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E-カテドラル

成瀬祐城に使命が与えられた。カテドラルで夜斗乗神を釣り出すという、秒ヶ崎曰く「安全な」作戦である。街の「裏」の顔を眺めながら、彼は真一郎と話をした。その話は、空っぽの彼の中にどう注がれ、形を成していくものなのか。

 少女は、孤独だった。

 そしてまだ人間じゃなかった。

 そのくせ己の悲運を言い訳にして、乱暴だった。

 そんな少女を包み込む、親友もいた。

 だが闇は深かった。気が付けば体中が黒く蝕まれていた。

 そして過ちを犯した。

 闇は濃く。渦巻く呪いはどろどろと質量を増していった。

 光が目を背けるほどに、醜かった。

 少女は闇に飲み込まれた。哀れなほどに。

 だがそれも、洪水に弄ばれる木屑の一つに過ない。

 拾い上げる神がいるはずもなく。

 純粋な白では塗り潰すことができない。

 どうしようもない世の影だったからこそ。

 少女を救うことができるのは、灰色だった。


 …………………………


「いらっしゃ~い……あら? あらあらあら! まあまあ! なんて可愛い男の子! いらっしゃい、ちょっとこっち来なさいな!」

 カテドラルに入ると、甲高い嬌声に出迎えられた。

 店内は暖かな光りに満ちていた。木の机やカウンター席に、客が座っている。

 ひそひそと誰にも聞こえないような声で話し合う人々や、ただ独りでコーヒーを飲んでいるだけの人がいた。

 そんな不気味な静けさの中――カウンターの向こう側できゃっきゃと騒ぐ人がいた。

「どうしたのどうしたのそんな格好しちゃって! それで背伸びしたつもり? んもう全然ダメ! 土台を丸潰ししちゃってる! ケチャップを掛け過ぎたオムライスのよう!」

「え、オムライス……?」

 その人は丸坊主で、シャツが張るほどの筋肉があって、それでいてピンクのネイルと真紅の口紅をしていて、変な喋り方の……なんというか個性的な人だった。

「ほらほら、そんなところで突っ立ってないでここ座りなさい!」

 目の前のカウンターの席をぽんぽんと叩き、僕を誘ってくる。

 周りの客達の、冷たい目線が僕に突き刺さる。しかしそれを気にする風でもなく、この筋肉の人は「さあさあ!」としつこく誘ってくる。

 ――目立ったらヤバイんじゃないのか。空気は剣呑さを増していく。慌てて言われるがままに、カウンター席に腰を下ろした。

 なんでもいいからとりあえず、マスターを呼んでもらって、「レアモノ」を要求するだけだ。

「はい、それじゃあ」

「零クン! コーヒー一杯とびきり苦いやつ! アタシからの奢りよ!」

「…………コーヒー、一杯」

 筋肉が大きな声で注文する。後ろにいた、眼帯をかけた少年が小さな返事をしてキッチンに戻っていった。

「そう……一杯でいいの。アナタが飲んだカップを」

 彼は分厚い手で、僕の両手を包む。

「またアタシが飲む……液体の代わりに注がれるのは二人分の愛。そうこれぞまさしく、相思相愛。違うくて?」

「うわぁ……えっと」

 身の危険を感じた。

 とにかく必死にこの話題を逸らす。

「いや、僕は別にコーヒーはいらなくて。探してるものがあるんですが」

「あら。なぁんだ残念。ただの「客」か。……ふうん。アンタみたいなのがねぇ。悪い大人にでも唆されたのかしら」

 頬に手を当て不思議そうな顔をしている。

 なんでもいいからこの危険な人から逃げたいという一心で、尋ねた。

「それで、オーナーに会わせて欲しいんですけど」

「あら。アタシよ」

「え?」

「眞鍋巌男。36歳。「Cafe カテドラル」のオーナー兼マスターよ。本名は嫌いだから「オーナー」か「マスター」か「マギー」って呼んでね!」

 ウインクする眞鍋巌男。思わずまじですかと呟いてしまう僕。

「…………どうぞ」

 零と呼ばれた少年が僕とオーナーの間にカップを置いた。

 オーナーが手に取り口をつける。

 そしてカップに戻し、僕に進める。

「お飲みなさい……」

「いや、それはいいです」

 押し戻した。

「んもうつれないわねぇ。それで? アナタは何がご所望?」

「できれば手を離して欲しいんですが……。ここには色んなモノが集まるって」

「アハハハ。ここにあるのは安いコーヒーとマズイ酒だけよ。勘違いしちゃダメよボーイ」

 口に手を当てて微笑むオーナー。

「レアモノが欲しくて」

 途端に。

 彼から微笑みが消えた。

「……レアモノ。ですって」

 声に刃のような鋭さが潜む。

「アンタみたいな子が? ふうん」

 ポケットから煙草を取り出し、火を付けた。

「ワケでもあるの?」

「ワケって……自分で使いたいだけ、です」

「あなたはアタシの顔すら知らなかった。更に顔立ちからしていい育ちで「裏」の商品なんかとは縁もゆかりも無いはず。今夜が童貞を切る日だっていうのにハジメテが「レアモノ」。違和感だらけよね」

「聞いたんですよ、それが凄く効くん」

「三つ考えられる」

 オーナーは指を三本立てた。

「一つ。自分が気持よくなるため。二つ。商売として仕入れるため。さっきの通りアナタがいきなりレアモノを欲しがる理屈が通じないし、商売なんてありえそうもないからこれらは除外される。ということは、三つ」

 彼は僕に指をさした。

「誰かの為」

 僕は、息を呑んだ。

「その表情じゃ当たりね。……クスリはリスクが高いわよ。それに、どんなに取り繕うと闇の商品で救えるものは少ないわ。結局誰の為にもならないことの方が多い。それでも、あなたは何故求める?」

 彼の問は、どうしようもなく残酷で、本質をついていた。

 僕は巻き込まれたに過ぎないし、今ここに逃げてしまっても構わない。律儀に約束を守る必要もなく、明らかにリスクが高い。

 それじゃあ、僕はなんで。

 こんなことをしているのだろうか。


 ――おら、行くぞ。


「……断っても良かったんです。僕がここまでする義理はないですし」

 オーナーは黙って聞いていた。

「使命があって、達成するには色んな方法があった。多分もっと安全な方法もあったと思います。でも」


 ――しゃんとしやがれ。


「これが最短の道だった。だから真っ直ぐ進む。それだけです。リスクとか義理とか細けえことはなぎ倒して行くんです。少なくとも真一郎ならそうする(、、、、、、、、、、)。だから僕もそうするだけです」

 僕は、オーナーの目を真っ直ぐ見据えて、問に答えた。

 オーナーは、煙草を灰皿に押し潰して、笑った。

「ふふふ。アハハハハハ! 面白い子ねアナタ! うふふふふ!」

「あ、その、すみません。偉そうなこと言ってしまって」

「アハハハハハ! 心配しないで。ここは「カテドラル」。全てが集って「素通りするだけ」。だからアタシが詮索することも邪魔することもない。ただ通り過ぎる人を見るのが趣味なだけよ」

 そう言って、オーナーは置きっぱなしだったカップの中身を一気に飲み干した。

「そうね。「見た」ところアナタは……何も見えない。不思議ねえ。普通だったらもっと自意識やエゴが出るものなんだけどアナタにはそれがない。ならば虚ろなのかと言えば、そうではない。柱……というより土台。見えないけれどもしっかりとした礎がある。そして、その上に」

 彼は、カップを置きながら言った。

「小さな芽が出ている。大切にしなさい。どこから飛んできた種かわからないけど、やがてそれはアナタを支える大樹になるでしょう」

「芽、ですか」

「ホントに不思議な子。アハハハハハ。特別よボーイ。楽しませてくれたご褒美。ホントはね、ここで取引するモノのランクによってメニューを頼んでもらうシステムだったのだけどね。ほら見なさい」

 勧められるがままにカウンターのメニューを手にとった。

 開くと、数百円のドリンクから、ウン千万円のシャンパンまであった。

「ランクによって、ってことは……」

「そ。レアモノの取引がしたかったらこの500万のワインを頼んで貰わなきゃいけなかったんだけどね。ま、今夜はいいわ。珍しいものが見れたし。前途ある若者への支援だわね」

 し、知らなかった……。真一郎からマネーカードを預かっていたが、そういうことだったのか。

 こうした「裏」の世界の構造を知って、呆然としていると、目の前に小瓶が置かれた。

「オーナー、これは?」

「マギーって呼びなさい。栄養剤よ。芽と土台を混然とさせて強固な樹にするための。アナタはそんな大きな土を持っておきながらそれを認識できていない。自分を覗きたくなったら、これをお飲みなさい。魂の味がする飲み物。きっとこれはアナタの役に立つわ」

 オーナー……マギーは、そう言ってにっこりと微笑んだ。

「そろそろかしらね。準備はいいかしら」

 慌てて小瓶をポケットにしまいこんだ。

「はい。大丈夫です」

「武志! 客だよ!」

 マギーが大きな声で名前を呼んだ。

 すると、隅の席に座っていた男が、立ち上がった。

 灰色のパーカーを着ていて、フードを深く被っている。

 そいつは僕に一瞥をくれると、一直線に出口へと向かっていった。

「あいつは有島武志。彼の後を追いなさい。辿り着いた場所にアナタの望むものがあるわ。見失わないようにね」

 ……あれが、夜斗乗神のメンバー、なのか。

 とにかく、速く追わないと。

 僕は立ち上がった。

「オー……マギー。ありがとう」

「アハハ。出口のところに名刺が置いてあるから持って行きなさい。また会うことがあったらね。それじゃあ、達者で……ええと」

 僕は振り向きながら、こう言った。

「僕の名前は、成瀬祐城です」

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