22.魔獣に会いました
二日後のお休みの日。朝食の前に別邸を訪れると、入り口に二人の人影が立っていた。片方はこの間も会ったジャックだ。短く切った黒髪におひさまのような黄色い瞳。休暇の今日も鎖帷子を身に着けている。
もう一人は誰だろう。片口まで流れたさらっさらな銀の髪と青い瞳。王子様と言われても通用しそうなほどのハンサムだ。
「おはようございます」
「よう、早くにスマンな。彼女がシオンだ。シオン、こいつがウルク。前に言ったっけ? 魔獣をパートナーにしてる奴だ」
「よろしく、シオン。ウルリーケだ。ウルクと呼んでくれて構わない」
差し出された手を握り返して、わたしはびっくりしてウルクを見上げた。
同じように鎖帷子を着込んでいるからはっきりは分からないが、ウルリーケって女性の名前だよね。この人は女の人なんだろうか。
「ん? シオン? 何かコイツの顔に何か?」
「あ、えっと。ごめんなさい。すごく綺麗な人だから……」
ジャックの言葉に慌ててわたしは俯いてそう答えた。
「ああ、そういうことか。わたしは女だ」
頭の上にぽんと手が置かれる。顔を上げると、ウルクはにっこりと微笑んでいた。
「胸が標準以下なので、よく間違われるんだ。まあ、おかげでこうやって堂々と第三騎士団に入れてるわけなんだが」
「え?」
ウルクの言葉にわたしは首を傾げた。女性の騎士はそれほど多くないが、王族の女性を守るのに女性騎士が配置されることは少なくない。
ウルクをもう一度しげしげと眺める。ジャックの身に着けている鎖帷子や篭手と同じものを身に着けているように見える。
「女性でも騎士団には入れますよね?」
ね? とジャックの顔を見ると、ジャックは苦笑を浮かべていた。
「ああ、シオンは女性騎士の鎧を見たことがないんだね。女冒険者の鎧姿とか見たことがないかい?」
ウルクの言葉に街で見た女冒険者を思い出す。必要最小限の大事な部分だけを鎧で隠し、肌の露出を最大限にした鎧しか見たことがない気がする。
「あんなのをわたしが着られると思うか? しかもあれは、胸が標準以上あるのが前提なんだ。わたしではぶかぶかで鎧の役に立たん。他の騎士団は女だと知るとあの鎧を強要してきたんだが、第三騎士団だけは、団長がどちらの鎧を選んでも良い、と言ってくれたんだ。本当に助かったよ。せっかく王国騎士団に入る資格を得たってのに、鎧だけで落とされるとか冗談じゃないから」
ああ、なるほど。ウルクの説明で納得した。リーフラムはおそらく実力さえあれば、男だろうが女だろうが構わない人だ。そんな瑣末事にこだわるような人ではない。だからこそ、わたしも拾ってくれたのだろうから。
「まあまあ。それに結局お前は魔導師になったから、騎士姿はしなくていいんだぜ?」
「いやよ。任務中は仕方ないからローブを着るけど、休み中ぐらい好きな格好したっていいでしょう?」
ウルクが言うと、ジャックはやれやれ、と肩をすくめた。
「ともかく行こうか。そろそろ朝食の奴らが来るし」
ジャックの言葉にウルクはぱっと顔を赤らめて言葉を濁した。黙っていれば美形ハンサムなんだけど、多分気分が高ぶるとこうやってしゃべり続ける人なんだ。
「ご、ごめんなさい」
「いいってことよ」
「じゃあ、今日は一日よろしくお願いします」
「おう、こちらこそ。俺らのパートナーにまず引き合わせるよ」
二人は別邸から離れ、領主の館を出る方向に歩きだした。領主の館は壁で囲まれた広い土地なのだが、別邸から門の方向へは迷路のように刈り込まれた通路があるのみで、魔獣たちを収容できるような建物は見当たらない。
「あの、お二人のパートナーはどこにいらっしゃるんですか?」
「領主の館には連れ込めないから、近くの森に繋いであるんだ。いい感じに魔力溜まりがあってね」
「そうなんですか。かなり大きいって聞いたんですが、館には入れないぐらいなんですか?」
そう話をしながらもどんどん門の方へ歩いていく。わたしも領主の館を出ていいんだろうか。ちょっとビクビクしながら後ろを振り返るが、追いかけてくるような姿は見当たらない。
もともとお休みを取っているわけだし、隊長からも許可はもらっている。敷地内を出たところで問題はないだろう。そうに違いない、と自分を納得させて、門の方に顔を向けた。
「もうじき外に出ます。ここから森までは少しあるけど、歩ける? しんどいようなら馬車を準備するけど」
ウルクの言葉にわたしは首を横に振った。
「はい、大丈夫です。それに久々の外なので、歩けるなら歩きたいです」
「そう、じゃ歩きで行きましょ。帰りはここまでわたしのピートに乗せて帰ってあげられると思うよ」
ピート、というんですね。ウルクさんのパートナー。
「えーっ、俺のヴィルクに乗ってもらうつもりなのに」
「あんたのは乗り心地が悪いわよ。空を飛ぶんならともかく、歩くのには向いてないわ」
乗るとか飛ぶとか、わくわくなキーワードが聞こえてくる。もしかして、ピートはクロみたいに四足でしかも乗れちゃうほどでかいのだろうか。それにヴィルク。背中に乗って空を飛べるとか、一度やってみたいなあ。
そんな話をしながら、気がついたら門を通り過ぎていた。誰かが追ってくる様子もない。よかった、このままお出かけ出来そうだ。クロのことはもちろんだけど、今日はわくわくしっぱなしだ。
町外れまで歩く途中でアンヌのお店に寄って、朝ごはんを頂いた。
エミリーが給仕してくれたけど、どう見てもジャックじゃなくてウルクに媚を売っている。この人女の人だよ、と教えてあげるべきだろうか、とちょっと悩んでる間に脇腹をつねられたので教えないことにする。
森に足を踏み入れると、ジャックもウルクも迷いなくまっすぐ歩いて行く。途中、クロと野宿した場所を通りかかると、二人は怪訝そうな顔をした。
「ここ、わたしが野宿していた場所なんです」
「ここに? 雨が降ったら大変だったろう」
「雨が降る前にアンヌさんのお店の二階を借りられたので」
「ああ、そうか。……妙にここ、残留魔力が高いな」
「溜まりほどにはなってないけど」
二人の気配が鋭くなる。周りを警戒してるのだ。
「とりあえず、合流を急ごう。この先にいるから」
もう少し先に行くと、あの川がある。わたしがお風呂代わりにしてた川べりに、銀色の獣が見えた。
「ピート!」
ウルクが声をかけると、銀の毛並みの獣がのそりと立ち上がる。うん、クロと同じで猫科だよね。毛皮の所々に黒い斑点がある。ピューマとかそんなやつかな。
立ち上がった獣は大きく伸びをすると軽々と地面を蹴った。あっという間に至近距離に来て思わず身をすくめたが、わたしを通り過ぎて少し後ろに立っていたウルクの側に着地した。
「よしよし」
大柄なウルクとほぼ同じサイズの猫科なピートは、ゴロゴロと喉を鳴らしながらウルクにご挨拶してる。仕草はほぼクロと一緒だ。
「シオン、これがわたしのパートナー、ピートだ。ピート、彼女はわたしの友達のシオン。籠の中の子は彼女のパートナーのクロ。よろしくな」
「よろしくお願いします、ピート」
出来れば触りたかったけど、ちょっと警戒されてるのが分かったから、声だけかけておいた。きっとピートはウルクが大好きなんだね。ジャックに対しても邪険にしてるのが見て取れる。
「あの川べりは魔力溜まりになってるみたいだ。シオン、クロをあそこに連れて行ってみたら?」
「あ、はい」
言われて、わたしは川べりに降りていった。この道も懐かしい。
クロを籠から出して、一枚岩の上に置く。今日は天気が良くて、岩の上に座ってるだけで暖かくて気持ちいい。
「おーい、ヴィルク」
ジャックの声に反応したのか、大きな羽ばたき音が聞こえた。川の向こう岸で、ジャックが差し出した腕に巨大な鳥のようなものが止まっている。
「よしよし」
猛禽類のようなくちばしを持っているようにも見えたが、ジャックはポケットから餌の木の実を取り出してさしだしている。
「シオン、これがうちのヴィルクだ。肉食に見えるだろうけど、木の実しか食わないから安全だぜ」
わたしはクロを置いてジャックのそばへ行った。ピートは遊びたそうにジャックの腕にいるヴィルクにちょいちょいと腕を伸ばしている。
「ヴィルク、彼女がシオン。あっちのちっちゃい黒いのは彼女のパートナーのクロ。食うなよ」
「よろしくお願いします、ヴィルク」
「ほら、クロ連れておいで」
「あ、はい」
わたしはあわてて一枚岩の上に戻った。籠から出したクロはひなたぼっこをしていると思っていたのに、近くには見当たらない。
「クロ? クロ!」
「どうかしたのか?」
「クロが、いないんです」
ジャックの言葉に答えながらも視線は足元の茂みに向いている。もしかして他の動物に取られちゃったんだろうか。それとも、まさか寝返りを打って川に落ちちゃったの?
川に分け入って、ざぶざぶと下流の方に進む。
「ピート、彼女の匂いのする小さな魔獣を探してっ」
銀色の毛並みが流れるように飛んでいく。ウルクも駆け寄ってきて川上の方へ茂みを分けながら探し始めた。
「くそっ、こういう時に契約してれば一発なのに……ヴィルク、お前は空から探してみてくれ。黒い猫だ」
くるる、と鳴いてヴィルクが飛んでいく。羽ばたきの起こす風だけで今のクロなら飛んでいってしまいそうなくらい強い。
「クロっ」
下草を押しのけながら、川を下っていく。このあたり、クロに取られた下着を拾いに来たっけ。こっから先は急な流れになってる。まさか、この先に行ってたら……。
ぞっと背筋が凍った。
クロがいなくなる。
唯一の仲間が、いなくなる。
また、一人ぼっちになるの?
「いやっ……クロっ」
ニャア、と声がした。はっと気がついて顔を向けると、反対側の川岸に人が立っていた。
黒い服。……隊長がいつも着てる軍服に似てる。騎士団の人じゃないと思う。傭兵さんの一人だろうか。
「だ、誰っ」
その腕の中に、黒い猫が抱っこされていた。
「これ――君の猫?」
首にはオレンジと白のリボンが巻かれている。
「クロっ!」
川を渡って反対側に登れる道を探す。なんとか上りきると、黒服の人は変わらずそこに立っていた。
腕の中のクロは、毛艶もよく、気持ち良さそうに眠っている。
「は、はい、わたしの……」
黒服の人は不意にわたしに顔を近づけた。至近距離にいきなり白い顔が現れて、ドキッとする。この国の人にしては白い顔だ。
「ああ、確かに同じ魔力の匂いがしますね。この首輪にあなたの魔力を感じる」
「は、はい、それはわたしがつけたもの、です」
「ずいぶん弱っていたので、治癒しておきました。もう大丈夫でしょう」
わたしが手を伸ばすと、その人は腕の中のクロを素直に抱かせてくれた。わたしの腕の中に納めたクロは、少し重く、大きくなった気がする。ううん、これが元のクロだ。ずっとやつれて、骨と皮みたいになってたのを、この人は治してくれたんだ。
「あのっ、ありがとうございます。クロは大切な仲間、ううん。家族なんです。救ってくれてありがとう。……何か、お礼をさせてください」
黒服の人は手を伸ばしてわたしの腕の中のクロを優しく撫でたあと、わたしの頭に手を載せた。
「気にしなくていい。もしまたその子の調子が悪くなったら、ここに連れておいで。治してあげよう」
「えっ、でも……もしかしてあなたは、魔獣専門のお医者さんか何かですか?」
しかし黒服の人は首を振った。
「全てを治せるわけじゃない。たまたまその子を治せただけだ」
「あの……じゃあ、せめて、治療費を」
そう言ってもやっぱりその人は首を横に振る。
「じゃあ……えっと、わたし、もうすぐここからいなくなるんです。王都に行っちゃうんですけど……王都に着いたら何かお礼の品を送りたいので、住所を教えてもらえませんか?」
それでもやっぱりうんとは言ってくれない。
ジャックとウルクがわたしを探す声が聞こえてくる。わたしは自分の居場所を知らせようとそちらを向いた途端、後ろからやんわりと抱きしめられた。
「えっ、あのっ」
「またね――白姫」
耳の側でそう囁かれ、頬にふにゃっと柔らかな感触がした。
――ななな、なにっ? 今のっ。
びっくりして振り向いたが、そこにはもう人の姿はなかった。
「消え……た」
腰が抜ける、とはこういう状態を言うんだろうか。へなへなと座り込んでしまったわたしは、目を覚まして腕から抜け出したクロに頬を舐められてようやく我に返った。
「何なの……今の」
ジャックとウルクがやってきて揺さぶられるまで、わたしは呆然と誰もいない場所を見つめていた。




