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異世界猫と転生姫  作者: と〜や
リドリス領編

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35/84

25.初めての街を離れます

 早朝。

 領主の館の前庭に王国騎士団第三隊と魔術騎士団の面々は勢揃いしていた。

 傭兵たちは今回の王都への帰還には含まれていない。というのも、傭兵たちはリドリス領での警護任務として仕事を請け負っていて、王都に戻るのは仕事の期限が切れた時か、仕事をやめた時だからだ。

 故に、三十数名が、騎士たちは馬に跨がり、パートナーを連れて並んでいる。

 わたしは領主の隣から彼らを見下ろす形になった。

 領主の前にリーフラム隊長とガルフが進み出てきた。

 これは儀式的なものなのだろう。交わされる会話を聞くともなく聞きながら、わたしは騎士たちを眺めた。

 ざっと見たけれど、ピートもヴィルクもいない。まだあの森に足止めされているのだろうか。それにしては、ジャックもウルクも見当たらない。

 二人に対しては、何らかの処分が下されるだろう、と隊長からは聞いていた。

 わたしが護衛を伴わず、休暇中の彼らを伴ったせいで二人は処分された。

 隣に立つウィレムにも言われた。わたしの考えなしな行動が彼らに迷惑をかけたのだ。

 どういう処分が課されたのかは聞かされていない。でも、除隊になったりすることはない、とはリーフラムも言っていた。それを信用するしかなかったのだが。

 この場に二人がいないのは、どういうことだろう。

 まだ謹慎が解けていないのか、それとも彼らだけここに残すのか。

 どうしたら償えるだろう。

 今後についてはわたしが身を慎めば他の人に迷惑はかからないだろう。でも、二人は。

 腕の中のクロがわたしの顔を見上げている。わたしはそっとクロの頭を撫でた。





 儀式が終わって、わたしはウィレムに促されてリドリス辺境伯の紋章が刻まれた銀の馬車に乗り込んだ。

 わたしは単なる『魔術学院への入学を許可された子供』でしかないわけで、他の騎士や魔術師たちと一緒に歩いてもよかったのに、警護の関係上、という理由でウィレムと同じ馬車に乗せられた。

 六人は乗れる大きな馬車に、ウィレムとわたし。それからクロ。ウィレムの侍従たちは御者台ともう一台の荷馬車に分乗している。

 クロは早々に膝の上で丸くなり、向かい合わせに座ったウィレムとわたしは会話もなく、仕方なく窓の外に視線をやった。ちらりと見れば、ウィレムは仕事こそしてはいないものの、何やら書類を読んでいる。

 リドリスは辺境というだけあって、王都までかかる日数が長い上に、それなりの大世帯だから進行も遅い。早馬でも四日、馬車では一週間以上かかる。

 一週間もこの空気が続くのか、と思うとげんなりする。

 こんなことなら、何か読むものを持ってくればよかった。でも、あの館の図書館にあった本はすべてリドリス領主のもので、持ち出せるものではなかった。

 せめて、魔法の入門書でも鞄から出しておけばよかった。明日、馬車に乗るときにはぜひそうしよう。

 外を見るのも嫌いじゃないけど、目の前にいるウィレムを完全に無視できない以上、気を紛らわせることをしていたほうが余程いい。


「退屈か」


 そんな思考を打ち破られて、わたしはしぶしぶ目の前の男に向き直った。


「長く馬車に乗るのは初めてなので、暇つぶしを考えておけばよかったと思っています」

「そうか。慣れていないなら外を眺めているといい。本などは読んでいて気分を悪くすることもある」


 ウィレムは顔を上げず、話を続ける。


「何もすることがなければ寝ていても構わない。食事時にまた起こしてやろう」

「えと、ありがとうございます」


 ああ、だからこの六人がけの馬車を選んだのだろうか。それなら、わたしが横になっても楽に眠れる。ウィレムは背が高いから足が余るだろうけれど。


「それと、あの二人だが」


 外に視線を向けていたわたしは振り返った。ウィレムはようやく顔を上げ、わたしを見た。


「ジャックさんとウルク……ウルリーケさんのことですか」

「ああ。そなた、出発式の時に気にしていただろう」


 気づかれてた。あまりキョロキョロしてたせいだろうか。


「あの二人の契約魔獣は大きすぎるので、隊と同道することはできない。王都までの旅程の先触れをしてもらっている。宿に着けば合流できるだろう」

「そうですか。……ありがとうございます」


 一応礼を言っておく。あのまま放置とかだったらわたしはいつまでもあの二人に償えなくなるもの。


「その後、学院に入るそなたの護衛につける」

「え……ええっ?」


 せっかく騎士団第三隊のメンバーになれたって、喜んでたのに。

 隊から離れるの? わたしのせいで。


「な、んでっ」

「それがこの間の件の処分内容だ。本来、初級魔術をまともに操れないそなたは初級クラスに編入される。だが、それではそなたを護衛することは出来ない。王立の学院といえども、不審人物を完全にシャットアウトすることは不可能だし、様々な思惑で役割をもつ人間が配置されている。人の出入りも多い」

「……はい」

「そこで、魔術学院の理事長には記憶のないそなたが勇者かもしれない、と知らせてある。他の者には伏せてもらうよう誓約を取り付けた。年齢的にも初級クラスだと完全に浮く。初級クラスは三歳から五歳の子供ばかりだからな、そなたが入ると世話係に回されてしまうだろう」


 三歳から五歳。幼稚園の年少組じゃないか。それは……かなり辛い。言葉に不都合はないけれど、幼すぎる子供たちとちゃんと意思疎通できるとは思えない。


「だから、特別に個人授業をお願いした。おそらく初級クラスから中級クラスまではウルリーケが授業を担当することになるだろう」

「えっ? 護衛じゃなくて?」

「それは理事長からの提案だ。護衛に彼女をつけると話したら、臨時にそなた専属の教師として学院で雇うことになった」

「そう……ですか」


 ちょっとびっくりした。そんなに簡単に臨時教師を雇えるの? なら、どんな人が潜り込んでいてもわからないわけだ。それに、学院の教師として採用されるってことは、ウルクの腕はやっぱりいいんだろう。第三騎士団の騎士となったあとで魔術騎士団に抜擢されたくらいだ。


「学院って、護衛の人も入れるんですか?」


 確か、全寮制って言ってなかったっけ。寮にジャックさんやウルクさんも入れるの?

 ウィレムは首を振った。


「普通は入れない。だから、ジャックも魔獣に関する臨時教師になってもらった。寮は他の者たちと同じだが、授業は個別に受ける。ジャックとウルリーケは教師用の寮に入らせる。敷地は学生の寮と同じだから、何かあればすぐ分かるだろう」


 ジャックさんまで。……本当に何でもありなんだ。教師といえども油断しちゃだめってことなんだろうな。

 それは、学生や職員についても同じなのかもしれない。


「夜の護衛ができないのが残念だが、さすがにウルリーケを再び学院の学生として送り込むのは無理なのでな。ガルフに夜間の護衛用魔具を作らせている。学院に入るまでには出来上がるだろう」

「はぁ……」


 気が付かないうちにどんどん大きな話になっている。この調子だと、ガルフも専任の教師として潜り込まされそうな勢いだ。


「ああ、そういえばガルフの工房を見に行く話になっているそうだな」

「えっ!」


 なんで知ってるわけ? 確かにガルフとはそういう話はついてるけど、いつ行くとかいつ行けるとかはまだ何も決まっていない。


「もしそなたが魔具の製作に興味を持っているなら、ガルフも学院の教師として採用させよう」

「えっ、いえ、あの、ガルフさんにはガルフさんの仕事があるんじゃないんですか?」


 ジャックとウルクはあの件の処罰だと言うことで一応の納得はしている。でも、ガルフは魔術騎士団のいわばホープだ。魔術師たちからはガルフ隊長と呼ばれているし、リーフラムと同等の隊長なのだと思う。

 そんな地位の人間が、わたしのために学院に縛り付けられるのは間違っていると思う。


「リドリスから引き上げた彼らは王都に着いたら一ヶ月の休暇が待っている。その間だけなら構わないと思うが」

「でも、それはガルフさんに悪いです」

「ガルフからは休みの間ならば構わないと答えをもらっている。興味があるなら受けてみるといい」

「あの……学院に入ってから考える、じゃダメですか?」

「手続きに時間がかかるから、手続きをしている間にガルフの休みがなくなるぞ」

「うっ……」


 ウィレムを上目遣いで睨むと、ウィレムはいつもの冷徹な顔ではなく、眉間のしわも消えている。

 絶対からかわれてる。

 ガルフさんの工房には行きたいけど、いつ行けるか分からない。学院でガルフさんから直接手ほどきを受けられるなら、そっちのほうが将来的には絶対にお得だ。


「……決まりだな。じゃあ、そのように手続きさせる」


 結局その言葉に異を唱えられず、わたしは口を閉じた。


「そなたが気に病むことはない。勇者として使えるようになるのがそなたの責務、そなたが勇者として立てるよう支援するのが俺の責務だ。気になるなら、一日も早く勇者になることだな」


 いつもの冷たい顔を作ると、ウィレムは書類に戻った。

 少しだけ浮ついていた気分が地に落ちる。そうだ、この人は別にわたしがどう生きようと、基本興味はない。勇者である自分にしか、興味がないのだから。

 頭から冷水を浴びせられた気分で、わたしはクロを抱き上げるとウィレムに背を向けて座席に横になった。当分顔も見たくなかった。

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