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異世界猫と転生姫  作者: と〜や
リドリス領編

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22/84

15.シオンになりました 2

本日二話更新です。

15.シオンになりました 1が未読の方はそちらからお読みください。

 ディナータイムに下に降りると、今日はガルフしかいなかった。

 二人が揃っていなければ呼ばれないだろう、と思い込んでいたわたしは、普通に他のお客の給仕をこなして厨房に戻った。

 今日はクロもおとなしく看板猫をやっている。

 街に戻ってきたお客さんが災害見舞いも兼ねた感じで入ってきてたし、定位置――店の一番奥で一人で酒を飲んでいたガルフの視線に全く気が付かなかった。


「おい」


 声をかけられてはっと顔を上げると至近距離にガルフが立っていた。


「あ、は、はいっ」


 あからさまに怒ってる声音だ。


「酒のお代わりと、こいつをもらっていく」


 こいつ、と言われたのが何なのか理解出来ないうちにガルフはわたしの手首を掴むとすごい力で席に戻ろうとする。


「あ、あのっ」

「なかなか顔を出さないからだ」


 イライラがはっきり分かるほどの声。完全に怒らせてしまったようだ。こういう時はおとなしくしている方が傷は少ない。あきらめてガルフのスピードに合わせて小走りでついていった。

 席に着くと、ほどなくレダがお代わりのお酒を持って来た。


「どうぞごゆっくり」


と笑顔を作りながら、わたしの足を思い切り踏んでいった。ああ、今日の夜が思いやられる。

 最近のレダはお仕置きと称してすぐわたしをくすぐり倒すのだ。かわいいお仕置きとは言えるけど、なかなかやめてくれないので呼吸困難になってしまう。


「なぜすぐ顔を出さなかった」

「あの、すみません。今日はリーフラム様がいらっしゃらないので……」

「二人揃っていなくても顔は出せ。……俺は隊長のおまけじゃねえ」


 すみません、と再び小さくなる。どうもガルフの鋭い瞳は苦手だ。

 そのまましばらく沈黙が続く。そういえば、喋るのはもっぱら隊長で、ガルフは相槌を打つ程度だったか、と気がつく。なんだかこのまま放っとくとずっと沈黙したまま、ガルフがおつまみを平らげるのを眺める会になりそうだ。仕方なくわたしは口を開いた。

 ガルフは魔術師だ。しかもかなり高位の。聞きたい情報を持っている可能性は高い。


「あの……」


 口を開いた途端、ガルフに睨まれた。思わず息を吸い込んで呼吸を止めてしまう。


「……なんだ」


 気圧されて口を閉じたわたしをガルフが促す。もう一度勇気を振るって口を開いた。


「あの……魔王はもう現れないんでしょうか」

「さあな、今のところ目撃情報はない」


 端的に回答するガルフ。


「……魔王ってどうやったら倒せるんでしょうか」


 途端にガルフが咳込んだ。その反応を見て初めて、自分が何を口走ったのか気がついた。とんでもない質問だ。まずい。

 しかし、咳がおさまったガルフは笑い出した。心底面白そうに。


「何考えてるのかと思えば……」

「だって、逃げるしかないなんて、悔しいです。お客さんもお店も皆避難しちゃったし……」

「逃げる、で正解だ。普通の人間が対抗しようなんて無謀もいいとこだ。殺されるだけだ。その場に居合わせなくてよかったな」


 わたしはうつむいた。その場にいたんです、あの恐怖をすでに味わってるんです、とは言い出せなかった。


「魔王って……何なんですか?」

「そんなことも……ああ、そうか。覚えてないんだったな。魔族や魔獣については以前説明したな。魔王は魔物たちの中で最も力のある者の尊称だ。人間の王と違い、城もないし王という意識もない。義務もない。ただ最強の存在。それだけだ」

「最強の存在……そんなの、倒せるんですか?」


 気がつけば周りの雑音が聞こえなくなっていた。多分、会話の内容からガルフが防音の結界を張ったんだろう。


「伝承が残っている。かつて魔王が人間界を支配しようとした時代があってな。その時、勇者が現れて魔王を服従させた。屈服した魔王は人間界に干渉しないことを誓約して姿を消した」


 人間界を支配しようとした時代。それは――ブランシュの時代よりもっと前の話だ。この伝承が巡り巡ってブランシュの時にも召喚が試されたわけなのだが。


「この伝承は国に寄って伝わり方が違うから、どれが正しいとは言えない。魔王を勇者が倒した、というのもあるし、勇者が別の世界に跳ばした、というのもある。この国に伝わっているのはさっきの内容だ。服従、屈服。つまりだ。魔王を倒したという記述はないんだ」

「どれが本当かわからない……」


 ガルフはうなずいた。


「ただ、魔王が人間界に現れた時はたいてい勇者が召喚され、なんとかしてきた、というのが今の定説だな」

「魔王ってそんなに寿命長いんですか?」

「いや、歴史に残る魔王はどれも別個体らしい」

「別個体?」

「ああ、描写が違うんだ。角のある獣であったり、人の姿をしていたり、馬の姿をしていたり。勇者に負けた時点で最強の称号が失われるんだろう、と研究者が言っていた」


 うわあ、魔王研究者っているんだ。それも斬新だな。

 それに、聞いた限りだと勇者って人間にとっては切り札なんじゃない。なのに、魔王を呼ぶ危険な存在って思われてるのはどうしてなんだろう。


「そういえば、勇者って歓迎されない存在なんですか?」

「えっ?」


 ガルフが目を見開いた。


「前にユーティルムが勇者を召喚したせいで魔王が滅ぼしたって……。勇者を殺すために魔王が探し回ってるって聞いたんです。だから……」

「馬鹿なことを」


 吐き捨てるようにガルフは言って、顔を歪めた。


「まさか、そんな噂のせいで勇者が……」


 言葉が途切れた。うん、なんとなく考えてることが分かる。ガルフの顔が真っ青だもの。

 すでにどこかでこの噂を信じた人間によって殺されているかもしれない。多分、そこまで思い至ったんだと思う。

 ガルフは勢い良く立ち上がった。防音の結界は消えていた。


「すまん、急な用事を思い出した。支払いはいつも通りつけておいてくれ」

「はい」


 走り去ったガルフを見送って、わたしはひとつため息をついた。





 ツケの話はアンヌに言っておいて、わたしはいつもより早めに部屋に戻った。お風呂を準備して、さっぱりと汗を流す。着替えてからクロを迎えに行くと、少しむっつりしてた。お風呂に入りたかったのかな。

 お店はもう看板で、残ってるお客さんはもう二人だけになってる。久々に顔を見た常連さんだ。いつも夜が更けてアンヌが叩き出すまで居座ってる人たちだった。

 女の子たちもよく知ったもので、ぞろぞろと上がっていく。クロを抱っこして、アンヌに声をかけると、エプロンで手を拭きながらアンヌが厨房から出てきた。もう料理のオーダーは取らないから、あとは二人を叩き出すのを待つだけらしい。


「おつかれさん。シロ、あんたちゃんと眠れてる?」

「え? はい、大丈夫です」

「最近、あの子たちがよく泊まってるだろ。家に帰れって言ってあるんだけど、夜遅くなって一人で帰すのも気になるし、強く出られなくてね。ごめんよ」


 ああ、アンヌは知ってたのか。わたしが男だと思ってた間は、子供とはいえ男性と同じ屋根の下に泊まる訳にはいかないと思ってたんだろう。その制約がなきゃ、そりゃ泊まるよねえ。楽だし。わたしはちっとも楽じゃないけど。


「風呂の世話とかしてるんだろ? 今度あの子たちの給料からその分、あんたに回しとくよ」


 わたしは首を振った。お給金としてもらったりしたら、それこそ何も強く言えなくなってしまう。彼女たちの使用人になってしまうのは、いやだった。


「そうかい? あんたがそう言うならいいけど……」


 早馬の蹄の音がして、わたしは振り返った。こんな時間に早馬だなんて、よほどの緊急事態だ。それこそまた何かがやってきたのか、と思うほどわたしは体を固くしていた。


「なんだい、こんな時間に」


 早馬かと思っていたら、馬車だった。簡易型の天井もない四人乗りの馬車が店の前にピタリと止まっていた。


「女将! シオンはっ……おお、そこにいたか」


 息せき切って駆け込んできたのはリーフラム隊長だった。後ろにはガルフもいる。


「えっ?」

「ガルフからざっと話は聞いたが、もう一度話が聞きたい。こんな時間で申し訳ないが、詰め所まで来てくれ。女将、構わないな?」


 わたしはクロを抱っこしたまま、アンヌの方に首を向けた。ギギギと音がなりそうなぐらい、体に力が入ってた。

 アンヌは肩をすくめ、少しだけ口角を上げたのが見えた。


「旦那方、こんな時間に子供を連れて行くのは感心しませんねえ」

「それは重々承知している。それでも急を要するのだ。頼む」

「……仕方ありませんねえ、旦那方のたっての頼みじゃ。シロ、行ってきな。なに、宿と食事はこの旦那方がちゃんとしてくれるさ」


 売られた。唇を尖らせてアンヌをじろりと見ると、アンヌはウインクをよこした。流し目なんか歳相応にすっごく妖艶に見える。


「女将、恩に着る。シオン、さあ行くぞ」

「えっ!」


 このまま? わたし、すでに寝巻き代わりのシャツと短パンに着替えてるんですけどっ? スポーツブラもしてないんですけどっ!


「悪いが着替えを待っている時間も惜しいのだ。謁見の時には黒ローブを貸してやるから、それで我慢してくれ」


 隊長はそう言って肩から外したマントでわたしをぐるりと包むとあっという間に小脇に抱えて馬車に載せた。


「ガルフ、シオンが落ちないように支えていてくれ。飛ばす」

「了解、隊長」


 隣にガルフが乗ってきて、マントの上からがっちり腕で固定される。隊長は御者台に乗り込むと、あっという間に馬車を反転させて走り出した。


 ……高速馬車の中で酔ったのは言うまでもない。何か変なキーワードが聞こえた気がしたんだけど、そんなのが綺麗に飛ぶほどひどかった。

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