28.友達ってなんでしょう
馬車での旅も三日目になると慣れてくる。
ウィレムは今日は書類のチェックをしているらしく、分厚い本を台代わりにしてペンを動かしている。
これだけ揺れる馬車の中でよくブレずに文字を書けるものだと感心してしまう。
わたしはといえば今日も安定の位置で本を貪るように読んでいる。
クロはウィレムが書類を座席に山積みしてるから、足元にとぐろを巻いてる。
メディアの本は悲しいことばかり書かれているわけじゃなかった。
今日読み進めてるのは、王都の風俗に関してだった。
当時の風俗だから今とはかなり違うのだと思うけど、読み物としては面白く読めた。
特に貴族と町娘の違いとかは面白かった。
服装の比較に始まり、化粧の方法や髪型の違い、言葉遣いや立ち居振る舞いの違い、嗜好品の違い、好まれる会話の内容。
それらが手書きの挿絵入りで説明されていた。
メディアは東国とはいえども貴族の娘だから、貴族の服装や立ち居振る舞いには詳しかったようだ。
ブランシュの記憶とも一致する部分があるからよく分かる。
食事のマナーや部屋に入る時のお辞儀の仕方、馬に乗る時の服装なども事細かに説明されている。
東国といえどもその辺りはそれほど変わらないらしい。
もちろん、五百年前のブランシュの記憶のほうがはるかに古臭いわけだけど。
対して、町娘の説明部分は観察して書いたもののようだ。
アンヌの店の女の子達を思いだして、くすりと笑う。
いつの時代でも、女の子の興味は同じなのだ。
華やかに着飾ることが大好きなレダ。
肌を白く保つことに気を使っていたアミリ。
美味しいものが大好きで、ボディラインを気にしていたエミリー。
ウルスラとサーニャが、どこの店のウェイターが銀髪でハンサムだの領主様の門番が黒髪で素敵だのとよく話していたっけ。
彼女たちは元気にしてるだろうか。
本を置いて横になり、窓の下から外に目をやった。
馬車は山道を走っているようで、木立の間から時折空が見える。
男と思われて少年として働いていた間は、女だとバレないように距離を置いていた。向こうからもきっと同じように距離を置かれていたんだと思う。
十歳の男の子みたいな子なんて、彼女たちから見れば本当にガキにしか見えなかっただろう。それでも、邪険にされたことはなかった。
住み込みになって、一緒に食事をするようになってから少しずつ距離が縮まっていった。色々話すようになれたし、この世界の女の子の考え方も分かるようになった。
子供としてしか扱ってもらえないわたしでは入れないようなところに連れて行ってもくれた。
性別が女だとバレてから、彼女たちとの距離はゼロになった。うん、ゼロだよね。遠慮は完全に消えた。その代わり、溝ができた。
……ウソだ。できたんじゃない。
自分で作ったんだ。
なんでだろう。友達になろうとしなかったのは。
確かにアンヌの店で働き始めた時は気も張ってたし、そんなことより生きることのほうが大変だった。とてもじゃないけどそんな余裕はなかった。
でも、住み込みになって。
生きていくことに不安がなくなっていたのに。
彼女たちから一歩引いて見ていた。
わたしは違うから。
そう思ってたのは事実だ。
勇者だと知られたくなくて。
この世界の人間じゃないと知られたくなくて。
溝を作った。
……わたしはもしかして、怖かったのかな。
すべてを知られて、失ってしまうのが。
彼女たちの顔から微笑みが消えるのを見るのが。
元の世界と同じように、友達だと思ってた子たちがそっぽを向くのを見るのが。
……怖かったんだ。
空が滲んできて、目を閉じる。
ニャア、とクロが登ってきて、いつものように胸の上に座った。
「クロ」
胸の上で身づくろいを始めたクロは、ついでのようにわたしの方にのびあがってきて頬を舐めた。涙の流れたあとをぺろりと舐めていく。
「大丈夫よ、ありがと」
柔らかなクロの毛並みを撫でると嬉しそうに喉を鳴らした。
胸に直接響くその音が心地よい。
服を通して伝わってくるクロの少し高めの体温に誘われて、クロを抱っこしたまま眠りに落ちた。
目が覚めたら、体の上に深緑のコートが掛けられていた。
起き上がるとウィレムが眉根を寄せてわたしを見ている。
「毛布の上に寝られると掛けるものがなくなる」
「す、すみません……」
馬車は今日の宿についたようだ。差し出したコートを手に、ウィレムが先に降りていく。
アンヌの店に顔を出せなくなってからまだ一月も経ってないのに、みんなに無性に会いたくなった。
いつかあの街に戻れたら、友達になってって言えるかな。
……言えるようになりたい。
ニャア、とクロが鳴き、先に馬車を降りてわたしを振り返る。
本を握りしめて、わたしも馬車を降りた。




