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異世界猫と転生姫  作者: と〜や
リドリス領編

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24/84

17.紹介されました

意外と早い展開となりました。

 朝起きたらやっぱり目が腫れてた。どこかでタオルを濡らして目を冷やしたいけど、と思ってあたりを見回したら、ワゴンに洗顔用の桶が置いてあった。タオルが何枚も置いてある。

 ガルフだ、とピンときた。こういうことにはよく気がつく人だ。きっとそうに違いない。

 顔を洗って拭ったあと、小さなタオルを濡らして目の上を押さえる。


 ――わたしが泣いたの、知ってるんだ。


 そういえばクロを抱っこして床で泣いたあとの記憶がない。ということはベッドに運んでくれたのもガルフなのかな。

 ノックの音に振り向くと、黒いローブのガルフが立っていた。


「おはよう」

「おはよう、ございます」


 目のタオルを外して頭を下げると、ガルフはぷいと顔を背けた。


「……着替えを持ってきた。街まで戻るにしてもそれじゃ寒いだろう。これを上から着ろ」


 ぽいとベッドの上に放り投げられたのは黒いローブだ。そういえば、なんかそういうことを言ってたような気がする。


「ありがとうございます」


 あわてて上からかぶる。少しわたしには長すぎるみたいで、裾を引きずってしまう。肩口も少しずり落ちる。でもないよりはましか。


「すまん、それより小さいのがないんだ」

「いえ、大丈夫です」

「じゃあ行こう。隊長が待っている」

「はい」


 クロを抱き上げてわたしは彼の後を歩く。昨日よりは多少元気になったみたいだけど、まだクロはよろよろしてて自力でついて来られない。魔獣の回復ってどれぐらいかかるものだろう。魔獣のお医者さんとかいるのかな。探してもらうことってできるんだろうか。

 クロにばかり注意してたから、ガルフと一緒に歩いているのがどんなところなのかが全然気が付かなかった。ガルフが立ち止まって振り向いたところで、ようやくわたしは周りを見渡す余裕が出来た。

 青く塗られた背の高い扉。やっぱり昨日泊まった部屋と同じく金の紋様で飾られている。


「ガルフ及びシオン、参りました」

「入れ」


 中から声がする。内側から扉が開かれ、ガルフに続いてわたしも扉をくぐった。

 ふかふかの絨毯が敷かれた、広い部屋だった。白基調で金の紋様があちこちに使われたインテリア。真ん中に茶色い執務机があって、向こう側に誰かが座っている。薄茶色の日に透ける髪が印象的だ。

 その手前に黒い軍服を身につけたリーフラムがこちらを向いて立っていた。


「遅くなって申し訳ありません。私の部下のガルフと、魔術師見習いのシオンです。――シオン、こちらの方はこの辺り一帯を治めるリドリス辺境伯だ」


 辺境伯……隣国と国境を接する地域は隣国との関係が良好かどうかによって求められる機能と能力が違うが、基本的には重要な拠点であることには変わりない。場合によっては王弟が臣下に下った際に与えられる領地だったりもする。

 ユーティルム王国とエランドル王国は諍いこそなかったがそれほど仲の良い国ではなかったはず。その辺境伯を任されているということは、リドリス辺境伯は王からの信頼も厚い外交官ということだ。


「お初にお目にかかります、シオンと申します」

「……シオン?」


 声をかけられて初めて、ついうっかり宮廷式の礼を返したことに気がついた。だがもう遅い。ガルフとリーフラムの目が途端に険しくなっているが、もう引き返せない。


「ふむ、シオンと申したな。幼いながらも立派な立ち振る舞いだ。余程良い教育を受けたと見える。私はウィレム・リーフ・リドリス。リーフラムから聞いておるぞ。将来有望な魔術師見習いだと」

「恐れ入ります」


 ローブを握りしめたまま、頭を下げる。……ちょうど一掴み分ぐらい握っておけば歩いていても裾を踏む率が減るからというだけなんだけど、淑女風の礼に見えたらしい。


「学院に入るために王都へ行くと聞いている。優秀な魔術師は出自や家系に拘わらず重用される。十分励むと良い」

「ありがとうございます」


 そう答えながら隊長を睨みつける。いつの間にかわたしが学院に入るために王都に行くのは決定事項になっているらしい。領主にまで知られてしまっては、この街に居続けるのは難しくなる。


「ところでその篭手は珍しいね。見せてもらっても構わないか?」


 領主の視線に気がついて左手の篭手を外す。直接持って行っていいのか迷っていると、ガルフがわたしの手から篭手を取り上げて片眉を上げた。


「おい、早くよこせ」


 リーフラムの言葉にガルフは黙って篭手を渡し、リーフラムはそのまま領主に篭手を差し出した。


「ほう……これは希少金属ミスリルの護符だ。こんなもの、どこで手に入れた?」


 領主の目が鋭く光っている。ああ、そうか。どこかから盗んだと思われてるのか。平民がこんなもの、持ってるはずがないものね。


「それは、とある魔術師の方から頂いたものです。残念ながらお名前を聞きそびれてしまったのでわからないのですが」

「リドリス様、彼女はユーティルムからの難民です。逃げる際にもらったものだと思われます」

「ああ、そうか。……では、神殿の近くにいたのだな」


 神殿。……そうだ、わたしが召喚された場所だ。でも、なんでそれをこの人は知っているのだろう。


「……わかりません」

「リドリス様、彼女はこの街に来るまでの記憶がないのです。ユーティルムでのことは一切覚えておりません。見つかった時には初歩の魔術さえ使えない状態だったそうで、自分のこともわからないのです」

「そうか? それにしてはきちんと宮廷風の礼を取れていたように思うが」

「……何かのはずみで思い出したのかもしれません」


 色々とまずい気がする。というか、なんで領主様は二人が気づかないところを突いてくるのだろう。


「では、シオンという名前も仮の名か」

「はい、思い出した時点で許可証などは書き換えねばなりませんが」

「貴殿らがそこまでするに足るほどの力の持ち主ということだな?」

「はい。手放すには惜しい人材です。何卒ご容赦を」


 リーフラムと領主様が話している内容を聞きながら、なんとなくわかってきた。この間もらった許可証も、今も身に着けているあの身分証も、この領主様の許可がなければ発行されなかったものなのだ。ということは、今日のこの謁見も、その裏打ちとして、わたし自身を検分したいと領主様が言った結果だろう。


「まあいいだろう。シオン、この篭手は何の理由もなく貰えるような代物ではない。身につけるのはいいが、あまり目立たないように隠しておくほうがいいだろう。他人の手で簡単に外せるものではないだろうが、奪おうとする者は手を切り落としてでも奪っていく。……そうならんようにな」

「はい、肝に銘じます」


 領主はわざわざ席を立つとわたしのところに直接篭手を持ってきた。お辞儀をして頂くと、すぐさま左手に巻いて留める。これをどうやれば隠せるだろう。仕事の時も取り立てて気にしたことがなかったけど、今後は手袋か包帯かなにかで隠さなきゃ。


「ところで……シオン殿。そなた、ユーティルムで勇者が召喚されたことは知っておるな」

「……はい」


 わたしは俯いて拳を握る。机の向こうにいた時と比べて、すぐ目の前に立つ領主は威圧感が半端ない。濃い茶色の瞳が細く眇められているのもその理由の一つだろう。


「ユーティルムから焼き出された身として、勇者についてどう思う?」


 ……なぜ、この人はこんなことを聞くのだろう。わたしは記憶がないと言っているのに。


「……わたしにはそのあたりの記憶がないのでわかりません。でも勇者を召喚しなければ、こんなことにはならなかった、と……思います」

「こんなこと、と言うのは?」


 視界を白い手が過ぎった。びっくりして顔を上げると、領主の手がわたしの髪を一房掬い上げて弄んでいる。


「ユーティルム王国が滅亡したことです。わたしは記憶がありませんが、そう聞きました」

「なるほど。では、なぜ記憶のないそなたが神殿の近くにいて、正体の知れない魔術師からこの希少な篭手をもらったのだろうな。あの神殿は国民には秘せられていて、周辺は人払いがかけられている。召喚に関わった者以外が周辺の森に立ち入れるはずがないのだ」


 きっと今のわたしの顔は紙のように白かっただろう。


「わかり……ません」


 なんでこの人がユーティルムの神殿のことや場所、人払いのことなどを知っているのだろう。国境を接しているからだけじゃない。何か理由があるに違いない。

 ガルフとリーフラムの目が見開かれているのに気がついた。ああ、もしかしたらもうダメかもしれない。二人共馬鹿じゃないもの。


「リドリス様、しかし」

「一つはっきりした証拠があるんだ、リーフラム、ガルフ」


 わたしの左手をつかむと領主は篭手を二人に見えるように持ち上げた。


「この篭手はね、勇者召喚をするというユーティルム王国に我がリドリス家が貸し出した聖具ものだ。それを魔術師が彼女に渡したとなれば……彼女の正体はもう明らかではないかね?」


 勝ち誇ったような領主の言葉が遠くに聞こえる。ひどい緊張のせいかぐるぐると目が回りだして胃のあたりが重くなる。意識が薄れる中、クロのか細い鳴き声だけが聞こえていた。


 ――わたしはどうしたらよかったの……?


 その問に答える者はなかった。

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