
家名を傘に着て云々言い出すような子供は今のところいないので助かっている。
遊び足りないのか、クッションの敷かれた部屋の中でバタバタと走り回っている子供たちを眺めていると、くいと裾を引っ張られた。
見下ろせば、紫がかった銀色の髪の少女がクラウスを見上げている。
「せんせー、こんどいつあそびにつれてってくれるの?」
「アリシア」
膝をついてアリシアの視線に高さを合わせる。アリシアは深い紫色の目でじっとクラウスを見る。
「そうだねえ、今えらい人にお願いしてるところだから、えらい人がいいって言ったら、かな」
「それっていつ? とおかご? らいげつ?」
その言葉にクラウスは苦笑した。
昼間に介護員の女の子と交わした言葉をアリシアは覚えているのだ。
「来月にはいけるといいね。みんなのお世話をしてくれる人も待ってるし、早く決まるといいね」
「……あのくろいひともくるの?」
途端にアリシアは唇を尖らせた。
どうやら魔王サマはアリシアに嫌われているらしい。
「どうだろうな。でも手伝ってくれるって約束はしたから、来ると思うよ。アリシアはクロードが嫌い?」
「……きらい」
おやおや、本当に嫌われている。
「それはどうしてかな?」
「だって……せんせーをいじめるから」
「あれはいじめじゃないよ。僕とクロードは仲が良いからじゃれ合ってるだけだよ。ほら、エンリケとオリオンもよく杖で突きあって遊んでいるけど、仲が悪いわけじゃないだろう?」
五歳の年長組の二人は本当にやんちゃ坊主だ。本好きのクラウスを挟んでよく三人でじゃれ合っている。もっぱらクラウスと一緒に遊びたくて引っ張り出そうとしてるようだが、中が悪いわけではない。
「うん。でも、あのひとなんかこわい」
その感覚は正しい。アリシアは危機感知の能力が高いのかもしれない。
「大丈夫、アリシアや僕やみんなには何もしないよ。でも、怖いことがあればすぐに僕に教えてくれるかい?」
「はい」
「いい子だ。そういえばアリシア、今日は面会の日だったね?」
「……うん」
面会の言葉を出した途端、アリシアは顔をこわばらせた。
ちらりと介助員の女の子に目をやると、迎えが来ているのだろう、入り口でこちらを伺うように見ていた。
「アリシア?」
クラウスが声をかけると、アリシアはこわばった表情のまま、笑顔を作ろうとして失敗している。
「なんでもないの」
「……何か困ったことが起きたら僕に話しなさい。僕は君の先生だからね」
「……うん、わかった」
固い表情のまま、アリシアは介助員の子に連れられて部屋を出ていく。
ちらりと手元の資料をめくり、クラウスは密かにため息をついた。
◇◇◇◇
「暗い顔をしてるな」
王都の館に戻ると、魔王がキッチンでくつろいでいた。テーブルにはコルネリアが作ったと思しき料理が並んでいて、魔王の前には半分注がれたワイングラスが置いてある。
「コルネリアは?」
「時間だからと帰った」
「そっか。……変なことしてないだろうね?」
「するか。お前と違って俺は彼女以外に手を出すつもりはない」
どうだか、とクラウスは鼻で笑い、手に持っていた資料をテーブルに置くと、魔王の向かいに腰を下ろす。
いつ戻るか分からないクラウスのためにと、料理は冷めても美味いものばかりだ。
自分で作るのは楽しいのだが、帰りが遅くなると食事を作るのも億劫になる。
コルネリアが味見用にと作り置いてくれるのは大変助かっているのだ。
「彼女の夫に殺されたくないからね、僕も手を出すつもりはないよ」
「……彼女の夫を知っているのか?」
「ええ、もちろん」
それだけ言って、スプーンを取り上げる。
魔王はそれ以上突っ込んでこなかったが、敵に回してはいけない相手の配偶者だということは感づいてくれるだろう。
「ねえ、魔王サマ」
「なんだ」
「五歳の女の子が家族に会いたくない理由って何だろうね」
「……は?」
眉根を寄せて機嫌悪そうに魔王はちらりとクラウスを見る。
「いや、忘れてくれ」
魔王に聞いたところで分かるはずはない。彼は人間ではないのだから。
生まれながらに優れた魔力を持ち、学院に入ることを認められた子供たちが家族から疎まれたり迫害されたり虐待されたりする例はいまだに絶えない。
アリシアは他国からやってきた平民の子だ。遠方から来た家族と何を話したのだろう。
家族との面会に関しては、すべてが『目』によって記録されているはずだ。
担当教員の権限で、面会内容を閲覧することはできる。
明日のアリシアの様子を見て、必要なら申請してみようか。
他の面接した子供たちについても、様子を見ることにする。
「さすが美味いな、コルネリアの作る料理は」
じゃがいもの冷製スープを口に運び、そう感想を語りながらも、明日の段取りについて考えを巡らせていた。




