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異世界猫と転生姫  作者: と〜や
リドリス領編

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閑話:魔王閣下の日常 2

 今日も部屋にあの女どもが我が物顔で居座っておる。

 鍵がなくても入れるならもはやここは路地裏と何も変わらんではないか。落ち着いてのんびりも出来やしない。

 最近の彼女は昼のまかないのあと、部屋に戻ってくることが減った。いない時はいつも誰かと出歩いている。

 一度女どもを追い出そうと画策したが、おれの姿を見た女どもにめちゃくちゃにされ、ほうほうの体で逃げ出すのがやっとだった。

 己が不甲斐ない。

 今日も休みだというのに女どもは遠慮会釈なく上がってくる。仕方なく、街をぶらつく彼女を追いかけた。

 今日は市場の方に行くようだ。

 一人の時の彼女はどこの店でも門前払いを食らう。彼女が悪いわけではないが、年端もゆかぬ子供が一人でぶらついているということは、親もない孤児だと判断されることが多い。

 孤児をまともに相手してくれる店はほとんどないのだ。故に、市場でぶらっと買い物をしたり、屋台で食べるくらいしかやれることはない。

 彼女が時折振り返るので、おれは慌てて身を隠す。

 考えてみれば彼女と連れ立ってお出かけというのもなかなかそそる。次回、彼女が一人で出歩く時があれば、一緒に行くと主張してみるとするか。

 とりあえず今日は観察させてもらおう。

 不意に彼女が足を止めた。おれは壁に飛び乗り、そろりそろりと足を進める。

 声が飛び込んできた。高く低く透き通る声。この声――聞き覚えがある。

 俺は顔をしかめた。――なんでこいつがここにいる。

 しかもバシバシに攻撃的な力を歌に乗せて放射している。

 おれの魔力程度じゃ気が付かれないだろう。が。

 明らかに罠を張っている。何を狙っている?

 彼女は人だかりに歩み寄っていく。

 彼女が関わっていい相手じゃない。というか、むしろ危険人物だ。

 おれの姿でこの微弱な魔力で、抵抗できるだろうか。

 そう思って壁から降りた時だった。ひときわ強い力が歌にのって飛んでくる。


 ――気づかれた!


 明らかに俺の魔力にターゲットを絞っている。この姿のままで受けるとこの体は耐えきれない。

 物陰に隠れ、猫を自分の肉体に置き換え、直後襲ってくる力の波を難なくやり過ごす。

 魔王おれがここにいることはあいつに伝わっただろう。

 声が途切れる。喝采が聞こえてくる。俺は猫の姿に戻り、力を押さえる。すぐ近くを彼女が通っていったが、声をかけることはしなかった。

 あいつが彼女に何か仕掛けようとしているなら、潰してやる。そう思って人の山の方へおれは足を向けた。


 ◇◇◇◇


「おや、かわいい猫ちゃんじゃないか」


 路地に入ったところでいきなり首根っこを掴まれた。その手を引っ掻いて逃れ、自分の肉体を引き寄せる。どうせバレてるのだから、猫の姿に戻るべきではなかった。


「ひどいなあ、かわいいと褒めたのに」


 そう言いながら緑の服を着た吟遊詩人は手の甲をぺろりと舐める。舐めた端から傷が消えていった。


「お前の口からかわいいとか気持ち悪い」

「まあ、その姿をかわいいと言うつもりはないけど。相変わらずだね、真っ黒魔王」

「抜かせ。それよりさっきのは何のつもりだ」


 俺はへらへらと笑う奴の顔を睨みつける。


「いやぁ、なんか見知った魔力を見かけたからあぶり出してみようかと思って。まさか本人だと思わなくてさぁ」

「それだけには見えなかったがな」

「ずいぶん弱々しい魔力だったから、偵察の『目』かとも思ったんだけどね。それにしても久しぶりだねえ。噂では聞いてたんだけど、隣国を潰したってホント?」


 なんでこいつは魔王おれを怖がらないんだろう、といつも思う。

 最初に遭遇したのはいつだったか。死にかけてたこいつを気まぐれに拾ったのが最初だったか。

 戦闘力もないくせに戦場に出しゃばるからこんな目に会うのだ、と言った俺に、見てこなきゃ見てきたような嘘は吐けないからと死にかけながら笑った。


「お前が知ってるとおりだ」

「なんで俺に最初に教えてくれないんだよっ。せっかく俺の作品として歌い初めできるチャンスだったのに」

「知るか」

「それに……あの子」


 目の前の男はちらりと広場のほうへ視線をやる。思わず怒りを力に変えそうになるのを抑える。


「手を出したら殺すぞ」

「出さないよ。でも話を聞きたいんだよね。召喚された時の話。それぐらいは聞いてもいいよね?」

「断る。彼女はもはや勇者ではない」

「そんなこと言ってぇ、男が寄ってくるのがいやなだけだろ。ちょっとだけだから、さ?」


 俺は頭を抱えた。こいつに限らず吟遊詩人は顔の良さと声の良さ、場合によっては体と性技で客をつなぎとめるのがならいだ。


「お前はそれ以外頭にないのか」

「まあ、おかげさまで?」

「……本人が同意した場合のみ、だ。泣かしたら殺す」

「任せてよ」


 目の前の男はキラキラした笑顔を見せながら言う。


「僕、女の子を啼かすのは得意だけど、泣かせたことは数えるほどないから」


 ◇◇◇◇


 ああは言ったものの、あいつに関しては全く信用していない。

 猫の姿で高いところから監視していたら、案の定彼女を脅しやがった。

 何が『任せてよ』だ。しょっぱなから怯えさせるなど最低ではないか。

 今すぐ首をはねてやろうか。

 そう力を込めて奴を睨むと、おれの方をちらりと見上げてきた。最初からおれの居場所は把握済みか。

 と、俺の見てる前で野郎は彼女の手を舐めやがったっ!

 殺意を奴に向けると、またちらりとおれの方を見た。


 ――手を出せるものなら出してみろ、だとぉっ!


 殺す。

 絶対殺す。

 今すぐ殺す。

 裏の小路で俺の肉体を取り戻す。

 見下ろしていた地点に行くと、すでに二人は移動したあとだった。

 追跡できないように丁寧に魔法で仕掛けまでしてある。

 俺を舐めるな。

 俺に『俺の所有物』の位置がわからないとでも思うのか?

 すぐに救い出してくれよう。

 そして徹底的に綺麗に舐めて消毒しておかねば。――全身くまなく、な。

 唇をぺろりと舐めて、路地を進む。

 待っていろ、必ず殺してやる。


 ◇◇◇◇


 あいつの逃げた先はすぐに分かった。周囲で叫び声が聞こえるが構うものか。


「ま、魔王だっ!」


 誰かが叫ぶ。煩わしい、と視線をやればさらに叫び声があがる。


「自警団に連絡しろっ!」


 ああ、誰でも連れてくるがいいさ。全部潰してやろう。

 彼女の足取りをたどる。表通りから裏通りの薄暗いあたりへと痕跡が残っている。

 その店は入り口をカモフラージュしてあった。扉を開けて入ると、特有の香の匂いに入り混じって発情した雄と雌の匂いが充満している。

 瞬時に頭が沸騰した。

 こんなところにあいつは彼女を連れ込んだのか!

 何をする場所なのかわかっていて連れ込んだなら、もう許しはせぬ。きっちり細切れにしてやろうではないか。

 爪を尖らせ、周囲に爪痕を残しながら進む。

 悲鳴が立ち上る。右往左往する馬鹿共を打ち捨て、俺はまっすぐ歩を進めた。

 最後の薄い布一枚を爪で引っぺがす直前、魔法が発動したのに気がついた。

 彼女がいたはずの席には、彼女と、あいつの痕跡だけが残っていた。

 どこへ跳んだかを調べようとするが、痕跡消去の魔法まで発動していた。どこまで用意周到なんだ、あいつは。そんなに彼女に執着する理由は何なのだ。

 だが、彼女の所有印は遠く離れていても俺にはすぐに分かる。


「――見つけた」


 口元が緩む。それにしてもとんでもない場所に跳ばしたもんだな。

 俺は構わないが、王都の奴らはどう思うだろう。

 面白い。このまま俺も跳んでやろう。王都に魔王おれが降臨したとなったら、奴らはどう動くのであろうな。

 すぐ追いかけてやる。待っていろよ。


 ◇◇◇◇


 あの馬鹿はすぐ見つけた。


「あのー、魔王様? 俺なんか殺したって大して役にたちませんよ?」


 普段は使わぬ剣を抜き、念入りに手入れをする。


「お前は生きてるだけで損害だ」

「ひでぇっ、あんたの暴走から彼女を守ったってのに」

「お前が彼女を脅したのが悪い。彼女を怯えさせただけで十分死に値する」

「だから、お話してただけだっての」

「物陰から全部見ておったわ。知っておろうが」


 ちなみに奴は隠れ家で天井から逆さ吊り状態だ。


「なあ、いいかげん降ろしてくんねぇかな。頭に血が上って死んじまう」

「よい。そのまま逝け」

「あ、ひでえ、この当世随一の美貌の吟遊詩人、クラウス=レーフェルがこんなところで死んでいいわけないだろー?」

「構わん。死ね」

「やだよ、死なないからって痛いのはヤなんだってばっ」


 振りかぶった剣をギリギリで避けやがった。せっかく逆さ吊りにしているというのに、なんでこいつはこんな不自由な状態で体を自由自在にくねらせるんだ。


「しかも彼女をあんな不適切な店に連れ込みおって。貴様、まさか彼女に手を出しておらんだろうな」

「出してないよ。あんたに殺されたくないからねっと」

「どうせ殺しても死なないくせに」

「だから痛いのはヤなんだってばっぐはぁっ!」


 奴の逃げる先を先読みして剣の柄を後頭部にめり込ませる。逆立つ金髪を伝って血が床に垂れる。


「いたいいたいいたいっ! ほんとあんたってばいい性格してるよなっ」

「だから何だ」

「彼女、あのままほっといていいの? 帰りたいってぼろぼろ泣いてたよ」

「……貴様、泣かせたな?」

「だからっ、俺のせいじゃないって……いたいいたいっ」


 顔面を掴んで指先に力を入れる。


「早く吐け」

「喋る余裕ぐらいくれっての。まったく……勇者の話を聞こうとした途端に知らないの一点張りで、挙句の果てに帰りたいって泣き出したんだよ」

「元の世界にか?」

「当たり前だろ? 彼女はお前を倒す道具として呼ばれたのに、来てみれば用済みで、やることもなければ居場所もない。自分の本来いるべき場所に戻りたいと思うのは普通だろうな。彼女が来てからどれぐらい経った? ずっと一人で心細かったんだろうよ」

「今まで……泣き言一つ言わなかったぞ」


 俺は彼女の顔を思い浮かべた。猫の俺にさえ、愚痴をこぼすことはない。前向きに生きようとしているように見えた。だからこそ面白いと思ったのだ。


「そりゃ、虚勢張ってるに決まってるだろ。大の男ですら、一人ぼっちで歯を食いしばってたって物語が残ってるぐらいだぜ? 彼女何歳だよ。まだ子供だろ? 辛くないはずがねえ」

「……だからって彼女にキスしたりしていいと思ってるのか?」

「あれぐらい普通するだろうがっ。挨拶だ挨拶っ!」

「貴様が触れると彼女が妊娠する」

「アホかっ! それよりとっとと彼女迎えに行きやがれっ。あのまま夜を迎えたら彼女、間違いなく盗られて売られておしまいだぞ」

「……ならばあそこに放り出さねばよかっただろうがっ! 貴様がそれを言うなっ」

「彼女と一緒にいたらお前、間違いなく彼女を強引に攫って暴力振るってただろうがっ!」


 奴の言葉に振り上げた剣を下ろす。

 確かに、あのまま攫ってこの部屋に連れてきて、二十四時間三百六十五日、ずっと閉じ込めて抱き潰しておったな。嫌がろうがなんだろうがお構いなく。

 それは……俺の望む結果じゃない。それでよいなら彼女を見つけた時にとっくにやっておるわ。


「うむ。では俺は行く。貴様はここでおとなしくしておれ。ああ、逃げられると思うなよ。逃げたらもう一度ミンチにしてやるから」

「やめてくれってばっ。あの状態から復活するの、一日以上かかる上にめっちゃ痛いんだからっ」

「だから逃げねば良い」


 くそったれ、と吐き捨てる奴の言葉を聞きながら、俺は闇が濃くなり始めた王都に取って返した。


 ◇◇◇◇◇


 彼女が目覚めたようで、やわらかく撫でられる。くすぐったくて身をよじると、しばらくして寝息が聞こえてきた。また眠ったようだ。

 おれは起き上がると彼女の胸に乗って顔を覗き込んだ。

 半分は毛布で隠れているが、見えてる目の周りや眉間のしわなど、ひどいものだ。時々うめき声も上げている。熱もあるらしくて息が熱い。

 あのもうろうとした様子だと、どうやって戻ってきたのかさえ、きっと覚えていないだろう。

 あの時……俺は間に合わなかった。

 直前までそこにいたことはわかっていた。

 それなのに、彼女は消えた。魔王おれの所有印でさえも追跡できない方法で。

 俺の力を遮断できるやつなんて、この世界にそんなにいない。あるとするならば、神が授けるとかいう聖具ホーリーアイテムぐらいなものだ。

 以前もあった。魔王を倒すために勇者を召喚した国が、勇者に授けたという聖具。もうずいぶん前のことだからすっかり忘れていたが、それがどこかに眠っていたとしたら……。

 ありえない話じゃない。

 勇者に魔王に聖具。揃いすぎじゃないか。

 誰かが糸を引いてるのか、と思うほどの悪意を感じる。

 街では魔王が出たと噂が広がって、逃げる場所のある者は街から続々と出て行ってると女どもが姦しく騒いでいた。

 それと入れ替わるように、騎士団や傭兵が増えた。討伐隊が組まれたそうだ。

 隣国の滅亡は笑っておいて、自国に現れると慌てる。まあ、人間なんてそんなものだ。

 この街は王都から随分離れている。馬車でも数日かかる。だからこそ、水際で食い止めたいのだろう。

 それにしても、聖具まで持ち出して彼女を守ったのは一体何者だ。

 しかも、なぜこの街に戻した?

 勇者として――駒として使うならいくらでも手はあっただろう。なのになぜこの、魔王の出現が目撃された街に戻したのか。

 彼女を見失ってしばらくあちこち探しまくって――結果的に王都でも魔王おれの姿は晒したわけだが――夜も更けた頃になってようやく、彼女の所有印が反応した。

 跳んで戻ってみれば、自分の部屋で寝てたってわけだ。

 思い切り悪意しか感じない。彼女自身に何か仕掛けられているような――そんな気がしてならない。


 ――聖具について、あいつに聞いてくるか。


 おれはベッドから飛び降りると壁際の闇に飛び込んだ。


 ◇◇◇◇


「そういう話もあったなぁ。でも聖具自体が単なる作り話ってのも結構あるんだよね。だから真贋判定は結構難しいんだ」

「お前なら知ってるだろうが。あちこち出歩いて顔突っ込んでるんだし」

「そりゃ、色々知ってるよ? 大抵の王国の王城へはフリーパスだし、侍女は身持ちが固くて初心でかわいいし、閨の中では口も軽いんだよねえ」


 隠れ家の材料を使って勝手に料理をしている男は包丁を振り回しながらにやけた顔で身振り手振りで演じてやがる。


「で、そういう聖具はあるのか?」

「確かにそういう聖具はあるね。あったね、と言うのが正しいかな。全ての気配を遮断するマント。魔王の近くに寄って一撃必殺、じゃないな、ヒットアンドアウェイを狙った道具だね。他にも似たような薬はあるけど、今回のケースだと多分これだろうね。彼女が自分で飲んだとは思えないし」

「ふむ」

「最後に聞いたのが隣国の王様が手に入れたって話だ。多分、召喚した勇者に与えようとしたんだろうねえ」


 だが、彼女が持っていたのはあの微弱な篭手のみ。となれば召喚に参加していた魔術師が横取りした可能性がある。魔王おれから逃げるために。


 あの時、俺は召喚に参加した魔術師全員を殺したつもりでいた。だが、考えてみれば召喚の儀式に高位魔導師以外がいること自体が珍しいのだ。

 俺が殺した中には、どう見ても魔力の乏しい中年男性が二人、含まれていた。

 もし高位魔導師が逃れていたのだとしたら、それらの聖具を持ったままこちらに逃れている可能性は十分ある。


「あと、行方のわからなくなってる聖具が二、三あるよ。これも多分準備した品なんだろね」


 聖具は大抵が召喚した王家が所持し、必要に応じて勇者に貸し与えるため、ほとんどの聖具の所在が明らかになっていて、どこぞの神殿には全て網羅した書があるとも言われている。

 その書に載っていないものは全て後世になってでっち上げられた偽の記録だ。


「そうか」


 まずやることは、隣国から逃れた魔導師と行方不明の聖具の探索か。どちらも下級魔族に指令を出して済むレベルの話ではない。

 かといって高級魔族は魔王おれと同じで気まぐれで俺に絶対服従というわけではない。むしろ魔王おれの弱点を知ればこちらを叩きに来るだろう。

 今回は自力で動くとするか。


 ◇◇◇◇


 猫の姿で街を観察する。

 荷物を満載した馬車が王都へ向かう城門の前に列をなしている。魔王の目撃情報がまたたく間に広まり、街を逃げ出そうとする者たちが日毎に増えた。

 逆に入ってくるのは騎士や傭兵、冒険者ばかりだ。魔法を使う者たちも増えた。時折探るような視線を感じることが増えたのが鬱陶しい。

 今のおれにまとわせている魔力量でさえ見逃さない意志を感じる視線。魔王の使い魔を探しているからだろう、動物だろうが鳥だろうが容赦ない。

 狙われることが増え、代わりの黒猫の死骸を落として隠れ家に戻る頻度も増えた。

 

「おかえりー。行方不明の聖具のほうだけど、やっぱりユーティルム王国に貸し出されてたよ」


 俺に協力する代償として隠れ家に部屋と畑を手に入れたクラウスがひらひらと手を振る。


「早いな、もうわかったのか」

「これぐらいはね。マントの他は短剣と腕輪。短剣は魔王が半径百キロ以内にいる場合にのみ場所を示す機能付き。腕輪は魔法攻撃を無効化するもの」


 にんまりと微笑んで、クラウスは畑に水をやる作業を再開する。


「所有する各王家に頼み込んで借りたって話だから、ユーティルムの本気度は測れるねえ。それから、リストにまだ乗っかってないんだけど、勇者召喚の際に二つ、聖具が出現してる。ただ、どんな形状なのかまではわからなかったらしい。――『目』を潰されたらしくてね」

「なるほど」

「他国の外交官曰く、数百年ぶりに執り行われるってんで気合入れたんだろうって話。それにしてもまあ、合計……五つの聖具か。えらい本気だねえ。どうする? 魔王さま」

「煩い」


 どうするもこうするもない。俺のいる場所に即転移できるような聖具でなければそれほど警戒する必要もあるまい。

 それに、もしそんな聖具があったとしても、そう簡単に負けてやるつもりはない。


「それから、他国の王家に売り込んだ高位魔術師は今のところ見つかってないね。単独でお前と勇者を追っかけてるんじゃないかと俺は思ってるけど。召喚に関わった魔術師なんだし、お前に命を狙われてるのわかってるくせに、お前を追っかけるとか、真性のSじゃねえの?」

「知るか」


 眉間にしわを寄せてクラウスを睨みつける。


「それにしても、彼女をピンポイントで捕獲するとか、かなり彼女に執着してるっぽいよね。それとも彼女を餌にしてお前を釣り出すつもりかもね」

「……どうしてそうなる」


 俺が彼女に執着していることはコイツぐらいしか知らん。猫の姿でそばにいるのが魔王おれだとバレてるはずはない。……気がついているとしたらあの女ぐらいだ。


「そういえば、あの宿屋の女将、何者だ?」

「え? ああ、レストランの女将か? ……気になるのか?」

「知っているなら話せ」

「んー、まあ確認した噂じゃないけど、昔は冒険者として名を上げた魔術師だったとか、旦那も同じパーティーの剣士だったとかってあたりかな。きっちり裏取っといたほうがいいかい?」


 ぎりっと唇を噛みしめる。迂闊だった。最も見つかってまずい相手のすぐそばに分身を置き、彼女を任せていたとは。


「頼む」

「……へえ、やっぱり彼女が大事なんだねえ」

「煩い、殺すぞ」


 やはりコイツに部屋など与えなければよかった、とちらりと思う。だが、約束を違えるわけには行かない。俺が気まぐれに拾い、与えた命だ。


「水やりおわり。茶でも飲む?」

「ああ」


 楽しげに笑い、振り向いたクラウスの顔には微塵の曇りもなかった。

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