2.働くところがみつかりました
本日二本目です。
じわじわ書いていきます。
昼までに身づくろいを整えて街に向かう。
いつも寝泊まりしている森は街から少し外れたところにあるので、一時間ぐらいは見ておかなければならない。
本当は朝から行けば朝ごはんも食べられる。今日は寝汗がひどかったから水浴びしていたらクロが暴れて大変だった。
着替えがないのに服を川に落とされてしまって、乾くのを待ってたらこんな時間だ。
まったく、猫の仕業とはいえ、困ったもんだ。
常夏のこの世界では、洗濯物など乾くのはあっという間だ。洗剤が欲しいけど、まあ今のところはなんとかなってる。
どこかで替えの服を買わなきゃなぁ。でもお金になりそうなものは何一つ持ってない。
召喚された時はスポーツジムに行く準備をしてて、薄手のTシャツにGパンの出で立ち。ブラもスポーツブラで胸を押さえつけるタイプのもの。
これのおかげで食堂では小僧あつかいされてる。
こっちの世界でも、冒険者の女性はパンツスタイルの人はいる。でも、女性は皆出るところが出てて、引っ込んでるところが引っ込んでる。
だいたいがメロンサイズで、わたしのようにお茶碗サイズは胸とはいえないのだ。
それをスポーツブラで潰してるので、さらに薄い平たい胸に見える。
まあ、ちょうど服を洗うことができたし、良しとしよう。
そんなこんなで、わたしはこの世界では小僧扱いされている。身の危険がないのでそのほうが助かるし、勇者だのなんだのってのもこの国では関係ない。
魔王に目をつけられるとかあの魔術師たちは叫んでたけど、いまのところはそんな様子もない。
わたしは、こっちの世界で生活しながら、元の世界に戻れる方法を探す。
そのためには今日も働きに行く。
「あら、シロくん遅かったわね」
こっそり入ったのに、食堂の女将に見つけられた。肌の色もサイズも違うわたしが他の人に紛れ込んでも無駄なのはわかってるんだけど。
「女将さん、ごめんなさい。川に落っこちちゃって着替えが乾くの待ってたんです。あ、それ運びます。何番テーブルですか?」
三番テーブル、との答えにお盆を持って走る。
この食堂はこの街でも比較的規模が大きく、テーブル数が二十以上ある。広いので走り回ることになる。
そういえば、街にはクロはついてこない。
食堂に顔を出してくれれば食べ物のおすそ分けができるんだけど、来ないから夕食の時に猫の好きそうなものを取り置いて持って帰るようにしてる。
食べ物処に猫を連れてくるのはダメだと思ってたんだけど、やっぱりこっちの世界での常識は違うみたい。普通に動物を連れて店に入ってくる。
鷹や犬、獅子や狼はもちろん、小竜や妖鳥もいる。さすがにフルサイズの龍は店に入らないから女将が追い返してるけど。……ていうか、街中をフルサイズのドラゴンなんて連れて歩かないで欲しい。
今度クロに聞いてみようかな。猫に言葉が通じるとは思ってないんだけど、こっちの世界の動物たちを見てたら、もしかしたら理解してるんじゃないかと思うようになってきた。
店に来る子たちは実に頭がいい。主が言うことをきちんと守り、ダメと言われたことは絶対しない。
なので、もしかしたら、と思う。
クロが喋れればいいのにな。
店では一応お客さんと会話を交わす機会があるんだけど、それっておしゃべりじゃないし。
とりわけ昼と夜は喋る間もないくらいごった返す。
そういえば、こっちの世界に来ておどろいたけれど、言葉の不自由がなかった。
喋ってる言葉は日本語と違うのは、口の開き方でだいたい分かる。でもそれで会話に困ったことはないし、こちらの文字も読める。日本語として読める、じゃなくて文字そのものは見えてて、理解ができる。
これっていわゆる言語チートってやつかな。
翻訳家として仕事できるんじゃないか、とか思ったけど、女将さんに聞いたらそういう上級職はお貴族様でなきゃ就けないんだそうだ。
この国も滅亡した国と同じく王政で、王様と貴族がいる。この街は城下町というわけではないから貴族といえば領主一族ぐらいしかいないらしい。魔術師も、大抵はどこかの宮廷付きか貴族の子飼いで、こんな辺境をふらふらしてるような魔術師はいないらしい。
それを聞いてわたしは落胆した。
店にそういう魔術師が来ることがあれば、知り合いになっていろいろ話を聞いてみたい、と思っていた。
でも、女将さん曰くこの店に魔術師が来たことは一度もないらしい。貴族も来たことはないと言っていた。
もしそういう人たちにツテを作りたいなら王都に行きな、とまで言われた。
それは今のわたしには無理だ。旅費もない。ここで得られる一日三食のご飯がなければ、あっという間に干上がってしまう。
わたしは夜がふけるまで店の中を走り続けた。
「ただいまー、クロ」
いつものねぐらに戻るとクロが待っていた。いつもなら寝たあとにやってくるのだが、今日は待っていたらしい。
早速持ち帰った食事を目の前に広げる。
どれもあまり気に入らなかったのか、匂いを嗅いで一口だけかじる。
「クロ、お腹空いてないの? なにが好きなのか分かればいいんだけどなぁ……」
一つだけ、料理の中に入っていた肉の塊はぺろっと平らげていたので、明日からはお肉を持ち帰ることにしよう。
食べ終えたクロは身づくろいを済ませるとわたしの腹の上に乗っかってきた。上半身を起こしたままだったわたしは体を横たえる。
「クロ、お前も明日、店に来てみるか?」
右手で頭を撫でながら言うと、クロは首を傾げてこっちを見る。
「って、分かんないよね。……明日、連れてったげる」
ぐるぐると喉を鳴らし、手に頭をこすりつけてくる。これは機嫌のいい時のサインだ。
「あ、でも野良猫と思われちゃうかな。何か印になりそうなものがあればいいんだけど……こっちの世界のペットって、どういうふうにするんだろう」
店に来るお客様が連れてる動物たちは別に首輪も鎖もつけてない。なのに他の人には絶対危害を加えない。主の言葉には絶対だ。
「何かそういう魔法でもあるのかな……明日聞いてみようかな。クロ、お店に連れて行くのはそのあとでもいい?」
クロは首をかしげてわたしを見る。そんな仕草がとてもかわいい。
「おやすみ、クロ」
両手で抱き寄せて鼻の頭にキスをする。
ニャア、と鳴いてクロはわたしの鼻や口元を舐める。
クロを撫でながら、今日もすとんと眠りに落ちた。




