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異世界猫と転生姫  作者: と〜や
リドリス領編

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20/84

14.入学許可をもらいました

 あのあと二日、アンヌにベッドに縛り付けられて、日がな一日ベッドで魔法の入門書を読み漁っている。実践は出来ないのでもっぱら呪文を頭に叩き込むのみだけど。

 店の女の子達はいつものようにやってきてお茶をして他愛のないおしゃべりをして帰っていく。時折お店のお客さんの話も聞いた。

 やはり常連さんたちはみんな街を脱出したらしい。その上、朝も昼も夜も店は王国騎士団の貸し切りで、他のお客さんを受け入れられなくなっていた。

 時折顔なじみのお客さんが覗きにくるらしく、断るのが心苦しい、とアンヌがこぼしていたっけ。

 その上――。


「調子はどうですか」


 なぜ、この人たちは部屋にいるのだろう。

 わたしはベッドに寝転んだまま、見下ろしてくる黒い軍服の男と、ローブの魔術師を見上げた。

 思わず彼らの後ろに目をやるが、今日はアンヌが一緒じゃないらしい。

 男と二人きりじゃないだけまだマシか、と眉根を寄せる。でも、女性の寝室に男二人だけで入ってくるなんて、アンヌ、よく許したなあ。

 起き上がろうとしたが、手で制された。


「いや、そのままで」


 うん、よく考えてみれば、起き上がればスポーツブラで抑えてない胸が晒される。それだけは避けなきゃならないのに、何起きようとしたんだろう、わたし。

 肩口まで毛布を引き上げて、眉根を寄せる。


「明日には、起き上がれますから」


 アンヌが気を利かせて三日間絶対安静にしてくれたんだ。それを無碍にしちゃいけないよね。


「ああ、女将さんから話は聞いている。すまないな、こんな時間に」


 そう思うなら帰ってください、と思わず言いかけた。だって、今はもうディナータイムだ。それもそろそろ店じまいの時刻のはず。なのに、なんでここにいるわけ?


「何か、御用ですか?」


 戸惑いつつも迷惑だという姿勢を示して口にする。


「うん、君の処遇についてね。――ガルフ」

「はい、隊長」


 一歩下がって付き従っているローブの魔術師が手に持つ封筒をわたしに差し出してきた。


「わたしに?」

「ああ、読みたまえ」


 受け取った封筒は凝った紋様の入った白いものだった。ひっくり返して、封蝋を確かめる。血のように赤い封蝋に押された紋様に、手が止まる。

 獅子とドラゴンの上に一対の百合が掘られた紋様。――聞くまでもなくわかった。古き善き血族と呼ばれ、わたしの前世――ブランシュが生きていた時代よりもっと前から続く、リリオノルト王家。この紋を使えるのは、その直系の子孫のみだ。今の時代にも生き残っているのだ、子孫が。


「……どなたからですか」


 するとリーフラム隊長は眉をひそめた。


「封緘で誰からの書簡であるか、分かるのか?」

「えっ? いえ」


 危ない危ない。うっかり口を滑らせるところだった。見なかったことにして封を開ける。中から出てきたのは便箋一枚と、小指の爪ほどの石がついた細い銀の鎖が入っていた。


「これは……?」


 石をつまみ上げる。翡翠だろうか、綺麗な緑色だ。鎖の長さから、ペンダントだろう。


「書簡を読むといい」


 ちらりと二人の顔を見たが、リーフラムは楽しげな顔、対するガルフは不安げな顔をしている。

 便箋を広げ、文字を食い入るように読む。


「なん……っ」


 それは、王国の魔法騎士団付属学校への入学許可証だった。緑の石はいわば学生証のようなもので、自身の身分を証明する魔具マジックアイテムらしい。じっと見つめていると内側に文字が刻み込まれているのが気がついた。

 でも、この入学許可証にはわたしの名前はない。おそらくこの石にも。本来入るはずの名前の欄が空白なのだ。


「あの……これっ」

「一昨日の晩に話をしただろう? 私とガルフが推薦人となって、入学許可証を発行してもらった。有効期限などはないから、君がその気になったらその許可証と石を持って王都に来るといい。もし我らがこの街にいる間に気が向いたなら、王都へ戻る隊に話をつける」


 わたしは目を見開いた。隊長もガルフも本気だ。隊長はわたしの顔を見て微笑み、続ける。


「それに、今の君は身分を証すものがないだろう? それを持っていれば、どこに行くにも困らない。通行許可証も兼ねているからどこへだって行ける。通常は入学時に渡すものだが、今回は特例として発行してもらった。君が類稀なる素質を持っていることと、我々が本気だという証になるかと思ってね」


 わたしはうなずいた。この人たちが本気なのは分かった。学校に入学するかどうかは置いておいて、この魔具はとてもありがたい。こんな、どこの出身とも分からない子供でしかも記憶がないなんて厄介者を問答無用で受け入れてくれるのなんて、アンヌぐらいなものだもの。ここを出ていくにしても、なんとかしなきゃいけない問題だった。それが解決するのだ。二人に感謝してもしきれない。


「ありがとうございます。あの……でも」


 わたしは眉を寄せてリーフラムを見上げる。隊長は口角を上げた。


「ああ、気がついたか。君がシロと呼ばれている理由を女将から聞いてな。本当の名前は違うのだろう?」

「でも……覚えてなくて」


 リーフラムの言葉に視線を逸らす。

 元の世界に戻れるなら――戻る可能性があるのなら、元の名前で呼んでもらってもきっと大丈夫だと思う。でも。

 今は……帰れないのなら自分の名前ごと、元の世界については封印してしまいたい。そうしないと、名前を呼ばれるたびに思い出して辛くなる。きっと。


「思い出した時に名を変えることはできる。それまで仮の名前で構わないのだが、さすがに『シロ』ではな……」


 ガルフが口添えする。シロではなぜいけないのだろうか。


「そうだな、使い魔かペットにつける名前だ。普通は人にはつけない。それに、君は……女の子だろう?」


 びくっと体をこわばらせてしまった。まさか二人にバレてるだなんて。


 ……それがわかっててるならなおさら、男二人だけで寝室に乗り込んでる現状って、どうなんでしょう。


「ああ、怖がらなくてもいい。君が性別を偽っているのは身を守るためだろう? 他言はしない。何か、別の名前を考えてもらえないだろうか」


 リーフラムの言葉に恐る恐る顔を上げる。隊長はわたしを安心させようとしているのだろう、柔らかく微笑んでいる。

 名前……ブランシュ……はだめだ。昔の名前に引きずられそうな気がする。本当の名前をいじることも考えたけど、和名じゃだめだ。こっちの世界でもおかしくない、馴染みやすい名前。男でも女でもどっちでもおかしくない名前を。


「じゃあ……シオン」

「シオン? 家名は?」


 ああ、そうだった。この世界――ケレノーヴでは、平民に家名はない。あえて名乗る必要がある場合は、どの街の、誰と誰の子供かを名乗る。

 家名を持つのは貴族だけ。これは結婚しても変わらない。子供は父方の家名を名乗るのが一般的だった。今も同じならば。


「家名……でも、わたしは……」


 貴族のはずがない。平民なのだから、名乗る家名はないのだ。


「もちろん既存の家名はつけられない。が、仮にでも家名をつけておけば学校でもぞんざいに扱われることはないだろう」

「いえ、隊長。これだけの力の持ち主です。家名なぞなくても問題はありますまい。むしろ要らぬ憶測を呼ぶことになります」


 ガルフの言葉に、わたしもうなずく。貴族でもないのに貴族の振りをするなんて、冗談じゃない。絶対トラブルになるに決まってる。


「そうか? では、これからはシオンと呼ぼう。ガルフ、名入れを」

「はい。――手を出せ」


 ガルフはベッドに歩み寄るとわたしの手から石と入学許可証を取り上げた。言われるままに左手を差し出すと、一瞬チクリと痛みが走る。びっくりして引っ込めようとしたが、手首をがっちり掴まれた。


「この儀式にはおまえの血がいるんだ。少し我慢しろ」

「は、はい……」


 手のひらを返すと、指先に血が滲んでいた。ガルフが歌うように呪を唱えている。ベッドの上に置かれた入学許可証と石の周りに白い魔法陣が浮かんだ。

 絞り出すように一滴の血を魔法陣に落とす。シーツが汚れる、と手を動かそうとしたが落ちた血は赤いシミを作らなかった。魔法陣が一瞬光を放つ。耳元で何かが『シオン』と呼んだのが聞こえた。さらりと髪をなびかせて、その『何か』は消えていった。


「今の……何ですか」


 ガルフに手首を解放されて、指先の傷も治癒されてから、わたしは口を開いた。あれは何か……そう、精霊のようなもの。そんな気がする。

 ガルフはうなずいた。


「ああ、契約の精霊だろう。大事な契約にはそういった精霊の宿る紙を使うのが魔術師の常だから。これでおまえはシオンとして入学許可を得た。その石は常に身につけておけ。どこに行こうとも、それが『魔術騎士団附属学校の入学許可を持つシオン』としておまえの身分を証明してくれる」


 そう言ったガルフの顔は微笑んで見えた。


「ありがとうございます」


 渡された翡翠のペンダントを首に巻く。この石自体にはおそらく何の加護もついていないのだろう。特に魔力も感じない。肌に馴染む感じだ。

 それにしても、この入学許可証があの封緘で届けられたのはどういうことだろう。学校が王立だからだろうか。


「じゃあ、ゆっくり休め。明日からは店に出るのだろう?」

「はい」

「ではな。我々としては、その気になってくれることを期待しているよ」


 二人はそう言って出ていく。下の扉が閉じた音を聞いて、わたしは深くため息をついた。

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