15.シオンになりました 1
本日二話連続更新です。
「ええ~? あんたにシオンは似合わないよ」
翌日。アンヌに名前を告げた途端にそう言われた。
「そもそもなんでシオンなんだい? 何か思い出したり思い当たるようなことがあったのかい?」
そうですよねえ……それ、気にしますよね。
「えっと、単に響きがいいなあ、と思っただけなんです」
「シオンってイメージじゃないよねえ。まあ、確かに派手なイメージは全然ないけど、幸薄そうな花だよ?」
そういえば隊長も同名の花を知っていたらしい。薄紫の小さい花、と言ってたっけ。それは日本……元の世界と同じなのかもしれない。わたしはシオンの花を知らないけど。どちらかと言えば漫画やアニメの影響だね。『紫苑』とか文字当てて。
「まあ、あんたが気に入ってるんならいいけど、店の中ではシロで呼ぶよ? 他の子たちも混乱するだろうし」
「あ、はい。かまいません」
ただ――性別については、店の子達にはもう伏せないことにした。しばらく様子を見ようかと思ったんだけれど、いきなり初日から隊長が他の子にわたしを呼ぶよう頼む時、「彼女」と言ったらしくて、さすがに隠し通せなかった。
うん、追求がすごかったんだよね……。
皆さん、見目麗しく覚えもめでたい王国騎士団とお近づきになりたがっていたのだ。女性から声をかけるのははばかられるからと控えていたところになぜかよく呼ばれるわたしが女だと分かって、もどかしさが怒りになってわたしに向けられたのだろう、と理解はしている。
「シロ! あんたなんで今まで黙ってたのっ!」
「見損ないましたわ」
「騙してたのねえ」
いやほんと、すみません。でも、皆さんひどい言い様です。どうせ胸ちっさいですよ。
それ以外は特に弊害はなかった。
ああ、女だとバレてからは二階の奥の部屋はすっかり彼女たちの部屋になってしまった。ベッドもあれ以来使っていない。休憩時間に上がってくるといきなり服を脱ぎだして、風呂入って着替えて、お茶。五人ともこのパターンになっている。風呂の準備もお茶の準備もタオルもヘタしたら着替えもわたしが準備するのが当たり前になっていた。
唇を尖らせようものなら「当たり前」「当然ですわ」と返ってくる。
休憩が休憩でなくなって、ヘタすれば夜も二階に泊まって行く彼女たちに追いやられて、今日もわたしは六畳間でクロと二人、ちょっとセンチメンタルな気分に浸っていた。
(見た目)子供だから、という理屈は彼女たちには通用しないらしい。子供でも働くのは当然なのだ。この世界は。
そんなこんなしながら、気がつけば魔王騒動があってから一月が経っていた。
あれ以来、魔王の目撃証言はない。辺境でもあり、隣国ユーティルムからの難民もまだ流れてくるこの地は、やはり重要な町なのだろう。とりたてて砦があるわけではないのだが、領主様の率いる騎馬隊が通りを走っているところも時折見かける。見かける、といっても紋章の入った黒い甲冑の人が乗る馬が走っていったのに気がつく程度なのだが。
王都からやってきた騎士団の皆さんも、警戒はしながらもそのレベルは徐々に下げているみたいに感じる。
まず、店の貸し切り頻度が減った。これは、様子を見ていた他の店や、一月経って帰ってきた人たちがぼちぼち店を再開し始めたことによる。
魔王にふっとばされてしまった繁華街の一部――その中にはあの雑貨屋も含まれているのだけれど――は、やはりそのままだった。建て替えるにしろ何にしろ、余程怖い目に遭ったのだからこの町に戻らない選択をしたところで責められない。
あの時の恐怖が一瞬よみがえる。時と言うのはやはりすごい。その時の恐怖や記憶が薄れているのがはっきり分かる。それでも……あの死を覚悟した感覚はそうそう薄まらないようだ。
ニャア、とクロがわたしの胸の上から起き上がってわたしの鼻を舐める。あやすように黒い毛を撫で、喉をかいてやる。
隊長さんとガルフは毎日三度、やってくる。わたしの監視も兼ねてだ。毎回テーブルに呼ばれる。いろいろ話を聞かれることもあるし、他の人も交えて今後の話をしたりしているのを聞いているだけの時もある。
この間コンラートがその面子に混ざってた時は、アミリにあとで思いっきりお尻をつねられた。何度か不必要に水やお茶の差し入れに顔を出していたけれど、アンヌに怒られたらしい。
婚約者が他の女と喋っているところなど、見たくないのです――。そう、彼女は二階で休憩している時にこぼしていた。
隊長とガルフ以外の面子がいる時、わたしが発言を求められることは全くない。機密事項じゃないのか、と思うようなことを話していても、わたしを遠ざけたり無音結界で囲うようなこともない。
正直なところ、何をさせたいのかがちっともわからない。他人が美味しそうに熱々の飯を食べているのを鑑賞するだけなら、仕事に戻っていたいのだけれど。いい匂いがしてお腹が鳴りそうで困る。
そんな忙しいのか――主に店の子たちの世話で――忙しくないのかわからない日々を一月も送って、わたしが疲弊するのも当然だと思う。
魔術の勉強もやめてしまった。朝起きて、店に出て、昼間の休憩時間に彼女たちの世話をして、店に出て、寝る前に彼女たちの世話をして、眠る。どこに自由時間があるというのだろう。
わたしはただ、生活できるだけのお金が稼ぎたかっただけだ。五人の小姑のいる継母の家で小間使いをしたいわけじゃなかった。お金が貯まれば王都に行って、魔術師に会って、元の世界へ戻る手がかりを探す。それを目指していたのに。
王都に行かなくても魔術師には会えた。王都に行く方法も手に入れた。あとは思い切るだけじゃないか……。
何度もその手前まで考えて、引き返す。
元の世界に戻る方法を探したい、と誰かに告げるためにははわたしが召喚された『別の世界の人間』であることを告げねばならない。その時点で『勇者』確定だ。
この国は――いや、ユーティルム以外の国は、勇者をどう思っているのだろう。もし見つけたとしたならば、どう対処するのだろう。それを知らずにお気楽トンボに王都なんて行けやしない。
今日もあの二人は来るだろう。最近は貸し切りでない分、他のお客さんも入ってばらけるので、普通の会話はしやすくなっている。
話を聞いてみよう。ユーティルムのこと、魔石のこと、魔王のこと、勇者のこと。この国のこと。
ディナータイムまで少しある。頭の中を整理する時間はありそうだ。
クロを撫でながら、わたしは天井をじっと睨みつけていた。




