12.なんだかクロが大変です 1
本日二話連続投稿です。
店の女の子達がディナータイムで出払ってしまうと、わたしはようやくベッドから起き上がった。
フカフカのマット、空気のように軽いお布団。シーツもきちんと毎日替えられていて、わたしが寝ている間にアンヌがしてくれたんだろうなと思う。
アンヌには何もお返しできてない。出ていくのに気がかりなのはその一点だ。
部屋の棚から着替えを取り出して、ベッドの上に置く。タオルもバスタオルと一緒にまとめておく。茶器とかは彼女たちが大切にしていたものだから、このまま置いておこう。ヤカンだけは頂いていくことにする。これがないとお湯もわかせないのだ。
それから、お風呂で使ってたシャンプーとリンス。石鹸もタオルに包んで持っていくことにする。水浴びの生活に戻るのは辛いけど、これがあればまだましだ。浄化の魔法を覚えられるのはいつになるかわからないものね。
そういえば魔法の入門書はどうしよう。エティーちゃんはもう要らないと言っていたし、もらっていってもいいかな。まだ全部覚えてないし。
かばんがないからバスタオルで包んで持っていこうか。二ヶ月ほどの間にこんなに荷物が増えてたなんて。
「シロくん? ……一体何やってんだい」
声をかけられるまで気が付かなかった。びっくりして振り向いたせいで手にしていた本を落っことす。アンヌは本を拾い上げるとホコリを払う仕草をした。
「なんだい? まるで夜逃げしようとしてるみたいじゃないか。もしかして、魔王の噂を聞いて街から逃げようとしてるのかい?」
眉をひそめてアンヌは言い、本を差し出してくる。わたしは本を受け取りながら、言うべき言葉を探しあぐねていた。
「もしそうだとしても、お医者さんの言うようにあと二日は寝てなさい。逃げるにしても何にしても、体の調子がおかしいままじゃ、どこにも行けないだろう? それに、王国から派遣されてきた騎士様や傭兵、魔術師がわんさと来てる。心配することなんかありゃしないよ。あれから一度も魔王は確認されてないし、魔王の出現予兆が出れば魔術師が一発で気がつくって話だし。それから逃げても間に合うさ。王都の方でも目撃情報は増えてないって話だから」
「アンヌ……あの、でも」
もしかしたら魔王はわたしを探しているのかもしれない。だから早く街を出なきゃいけないの。そう告げたいのに、どこから説明すればいいんだろう、と視線を彷徨わせる。
「それどころじゃないのさ、シロ。あのね、あんたの連れてたクロだけど」
「えっ?」
話がいきなり変わりすぎて、わたしは首を傾げた。アンヌの表情がすごく厳しくなっている。
「あれ――どこで拾ったんだい?」
「どこって……森のなかでですけど、クロ、なにかまずいことしでかしたんですか?」
「いや、そうじゃないんだけど……クロが気になるって王都の魔術師が言い出してね。飼い主であるシロの話が聞きたいって言ってきたんだよ。どうする?」
どうするって……それ、拒否権あるんでしょうか。アンヌは腕組みして険しい顔してるし、わたしはまだ本調子じゃない。走って逃げるのはきっと無理だ。クロについて聞くって、何を話せばいいのだろう。
「どうって……」
「ああ、店の方に出てきて欲しい、と言う話なんだ。今ね、王国騎士団の騎士と傭兵と魔術師で貸し切りなのよ。だから、他の客はいない。店に出られないなら、この部屋に入ってもらうことになるけど、三十人は入れないから、半分ぐらいに人数は絞ってもらうけど」
この部屋に十五人の騎士! それは……さすがに怖い。
「あ、あの、一対一とかじゃだめなんでしょうか? 隣の部屋で」
「うーん、それだと話を聞きたい人間の数だけ同じ話を繰り返すことになりそうだよ?」
「そんな、一人に話したことをみんなに伝えて貰えたらそれでいいんじゃないですか?」
「それはだめだって。最初に提案したんだけどねえ。シロが女の子って言えれば強いことは言えないんだろうけど、ちょっと今のタイミングではね」
わたしは唇を噛みしめる。そう、多分わたしの種族的な話にまで及んでしまうだろう。ただ色が白いだけの子供。そう思って貰わないと、色々まずい。
「……わかりました。あの、少し待ってもらえますか? 着替えて店に行きます」
「悪いわね。あ、お風呂入ってる暇はないと思うから、浄化だけかけておこうか?」
「あ、はい。お願いします」
アンヌはそう言うと呪文を短く詠唱した。汗で張り付いていた髪がさらっと肩に流れる。
「ありがとうございます」
「いいってことよ。それから……調子悪いなら話の途中でもそう言いなさいね。無理してまで付き合ってやる必要、ないんだから」
それならわたしが本調子じゃないってことで話を聞くこと自体、キャンセルして欲しかったな。
「はい……」
アンヌが階段を降りていく足音を聞きながら、わたしは旅立ちのために準備していた着替えを取り上げた。




