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異世界猫と転生姫  作者: と〜や
リドリス領編

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20.魔石とユーティルムの歴史

少し固いです。

 領主の館での朝は早い。

 わたしは日の出とともに起き、敷地内にある別邸の王国騎士団の面々と共に朝食を摂る。

 料理人は随行してないし、料理の食材も準備されていないので、全ての食事が外食だ。別邸にも広い調理室はあるらしい。なんでも、別邸はパーティーなどを開く時に使う館で、六十人が泊まれる客室と、百人分が賄える調理室と、広いダンスホールが設えられている。

 今は、王国騎士団の上官クラスに客室が割り当てられ、それ以外の者たちはダンスホールで寝泊まりしている。

 本来なら費用は出るのだから食事も別邸内で準備出来るのだが、魔王騒動の結果、料理人がどこも不足しているのだそうだ。

 結果、わたしは隊長たちに連れられて、毎朝アンヌの店に行っている。もちろんクロも籠に入れて連れ歩いている。

 涙の別れをしたあとで、流石に初日は実にバツが悪かった。アンヌはわたしの顔を見て喜んでくれたけど。

 店の女の子たちにも質問攻めされた。とりわけ、二階の部屋が使えなくなった件ではさんざん愚痴られた。

 今日は給仕に来たレダに腕を引っ張られている。


「なんであんたがルーファス様の隣に座ってんのよ」


 ルーファス様、というのはリーフラムの副官の一人らしい。赤に近い金髪で緑の瞳を持つ彼は、女性には柔らかく微笑むせいか、女の子達には人気がある。普段は口も悪いしニコリともしないのに。

 店にいた時と同じように、リーフラムと同じテーブルにつくように言われているだけなのだけれど、たまたまリーフラムの反対側にルーファスが座っただけのことだ。

 そう説明しても、レダには思い切りつねられた。


「今度ルーファス様の隣に座ってたら、ひどいんだから」


 ひどい、と言われてもわたしが席次を決めてるわけじゃない。今後はできるだけルーファスが席を取ったあとに離れて座ろう、と心に決める。

 食事のあとは館に戻って勉強だ。リドリス領主がつけてくれた家庭教師から様々なことを学ぶ。

 前世ブランシュの知識は役に立った。礼儀作法などは古臭いとは言われたけれど、公式な場で必要な礼は完璧と評価された。ただ、エランドルでの礼の仕方と若干違うらしい。その相違点があまりにも微妙なものだから、つい記憶にある礼を取ってしまい、何度も直された。

 ダンスまで教師がつくとは思っていなかったけど、これも完璧にこなせた。ただ、新しい踊り方は知らなかったからそこだけ繰り返しステップを踏む。サイズが小さいせいだろう、釣り合う男役がいなくて、一人でステップを踏んで覚える羽目になった。まあ、難しいものではなかったから、本番でいきなり言われても大丈夫だろう。

 地理歴史の時間でようやく、自分ブランシュが死んでから五百年が経っていることを知った。勇者の歴史で出てきた、名も記録されていない小国が前世ブランシュの生国だった。


 ――そりゃ古臭いわよねえ、五百年前の知識だもの。


 くすりと笑うと教師に鞭打たれた。歴史の教師はわたしが答えを間違えたりよそ見をしたりすると小さな鞭でわたしの右手を打つ。一度左手を打って、篭手の防御魔法でカウンターアタックを食らってから、右手だけを打つ。

 そのあとは各国の成り立ちや変遷を頭に叩き込む。とりわけユーティルム周辺の変遷はなかなか波乱に富んでいた。

 魔鉱石の鉱脈があると知れるまではただの山国、産物は木材や山の幸のみで、大した収入もない貧乏な国だった。それが、鉱脈が見つかってからはありとあらゆる方面から侵略を受け、占領され、幾度となく蹂躙された。ただ、鉱山の運営と魔鉱石から魔石を加工する方法に知識がある国はなく、ユーティルム王国はその知識を頑なに守った。

 結果、周辺国はその一点に於いてのみ結託し、ユーティルム王国の独立に応じた。産出する魔鉱石は魔石に加工された上で周辺国に公平に売却することが条件だったが、どの国もそれを飲んだのだ。

 魔石はありとあらゆる場面で利用される。

 それまでは魔獣や魔物、魔族の体内からしか取得出来ないとされたものだった。冒険者に高額の依頼を出して収集するのが最もポピュラーな手法だった。

 それを、危険を冒すことなく一定量を手に入れられるなら、高額な報酬も必要ない。安価に魔石が出回るようになったのは、ひとえにユーティルム王国の持つ技術のおかげだった。

 以来、ユーティルムは小国ながらも揺るぎなく独立を守ってきた。

 今後、ユーティルムは……ううん、魔石はどうなるんだろう。どの国も国内に残る民を救うために難民の受け入れや炊き出し、救助活動に人を割いているらしい。

 でも、ドサクサに紛れてなだれ込み、占拠しようとする国はないらしい。これも、ユーティルムの特殊性によるものなのだろうか。早急に政府機能の立て直しをしてしまったほうが、残る国民を束ねるにはいいのでは、と素人の考えを先生にぶつけてみる。


「それはそうだろうね。だが、どの国も出し抜こうとはしていないところを見ると、ユーティルムの魔石協定に参加する国の間で話し合いが持たれていて、決着がついていないのだろう」


 先生は珍しく目を細めて口角を上げた。いい質問をした時には機嫌がよくなるらしい。


「それに、占領したところで魔鉱石から魔石を加工する方法がわからなければ、魔鉱石もただのくず石だ。その情報を探しているのだろう」


 なるほど。となると、生き残ったユーティルムの国民はその情報が手に入るまでは丁重に扱ってもらえるのかもしれない。とりわけ魔鉱石に関わった人間なら、なにか知っているのではないかと思うものだものね。


「君はユーティルムからの難民だと聞いているが、知っていることは……ああ、そうか。記憶喪失だったね」


 首を振るわたしに、先生は思い出して納得してくれた。

 記憶喪失を証明しろと言われると困るのだけれど、魔法など普通の人が知っていることを知らない、ということがその証明になっているのだろう。

 魔鉱石鉱山に行って何とか金を稼ごうとか思っていた自分の浅知恵は全くの絵空事だったことを知って、魔術学院ルートを強制されたのは仕方がないことだったのだろう、と納得することにした。

 数学と国語についてはあまり困らずに済んだ。数学は元の世界ほど複雑なものではなく、一般教養的に知っていれば良いレベルはなんとかクリアしていた。国語の方は、言語チートのおかげで全く問題なかった。

 が、どんな言語でも読める、と知った先生が目を丸くしていたのを見て、まずったと気がついた時には遅かった。

 古代語だろうが今や使用されていない言語だろうが読みあげたのがまずかった。王国に残る古語の資料を是非翻訳して欲しい、と直接リドリス領主に掛け合ったらしく、かなり嫌そうな顔をされた。

 勇者ということは異世界から召喚された人間なのは確定なのだが、召喚の際に必ず言語チートが与えられるのだそうだ。だから、言語チートだけでも気づかれたら間違いなく勇者とバレるらしい。

 国語の授業がなくなり、教師には因果を含めて辞めてもらったそうだ。先生には悪いことをしてしまった。


 ……もしかしたら翻訳家として国に雇ってもらえる? みたいな期待は見事に粉砕された。


 あ、でも勇者でなくなったら大丈夫なんじゃない? 勇者の役目が済んだ後でもかまわないから、翻訳家として雇ってくれないかなあ……。

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