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異世界猫と転生姫  作者: と〜や
王都行軍編

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37/84

26.豪華な部屋にびっくりです

 揺り起こされて目が覚めた。

 腕の中に抱き込んでたクロが先に起き上がって、わたしの顔を舐める。


「起きろ。着いたぞ」


 低いその声がウィレムの声だと気がついて、飛び起きる。びっくりしてクロが馬車の床に飛び降り、身づくろいを始めた。

 外からは賑やかな声が聞こえてくる。窓の外に目をやればすでに真っ暗で、馬車の中が明るいのはカンテラの光のおかげだと気づいた。


「えっ、夜?」

「そなたがあまりによく眠っていたので昼は起こさなかった」


 疲れていたんだろうか。あのあと寝た振りをしたつもりだったのに、ぐっすり眠っていたとは。


「先に降りている。そなたも準備して降りてきなさい」


 ウィレムを見送って、まだ座席の上に載せたままだった足をおろす。

 体に掛けられていた深緑の布に気がついて取り上げると、どうやらロングコートのようだ。大きさからしてわたしのものじゃない。ウィレムのものだ。そういえば、さっき降りていったウィレムは上着なしだった。

 あわててコートを抱えたまま馬車の扉を開ける。持って降りるようなものは……クロぐらいなものだ。


「クロ、行くよ」


 ニャア、と返事をしてクロはわたしより先にぽんと飛び降りた。そのあとをわたしも追いかける。

 外に出ると肌寒かった。従者の人とかが馬車から荷物をおろしたり、馬を引いて行ったりと忙しく動いている。宿の前なのは分かったけど、人の行き交いで動けないでいると、クロが走り出した。


「クロ、待ってっ」


 人の間をすり抜けるクロを追うと、宿の前に立つ二人と二つの大きな影が見えた。クロに気がついて、それからわたしに気がついたみたいで手を振ってくれる。


「お、来たな」

「ジャックさん、ウルクさん!」

「久しぶり。元気だった?」


 ジャックもウルクもいつもの笑顔で迎えてくれた。クロがぽんとわたしの背中に飛び上がってきて、肩の上に座る。


「お、クロも元気そうだな」

「はい、お二人のおかげです」


 ちょっとだけ二人に対する罪悪感が湧き上がり、頭を下げる。と、ぽんと頭を叩かれた。顔を上げるとジャックの手が載っている。


「まーだ気にしてんのか、この姫さんは。とっとと忘れちまえ」

「でも……」


 二人の処分内容を聞いてしまったのだ。気にならないはずがない。

 二人もすでに自分たちに下された処分を聞いているのだろう。聞いてなお、いつもと変わらない表情でわたしと接してくれる。

 大人だ。年齢とかではなく、心構えが大人なんだ。わたしがもし同じことになったら、こんなさっぱりした笑顔で笑えるだろうか。


「私たちはもう気にしてない。それに、クロが回復するには必要なことだっただろう? クロが元気であればそれでいい」


 ウルクは肩に乗るクロにそっと手を差し伸べた。クロもわかっているのだろう、ざり、と舌で指先を舐め、ニャ、と鳴く。

 それから、わたしの頬を舐め始めた。


「ピートもヴィルクもクロとシオンに会いたがってたんだ。なでてやってくれるか?」


 ウルクの言葉にわたしはうなずき、微笑んで顔を上げた。

 ジャックの後ろから覗き込んでいる嘴に手を伸ばすと、ヴィルクは頭を下げて手の高さに合わせてくれた。


「ヴィルク、ありがとね」


 鳥はどこをかいてあげると気持ちいいんだろう。わからないから、頭の部分をなでなでしてると、横からしっとり濡れた鼻が横入りした。


「ピートも、ありがと」


 柔らかい毛並みの猛獣も頭を下げ、気持ち良さそうに目を閉じてわたしの撫でるままにされている。

 肩から腕を伝ってやってきたクロが二匹をくんくんと嗅ぎ、ぺろりと舐めて挨拶すると、びっくりしたようにヴィルクは頭を上げ、ピートも目を開けて背を伸ばした。


「よかったな、ピート。ヴィルク」

「クロもちゃんと挨拶できてよかった。森では疲れ切って寝てたから、挨拶できなかったもんね」


 腕から肩に戻ってきたクロに手を伸ばすと、ぐるぐると大きな音を立てて喉を鳴らし始めた。


「シオン殿」


 不意に呼ばれて振り向くと、ウィレムがいつもの冷たい表情で立っていた。

 ジャックとウルクが姿勢を正して礼をするのが見える。


「挨拶は済んだか」

「はい」

「では、部屋へ案内する。――ジャック、ウルリーケ。君たちの魔獣は宿の裏庭なら留め置いて良いと許可をもらってある。リーフラムに案内してもらえ。裏庭に面した部屋を割り当ててある」

「了解しました」

「明日の出発は八時だ。それまでに食事を済ませておけ」

「はっ」


 それだけ言いおいて、ウィレムは踵を返す。わたしはまだ頭を下げている二人をちらっと見る。このままウィレムについて行っていいの? まだ話がしたかったのに。

 ちらりと顔をあげたジャックがウインクひとつくれて、顎で行けと示してくれた。

 ウィレムはと見ると振り返りもせずずんずん歩いていく。

 わたしは二人に頭を下げて、あわててウィレムの後を追った。


「あの、領主様」

「何だ」

「これ……すみません。ありがとうございました」


 深緑のコートを差し出すと、ウィレムは立ち止まり、受け取った。


「明日は毛布を用意させる」

「……はい」


 なんでわたし、こんなことで落ち込んでるんだろう。

 謝ってもお礼を言っても、この人は固く冷たい。表情が変わることなく、冷たい目で見下される。

 もう慣れたと思ってたけど……それが嫌なんだろうか。

 もしかして、わたしはこの人に恨まれたり憎まれたりしてるんだろうか。それは――わたしが召喚された勇者だからなの? それとも、勇者のなりそこないだからなの?

 左手の篭手に手をやる。

 ジャックもウルクも優しい。わたしのせいであんなことになってるのに、決してわたしに当たったりしない。それは、わたしを子供だと思っているから、なんだろうか。大人の義務だと思ってるんだろうか。

 二人には嘘をつきたくない。でも、年齢のことを言うと、わたしがこの世界の人間じゃないと言わなきゃならないだろう。それは……まだ言えない。それでも、十歳として扱われたくない。……これって、わがままだろうか。

 ウィレムはわたしの実年齢が子供だろうが大人だろうが容赦しないだろう。……うん、きっと今と同じ態度を取り続ける。

 宿の階段を上がる。入り口もそうだけど、内装が半端なく豪華だ。貴族が泊まる宿だからだろうか。それとも、王国騎士団御用達の宿か何かなのだろうか。

 二階の奥に行く途中でリーフラムとガルフに出くわした。二人はウィレムに道を開け、頭を下げた。ウィレムは立ち止まるとわたしを振り向いた。


「リーフラムとガルフはわたしの隣の部屋だったな」

「はい」

「シオン、そなたの部屋はガルフの隣だ。案内してやれ。食事は部屋に運ばせる」


 ウィレムから差し出された鍵を受け取ると、ガルフは顎で来い、と示す。仕方なくウィレムの前を通ってガルフの後を追う。ちらりと後ろを見ると、ウィレムはリーフラムを連れて一番奥の部屋へ吸い込まれていった。


「お前、大丈夫か? 昼も馬車から降りてこなかったし」

「あ、それは……寝てただけだから大丈夫」


 クロがニャア、と鳴く。肩の上がすっかりお気に入りのようだけど、首をちょっと斜めにしないといけないので長く歩くと辛い。


「ここがお前の部屋だ」


 鍵を差し込んで右に回し、扉を開ける。

 部屋の中は真っ暗だったが、ガルフが短く呪文を唱えると四方のカンテラに火が灯った。

 明かりに照らし出された部屋は、一人で寝るには広すぎるベッドと応接セット。文机の上には水差しとコップが、ベッドサイドには果物の盛り合わせが置いてある。

 クロをベッドにおろして、わたしもベッドに座ってみる。ふかふかなマットレス。シーツの肌触りも気持ちいい。


「すごい……これ、置いてあるものって飲んだり食べたりしていいのかな」

「いいと思うぞ。二階はどれも貴賓室クラスだから、飲み物もフルーツもサービスに含まれてる。俺たちの部屋には酒が置いてあった」


 どの部屋に誰が泊まるのかによって置く品物も変えてるんだ。こんなサービス、初めてだ。

 試しにぶどうを一粒つまんで口に入れてみたけど、すっごく甘くて美味しかった。


「食事は運ばせるって言ってたな。俺たちは他の隊員と下の食堂で食べるから一人になるけど、大丈夫か?」

「多分、大丈夫」


 部屋の中を探検する。あちこちにある扉を一つひとつ開けてみると、六畳間ぐらいあるウォークインクロゼットに独立した浴室、トイレ、それから洗面所。なんて豪華。なんて贅沢な部屋。


「寒いようなら暖炉に火を入れるが」


 少し考えて、わたしは首を横に振った。食事をして寝るだけならもったいない気がする。


「ガルフさんの部屋もこんな感じ?」

「そうだな。この階の部屋はほぼ同じ構造のはずだ。……荷物はまだ届いてないか?」

「あ、そういえば」


 馬車からは確か侍従の人がおろしてくれてた。あれって、どこに運ぶとか指示しなきゃいけなかったのかな。ウィレムのあとをついてきたから、気にしてなかった。


「一応確認してくる。部屋からは出ないように」

「はい」


 ガルフを見送ったあと、わたしはもう一度部屋をぐるりと探検する。クロもついてきて部屋の中を丹念にチェックしていた。お風呂を覗いた時、クロは嬉しそうにしっぽをピンと立ててニャアニャアと頭をこすりつけてきた。

 そういえば、領主の館にいた間、一度も綺麗に洗ってあげられなかった。荷物が来たら一緒にお風呂に入ろう。

 荷物が運ばれてくるまで、部屋の絨毯のふかふかさを確かめ、ソファの寝心地を試したりして楽しんだ。

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