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H-決闘

どこまでも続く暗闇のはずだった。しかしそこに、一筋の光が見える。そこへ向かって僕と真一郎は走りだすが――最強の男が立ち塞がる。裏に生きる百戦錬磨の危険な獣。だが、彼を越えない限り、僕らに夜明けは来ない。僕らは、僕らの戦いをするだけだ。

「犬猫拾ってくるのとは違うんですよ、全夜さん」

「わかってるよ」

 悪夢衝動グリムロックの巣の食堂で、秒ヶ崎は呆れたような目で全夜を見た。

「しかも薬物漬けの中毒者。よりにもよって病気持ちの野良猫に懐かれちまいましたか」

 そんなねっとりとした嫌味を受け、全夜は肩を竦めた。

 秒ヶ崎は、テーブルで飯を食べる少女を見る。

「育ちの悪い食い方だ。F級(カードレス)ってのはみんなこうなんですかい……」

 募る不満をさらに畳み掛けようとした、が。

 少女の様子を見て、秒ヶ崎は言葉を失った。

 冷凍のピザや、ありあわせで作ったサンドイッチなど、どれも取るに足りない軽食だったのだが。

 それを口に運び、咀嚼する度。

 少女はぽろぽろと大粒の涙を落としていた。

 食いかすをまき散らし、テーブルに並べられた食料を次々と手に取り、急いで口の中に詰め込む。

 まるで、そうでもして食べないと、無くなってしまうからと言うように。

 秒ヶ崎は、テーブルを叩いた。

 その衝撃に少女はびくりと肩を震わせ、彼を見やる。

「おい……。お前、どうして泣いている」

「え、と」

 少女は、その問いに対して、どうすればいいのかわからなかった。

 全夜は、少女の頭を撫でた。

 普通に答えてあげればいいんだよ、と伝えるように。

 戸惑いながらも、彼女は答える。「だ、って」

「こんなに美味しいご飯、初めてで。だから」

 原価数十円のピザに乾燥したパンのサンドイッチ、調味料が過ぎる惣菜。

 ――これが泣くほど美味いって?

「あ、あの」

 気が付くと、少女は、手にしていたパンを、秒ヶ崎に差し出していた。

「一緒に、どうですか?」

 少女は、その時微笑んでいて。

 自分でもわからない。

 異様な怒りに襲われて。

 反射的に、彼はそのパンを片手で弾いていた。

「一人で食ってろ」

 彼は背を向け、部屋から出て行った。

「……あ、わ、私」

「気にすんな」

 全夜は、床に落ちたパンを拾い上げた。はたいて埃を落とすと、その大きな口でがぶりと噛みついた。

「うん美味い。――すまんな、あいつも難しいやつなんだ。まあ、その内分かってくれるさ」

「……私」

「ん?」

「ここにいて、いいんですか」

 少女の、真っ直ぐで、でも儚げで、どうしようもなく弱い目に問われ。

 悪夢衝動グリムロック二代目総長全夜は。

「俺が許す」

 頼もしい言葉で、応えた。


 …………………………


 高く振り上げられた刀はブラフでがら空きになった腹に御代木の蹴りがまともに入った。

 息が止まりそうになる。だが足を止めたら斬られる。だから僕は根性で前方へと駆け、御代木に体当たりをかました。

 目論見が外れ間合いをずらされた御代木は、突進してくる僕を差し置き、宙へと飛び回避する。

 反撃が空振った僕の頭上で、彼は超能力で足元に見えない壁を作り、足場として背後へと降り立つ。

 そして放たれる斬撃。

 背中に焼けるような痛み。

 だが歯を食いしばって耐え、振り向き様に超能力の波を撃つ。

 御代木は不可視の刃を拡張させ、その陰に隠れ波をやり過ごした。

「……もう一度だけ教えてやる」

 その後、彼は切っ先をこちらに向けながら、話し始めた。

「「規律」があるから殺されることはないだろう……なんて考えてるんだったら無駄だ。内々の不始末は各々で処理をする。この街の不文律(ルール)さ。だから真一郎も殺すし邪魔する貴様も殺す。どういう事情があるのか知らねえが、安いヒロイズムに酔ってるんだったら今覚めな」

 つまり、彼は。

 ここで帰るなら許してやる。力量の差は十分に思い知っただろう。これ以上は無駄だ。そう言っているのだ。

 ……笑わせるな。

「確かに、あなたは強いし、気を抜いたら殺されてしまうだろう。……正直、こんなことになってちょっぴり後悔もしてる。でも、僕は約束してしまった」

「ああ?」

「御代木さん、あんたのルールには約束は破ってもいいとあるんですか?」

 手を、また触手に変化させる。

 この獣と対峙したまま、数秒の時が流れる。

 一瞬でも目を逸らせない。

 そんな押し潰されそうな緊張感の中。

「……順番を間違えたな」

 御代木は、そう呟き。

 真一郎が逃げに行った方を見た。

「オイ!」

 僕の叫びなんてまるで気にせず、彼は真一郎の方へと駆けた。

 ……そう。

 それでいい。

 これで一つ。

 だが、これで真一郎が殺されてしまっては意味が無い。

 僕は全力で、彼の後を追いかけた。


 …………………………


 俺はとにかく走った。

 今、成瀬が御代木さんを引きつけてくれている。

 その間に、俺は「表」へと通じる通路を走る。

 この先には大通りがある。

 あいつが作ってくれた時間だ。

 急げ。

 アスファルトを蹴って、とにかく裏路地から出ようとする。

 しかし、大通りへと出ようとしたところで。

 眩い光に包まれた。

 思わず足を止めて、目を覆う。

「見つけたぞ!」

 悪夢衝動グリムロック……! もうこんなところまで来ていたか……!

 だが作戦は変わらない。

 俺は振り返り、来た道を走って戻る。

「逃げたぞ! バイクから降りろ! 追え追え!」

 男共の足音が聞こえる。

 逃げろ。逃げろ逃げろ。

 とにかく今は捕まっていはいけない。

「真一郎待ちやがれ!」

 背後から透明の銃弾が襲ってきた。

 脇腹を掠め、血が滲む。

 その場で蹲りそうになるが、気合で堪える。

 ――全夜さんは、こんなので、止まりはしなかった。

「うらぁぁぁあああああ!」

 叫び、路地を曲がる。

 そこは、狭い裏路地にぽっかりと開いたような広場だった。

 追手はどうなったか、後ろを見ようとした。瞬間――

「【キネシス】」

 殺気を感じ咄嗟に避けたが、右腕を切り裂かれた。

 地面に転がるようにして着地し、見上げる。

 そこには数人の仲間を引き連れた、秒ヶ崎が立っていた。

「ケッ、今のを避けるか」

「……秒ヶ崎……」

「ああ、すまんがお喋りしてる暇は無くてな。死んでくれ」

 手をかざす。

 それに応じるように、周囲のメンバー達も能力を発動させていく。

 これは流石に、避けらんねえな。

 全力は尽くした。あとは、祈るしかねえ。

 成瀬……!

「真一郎!」

 コンクリートが砕かれる轟音がした。

 俺に照準を合わせていた男達が、たじろぐ。

 向こうの路地から来たのは、宙を駆ける御代木さんと。

 それを追う、一人の男……そいつは。

「遅えぞ成瀬!」

 彼は、俺を取り囲んでいた悪夢衝動グリムロックの面々を見ると。

 腕を振るった。

 大きな手に押さえつけられたかのように、全員いとも簡単に飛ばされる。

 成瀬の元へ向かおうと走りだした。

 だが。

 それにはまず、超えなければならない壁があった。

「――ッ!」

 ソレは頭上から回転しながら落ちてきた。

 揺らめく刃が俺の頭蓋を切り裂かんとしていた。

 俺は動けずにいた。だが。

 触手が鞭のようにしなり、宙の獣へと襲いかかった。

 刀で弾かれる。

 その隙に俺は横へと避けた。

 降り立った御代木さんは、俺と成瀬を見やった。

「さて、どうするか」

 秒ヶ崎が、この状況に固まっていた。

 まさかこんなところで御代木さんと会うとは、思ってもいなかったのだろう。

 悪夢衝動グリムロックのメンバーは、慌ててフードを被り目元の歪みを隠した。

 根っこから奴らを信じている御代木さんは、その様子に気付かない。


 ――秒ヶ崎の目的を考えよう。

 ――まず、僕と真一郎に全ての罪を被せて、殺すこと。

 ――これで、夜斗乗神を操っていた黒幕という汚名を被せ、口封じが完了する。

 ――そう。彼の最終的な目標は今の組を裏切って他所に合流すること。その為には、建前でもクリーンな言い訳を作らなければならない。

 ――じゃあ、そのために必要な「土産」とは?


 決まってる。

 裏切り者が九龍組に行くために必要なのは、御代木さんの首だ。

 御代木さんの死とは、それだけで色んな組のパワーバランスが変わっちまうほどの事件だ。だからこそ、それだけの価値がある。

 秒ヶ崎は、俺達と御代木さんを殺さなければならない。

 そしてこう言うんだ。

「あいつらが暴走し、身内で殺し合った。こんな調子じゃ続けていられないから九龍組の世話になります」と。

 多少順序が違ってもいいから、まず俺らを殺して、どさくさに紛れて御代木さんも殺すつもりだったんだろう。

 だがこうして全ての駒が揃ってしまったら。

 御代木さんを殺す前に【A-ドラッグ】は使えない。自分こそが裏切り者だと告白しているようなものだからだ。

 それでは御代木さんと協力して俺らを先にやるか?

 それも難しいだろう。成瀬が二つ持ちだということは周知の事実だし、【A】抜きでの戦闘は厳しい。じわじわと兵隊が減らされ、【A】の効力が切れてしまう。

 それでは御代木さんを先に?

 論外だ。

 真っ向から御代木さんを殺ろうなんて正気の沙汰じゃない。

 不意を打てばなんとか殺せるかもしれないというレベル。

【A】なんかで作られた出来合いの超能力者なんて、脅威でもなんでもないだろう。

 奴の誤算はただひとつ。

 御代木さんを足止めして生きていられる男がいるなんて――思いもしなかったことだ。

 よって、秒ヶ崎はこの状況では。

 なにもできない。

 だからここからが。

 俺の戦いだ。

「……秒ヶ崎」

 俺は、一步、奴に近寄って言った。

「決闘、しようぜ」


 …………………………


 真一郎は遂に言った。

 僕の一つの役目は、終わった。

 ここまでは作戦通り。

 秒ヶ崎は、乗らざるを得ない。

 彼はこう考えるだろう。

 俺が真一郎とやってる間、他のやつらに成瀬とかいうガキを任せる。

 御代木さんが成瀬にかかりきりになったその隙に、あの人の首を取ればいい――。

 そう、だからこの馬鹿げた提案を、秒ヶ崎は。

「へえ……。決闘、ねえ。ク……クククク! お前はいつまでも、若いなァ。クククク!」

 身体を曲げて、卑しく笑う秒ヶ崎。

 そして。

「いいぜ真一郎。哀れな裏切り者だが、その「男気」に免じて、乗ってやろう」

「秒ヶ崎」

「御代木さん、すみません。その『御舟』をお願いします。こいつは、俺が」

 秒ヶ崎は顎をしゃくって、メンバーに指示を出した。

 ……おそらくあれだけで、伝わっただろう。

 男達が、ぞろぞろとこちらに向かってくる。

 そうだ。それでいい。ここから後は。

 真一郎の戦いだ。

「だ、そうですよ。御代木さん」

 御代木は、じろりと僕を睨んだ。

「もう少しです。あと少しだけ……遊んでください」

 驚いたような表情を見せる御代木。

 だが、すぐに鋭い眼光を戻し、刀を構えた。

 周りには族の悪党達。

 前に立ちはだかるは「裏」最強の獣。

 ――そうさ。

 この戦いは邪魔できない。

 向こうで、真一郎と秒ヶ崎が対峙する。

 さて、それじゃあそろそろ。

 

 僕は、手をかざした。

 真一郎は、拳を構えた。

 御代木は刃を出した。

 秒ヶ崎は、ニヤリと笑った。


 終わらせようか。

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