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異世界猫と転生姫  作者: と〜や
リドリス領編

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18/84

13.スカウトされました 1

本日も二話更新です。

長すぎてぶった斬りました(汗

 足元に光の円が浮かび上がる。驚いて視線をやると、あの黒いローブが見えた。


「隊長、お待たせしました。測定器を持ってまいりました」


 ガルフと呼ばれていた魔術師だ。ちらりとわたしの方を見たけれど、視線があった途端、心臓が掴まれるかと思うほどの冷たい感情が流れ込んできた。


 ――なんでこの人にこんなに睨まれなきゃならないんだろう。思い当たることが一つもないのに。


「悪かったな、ガルフ。今は休憩時間だ。お前も少し休憩してから作業を始めてくれ」

「いえ、大丈夫です。このままセッティングに入ります」


 ガルフはそう言うとわたしと隊長の間にあった机の上に四角い箱を置いた。それから魔法陣を描くと魔石を幾つか配置する。

 魔石。これも魔具マジックアイテムの一つだ。余力のある時に自分の魔力を流し込んで保存できる。魔石自体は確か特殊な鉱石を用いるはずだったけど、一番の産出国であったユーティルムがあの状態では、当面新しい魔石の原石は手に入らないかもしれない。

 ああ、そうだ。魔石の鉱山を探して、魔石を掘って暮らそうかな。それほど遠くなければいいんだけど、掘り出せさえすれば……。


「シロ殿、申し訳ありませんがその魔獣――猫を膝から降ろしていただけますか?」

「あ、は、はい。すみません」


 ぼうっと眺めながら今後のことを考えている間に声をかけられていたようだ。慌ててクロを隣の椅子にそっと降ろす。クロはまだ本調子じゃないみたいで、抵抗することもなく椅子の上に丸まった。

 そして目の前でどんどん準備がされていく測定器の様子に改めてどうしよう、と悩み始める。

 ごまかすことが出来ないだろうか。測定自体は初めてではないけれど、この人生では初めてだ。

 それにしても、以前はこんな計測器はなかった。測定用の魔石を順に満たしていき、次々と大容量のものに取り替えていく手法を取ったものだが。


「変わった機械ですね」


 そう口に出すと、隊長は微笑んだ。


「これはガルフの発明した魔具の一つなんですよ。以前は測定用の魔石を複数持っておく必要がありましたし、力を吸収させた魔石を取り替えるか、魔力を放出させる必要がありましたが、これはその必要がないのです」


 誇らしげな口調に、わたしはうなずく。なるほど、ガルフの発明品なのか。


「確かに、小さな魔石四つで済むなんてすごいですね」


 するとリーフラム隊長は怪訝な顔をした。


「以前どこかで魔力量の測定を?」

「いえ。話に聞いたことがあるだけです」


 危ない危ない。過去の記憶にあるだけなのに、つい口が滑った。


「この魔石は小さいながらも容量を倍増してあります。この横についているのが容量拡張用の魔具です。魔石自体が貴重品ですからね、必要な数が揃わないことも多いので、こうやって蓄積できる魔力を圧縮しているんです。これもガルフの発明でしてね」


 うんうん、と頷きながらじっと魔石を見つめる。石にはめてある金属環には小さな魔石の粒が取り付けてある。


「ああ、そういえば。ガルフ、あの魔獣――猫に彼女の魔力を込めた飾り紐をつけることにしたんだ。所有者が誰かを判別できるように」


 作業から顔を上げて、ガルフはうなずいた。


「で、防御用の魔法も練りこんでおいて欲しいんだが、頼めるか? 彼女はまだその辺りの魔法を習得していないらしいので」

「はい、わかりました。……先にやりますか?」

「そうだな。……測定は結果が出るまで時間がかかるんだったか?」

「はい」

「じゃあ、結果を待つ間にしてくれればいい」

「わかりました」


 ガルフは隊長には従順らしい。言われた通りに手を動かしている。


「これでよし。……あんた、ここに手を置いて」

「はい」


 誘導されるままに、左手を装置の上に置く。ぴりっと一度だけ手のひらに痛みを感じたが、それだけで済んだ。


「隊長、準備ができました」


 ガルフの言葉に隊長が立ち上がった。場の雰囲気がはっきり変わったのが分かる。それまでは酒も飲んでつまみもつまんで普通の酒場だったのが、一瞬にして喧騒が消える。


「諸君、休憩は終わりだ」


 尋問再開、ということなのだろう。周りには気がつけば魔術師や騎士たちが壁のように立ってこちらを覗き込んでくる。……正直やりづらい。


「ガルフ、では始めてくれ」

「はい」


 ガルフが装置を弄ると、装置に置いた左手の指先から力が流れ出ていくのが分かる。暗褐色だった四つの魔石は中央から次第に光を放つようになる。


「今のうちに飾り紐に防御魔法を入れましょうか。誰かその魔猫を取ってくれ」

「ほいよ」


 後ろに立っていた兵士がクロを持ち上げ、ガルフに渡すのが見えた。


「一度外していいぞ。防御魔法を練り込み終わったら外れないように魔法をかけておいてくれ」

「わかりました」


 するりと飾り紐を外し、ガルフが飾り紐を手のひらに置く。さっき練り込みかけた防御魔法のことが気になった。

 指先のしびれが一瞬強くなった気がして、顔を歪ませる。が、機械から手を離せば最初からやり直しになりかねない。我慢我慢。


「ん? 痛いのか? ガルフ。シロ殿が顔をしかめていた。痛くなるようなことがあるのか?」


 飾り紐に集中していたガルフは慌てて顔を上げた。


「いえ? そんな魔法は使っておりませんが……」

「あ、いえ、大丈夫です……っ」


 指の先を突く痛みは裁縫の針を刺した痛みに似ていて、堪えられずに顔をしかめてしまう。


「ちょっと待ってください」


 ガルフは素早く口の中で呪を唱えると飾り紐に息を吹き込んだ。白く見えたその息は飾り紐にまとわりついて消えたようにわたしには見えた。やっぱりわたしが練り込もうとしていた防御魔法は途中で中断したせいで練りこめてなかったみたいだ。まあ、そのほうがよかったかな。もしこれで防御魔法を無詠唱で練り込むのに成功していたと分かったらと、更に面倒なことになったに違いないから。

 素早くクロの首に飾り紐を結ぶと、ガルフは結び目をつまんでやはり口の中で呪を唱えた。


「これでいい。元の場所に戻して。……まだ指は痛いか?」


 ガルフはわたしの顔を見る。耐えきれずにうなずくと、ガルフは首をひねった。


「おかしいな、勇者でも測定可能なぐらいの容量にしておいたんだが……」


 見れば、小さな四つの魔石はどれも直接見るには眩しいほどに光を放っている。容量をオーバーして魔力が逆流してるんだ。それがちくちく指先を攻撃してたってわけか。


「勇者? まさか。急がせたせいで魔石にまだ魔力が残っていたのではないか?」


 隊長は笑う。


「そんなことはないはずですが……ともあれ、私よりも魔力量が大きいのは確認できました」


 ガルフが装置をいじると、指先の痛みは消えた。装置から手を外して手のひらをマッサージする。まだピリピリした感覚が残っている。


「そうか。それは……将来が楽しみな子だな」


 隊長の言葉に何か含むものを感じて、わたしは隊長の顔を見上げた。


「隊長。……これは一度王都で再測定してもらったほうがいいんじゃないでしょうか」


 ガルフの言葉に隊長は眉根を寄せた。


「魔術師トップのお前が測定したんだ。十分だろう?」

「それでは、一度魔法騎士団の方へ一報入れておきます。……僕が推薦状を書いてもいい」

「ガルフ?」


 訝しげな隊長の言葉にガルフと隊長の顔を交互に見比べる。


「魔力量だけは飛び抜けて優秀です。魔法さえ使えれば、かなり上位のクラスまで行けるでしょう」


 ガルフはそう言ってわたしの方を見た。フードに隠れてきちんと見ていなかったけれど、フードから溢れる榛色の前髪とドングリ色の瞳をしたガルフの顔は表情を消して冷たく見える。背も高く、魔術師としては体格も良い。まあ、こっちの人はみんな二メートル超だからそう見えるのかもしれないけど。


「珍しいな、お前がそこまで言うとは」

「それだけの素材だということです」

「分かった。ではもう一人の推薦人には私がなろう。……シロ殿、突然の話で済まないが、王都の魔法騎士団で魔法の腕を磨いてみないか?」

「えっ」


 隊長の顔をまじまじと見つめる。

 うん、話の流れ的にはそうなるんじゃないかとは思ってた。確かに、そういうところに行けば魔法も覚えやすい。かなり思い出してはいるけれど。


「おまえの魔力量はここにいる誰よりも多い。魔法騎士団には付属の学校がある。そこで通常の教育を受けながら、騎士団の見習いとして魔法の修行ができる。出身も身分も性別も年齢も何も関係なく、実力だけが物を言う世界だ。一度考えてみないか」


 ガルフが最初に見せた、わたしを子供と侮った態度はもうどこにもなかった。真剣そのものの表情で、熱弁を振るう。さっきの冷たい感情が嘘のようだ。

 そこでなら、十歳という年齢詐称のまま、生きていける? これ以上大きくはならない体であっても。それは――戻れないと分かるまで潜り込むにはいい場所かもしれない。ううん、むしろ戻る方法を探すにはいいポジションかも知れない。


 ……私が勇者でさえなかったら。


 助けを求めるようにアンヌを振り返ると、アンヌは眉を下げてわたしの頭をぽんと叩いた。


「急な話でこの子も戸惑ってるようですし、時間をもらえませんかね。それでなくとも記憶がなくて不安定な子なんです。……よろしいですよね?」


 アンヌの言葉に、隊長は頷いた。


「もちろんです。我々は当面この街に逗留する。王都に引き上げるまでに決めてくれればいい。一つの選択肢として、考えて見てはもらえないだろうか」

「わかり、ました」

「じゃあ、そういうことで。シロ。そろそろあんた、熱が上がってきたよ。もう上がりな」


 背中を押されてわたしは立ち上がった。クロをそっと抱き上げて、隊長やガルフ、周りの兵士たちに頭を下げると、開けてくれた道を逃げるように早足で抜けて部屋へ戻った。

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