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D-野良犬狩り

悪夢衝動グリムロック総長、秒ヶ崎空雅は数十名のメンバーと共に現れた。真一郎との確執を露わにしながら、会議を始めようとする。議題は“調査”――。御代木なる人物から与えられた命令とは。

 日が沈み、夜のとばりが降ろされた街。

 道路には帰路につく数々の車や、ビルの無機質な明かりが零れる。

 ――その裏側は、違った。建物と建物の間を縫うようにして辿り着く先には、より深いもう一つの街があった。

 人々が生活する健全な世界を「表」と言うのであれば、正にここは「裏」だった。

 毒々しい色彩の灯りが溢れ、そこらから重音高音奇音が響く。

 挑発するような、露出の多い服装で客を引く女。

 怪しげな液体を喇叭飲みする野郎共や。

 訳の分からない言葉で怒鳴り合い、血塗れになりながら喧嘩をするもの、それを囃し立てるもの。

 ここは街の「裏」側だった。闇にこそ生き、夜にこそ落ちる者の掃き溜め。

「オニーサン! アヒャヒャ! あれれよく見たらイケメン。ねーえーちょっと、こっちで遊ぼうよォ!」

「うわっ! いや、ごめんさい!」

 その「裏」の街に、何故か僕はいた。

 やたらと光沢を放つ黒いレザージャケットに、植木鉢みたいに靴底の厚いブーツを履いている。ぎざぎざに固められた髪謎のネックレスピアスリングエトセトラエトセトラ。そんな格好に身を包み、僕はここを歩いていた。

 しなだれかかってくる女の人をなんとか振りきる。

 人通りの少ないところにしゃがみ込み、一息。

 だが、その時後ろから。

「しゃんとしやがれ成瀬。なんでもうへばってんだよ」

 背後から真一郎の声。

 ぞくりと鳥肌が立ち、慌てて辺りを見渡す。真一郎は見事に人混みに溶け込んでいた。

 後ろで、腰に手をあてて、ため息を吐いている。

 僕は苦笑いしながら立つしかなかった。

 腕時計を見ると、今は10時40分。

 はあ、とため息を吐いた。

 一体、こんなところでなにをやっているのだろうか……。


 …………………………


「水浦」

「押忍。ここからは不肖水浦が説明しやす。今から三日前、土橋組がケツ持ってる「生花店 Noisy」が襲撃されやした。金品と商品が強奪されたみてえです。他所の組からの攻撃かとも思われたんですが、それにしてはどうにも規模がショボすぎる。そんで、御代木さんの【能力】で調べたところ、犯人達のバイクの種類が判明。その構成に当てはまる族とアリバイやらを探った結果――」

「なんてことねえ野良族が挙がったわけだ。族の名は夜斗乗神ヤトノカミ。平均年齢16.6歳。十中八九こいつらの仕業だよ」

「押忍。そんで、そいつらは例によって、野良の宿命で決まった巣がありやせん。空き地を転々としているみてえで、候補は六ヶ所。奴らはその何処かに居ます」

「知っての通り「青少年保護規律」と「暴力団対策法案」で御代木さんは手が出せねえ。――あとは分かるな?」

 応、という声。ぎりぎりと引き絞られた矢のように、一同の闘気が漲っていく。

 しかし、そこで、真一郎が手を上げて発言した。

「おいおい。三日前に襲撃で今犯人がわかった? しかも野良族だと? 解せねえな」

「……それが、妙に手慣れているというか、巧妙だったというか。短時間の襲撃だったにも関わらず、手際よく金品と商品が入った金庫を奪って、カメラも破壊。証拠も最低限のものしか無かったので、最初はいよいよ戦争かと兄さん方が息巻いてたくらいで……。御代木さんが出てきてやっと判明ということらしいです」

「ちげえのか」

「押忍。まず戦争なら襲撃が「Noisy」だけなのがおかしい。また犯人が夜斗乗神である以上、組はわざわざ野良族を雇ったことになりやす。が、飼いならしてる族をわざわざ使わない理由もわからないです。素性を隠すためとしても、所詮野良犬。拙いやり方でミスるリスクの方が高いですし、現にこうしてバレてしまってる。忠誠もねえ奴らを使う意味がわからないですね」

 真一郎は、じっと考え込んだ。

「……でも三日前の事件、だよな。野良の突発的な事件てことなら、もうどっかに逃げちまってんじゃ」

「ボケ。考えろ」

 秒ヶ崎がこんこんと頭を叩いた。

「金品と「商品」つっただろ。「Noisy」はな、キレイなお花と気持ちいい「ドラッグ」が名物の店だよ」

 ぴくりと。

 真一郎の表情が変わったような気がした。

「ドラッグ――だと」

「といっても基本は依存度の低い、比較的無害なドラッグばっかりだ。だが中には特上のやつもある。分かるか」

「……金が欲しけりゃ、そんないらねえ爆弾まで背負い込む必要はねえ。しかもレアモノとなりゃ足が付きやすい」

「だけどここならこっそり裁ける。まだバレてねえと高をくくってる間がチャンスだ。――今夜は野犬狩りだ」

 口元を歪め、初めて秒ヶ崎が笑った。

 悪夢衝動(グリムロック)の面々は吠える。人を犬と称し狩らんとする、彼ら自身は何者なのか。

「作戦を説明する。さっきも言った通り奴らの巣は六ヶ所まで絞れた。俺らもチームを六つに分け、それぞれ巣の近くで待機。そして同時に囮部隊を作る。そいつらは「カテドラル」に行って例のレアモノをねだってくれ。そこで奴らの尻尾を掴んだ瞬間に攻撃開始だ」

「詳しくは水浦が説明させて頂きます。候補地を上からA、B、C、D、E、Fとし、それぞれのチーム構成はPDAに送信しやす。また、囮部隊なのですが、我々の面が割れている可能性も考慮し、現地で雇い――」

「……いや、まて」

 水浦が説明しようとするのを、秒ヶ崎が遮った。

「現地で調達……。リスクが高えな。御代木さん直々の命令ってことは失敗ができねえ。不安要素は少なくしてえ」

「は、はあ。それではここから選ぶという形で……」

 そこで奴は。

 ぎろりと僕を見た。

「成瀬祐城」

「えっ、あっはい」

「お前がやれ」

 えっ。

 秒ヶ崎の突然の発言に、全員がどよめく。

「そ……総長?」

「限りなく一般人であり、裏切らねえこちら側の人間……。ハハハ、これ以上の適任は無えだろ」

「秒ヶ崎! 言わなかったか? こいつは全夜さんの使いだぞ?」

「それじゃあ聞くがなんの為にわざわざ人を寄越す? そもそもを正せば悪夢衝動グリムロックを良くしてえという思いのためだろ? なにも戦闘要員として働けと言ってるんじゃねえんだ。ちょっとしたお使いを頼まれてて欲しいだけだよ」

「あ、あの、お使いってなんです……」

「それでも危険に変わりはねえだろ!」

「それじゃあ真一郎、お前が付いてやれ。それだといざとなれば守れるだろ? ……それとも、なにか。そうやってお前が駄々こねて、万一失敗した時、全ての責任を取れるのか?」

「責任って……!」

「総長命令だ。真一郎黙れ。そんで囮部隊の警護役を果たせ」

「……秒ヶ崎テメエ……」

「返事」

「……クソが。わかったよ!」

 真一郎が立ち上がり、僕の腕を取った。

「その代わりこれ以上口出しすんじゃねえぞ! くだらねえ!」

「いや真一郎さんどこ連れて行くんですかていうか僕一言も了承してないあーれー」


 …………………………


 そして廃墟の、真一郎の私室らしき部屋に連れて行かれ、この格好にさせられ、眉を吊り上げながら話す真一郎の作戦を聞いた。

「裏街の「カテドラル」っつう店に行け。あそこは一見ただのバーだが、「裏」の全てが通るところだ。仲介屋っていうのか情報屋っつうか……。とにかくそこでオーナーに一言「レアモノが欲しい」と伝えろ。夜斗乗神の奴らが裁こうとしてるなら、奴らの巣まで連れて行ってくれるはずだ」

「その場で渡されるんじゃないの?」

「カテドラルはあくまでただのバーだ。薬の販売なんてやっちまったら制裁対象になっちまう。だからあそこは情報やモノが「集い、素通りするだけ」だ。だからあそこは最強なんだよ。」

 わかったか、と鬼のような顔で聞いてくる真一郎。僕はただただ頷くしかなかった。

「カテドラルは夜11時開店だ。……ってこんな時間じゃねえか! おい、そろそろ行っとくぞ! 開店と同時に作戦開始だ!」

 

 あのコートの男に追われているのに……いや多分あの暗さだったから顔は見えてないしこの格好ならまずばれない……いやそんなことじゃなくてほいほい言うこと聞いてしまっていいのかというかなんて説明したらいいのかどうか……。

 そんなことをうだうだ考えていたが、慌ただしく部屋を飛び出す真一郎に手を引かれ、バイクに乗り、そして今に至る。


「あの目の前にあるのがカテドラルだ。もう十分程で開く。……ミスるんじゃねえぞ」

 巣の時とは違う、私服姿の真一郎はなんだか新鮮だった。

 夜に酔う人々の背景に、真一郎はよく映えた。

 ……ぐだぐだ考えても、仕方ないか。

 引き受けてしまった以上は、やるしかない。

 ポジティブに考えよう。

 いつでも、前に向かって、歩みを止めない。

 真一郎の、ように……。

 この裏の空気が、そうさせたのか。

 なぜだか真一郎という人物に、興味が出てきてしまって。

「……あのさ、真一郎。ちょっと聞いていい?」

「ああ?」

「なんで、あのチームに入ったの?」

 そんなことを聞いてしまって。

 真一郎は、ぽかんとした表情で僕を見た。

「……は?」

「今日見てたらさ、リーダーの秒ヶ崎って人とすごい仲悪そうだったじゃないか。……どうしてそれでもずっと族にいるの?」

 本当に、ふと思ったことで、短い言葉だった。

 だけど真一郎の胸には、深く突き刺さったようだ。

「……どういうことだ」

「あっ、ごめん! そうだよね突然下の名前で呼ばれたら嫌だよね!」

「そっちじゃねえよボケナス! ……ったく、調子狂わせられる」

「ごめん。ていうか、族とか組とか、今日皆が喋ってたこと何にも分からなくてさ……」

「はあ!? 土橋組も? 三大族頭も? テメエまじかよ……。どんな温室で育てば……」

 この世のものじゃない、というような目で僕を見た。

 そして、ため息を吐きながら、話し始めた。

「族っていうのは……組が飼ってるガキ共のことだ。法や規律が張り巡らされたこの街で、色々と動けるようにするために飼い馴らすんだよ。そうやって組のために働いて、落ちこぼれやクズは生きることを許される」

「組って、いわゆるヤクザ、みたいな?」

「ハッ。そんな古い言い方は知ってんだな。組は「裏」側を仕切る組織のことだよ。御代木さんはそこの人だ……」

 じっと。自分の手を見つめた。

「俺は生きることを許されたんだ。全夜さんと……御代木さんに。人間じゃなかった俺に、力と居場所をくれた。だから、俺が」

 きつく、手を閉じ、固く握りしめる。

「今度は、俺が……あそこを守らなきゃいけない。与えて、与えられて。この世じゃ当たり前のことをしてるだけだ」

「辛くは、ないの」

「……考える暇も無かったな」

 そう言って、腕時計を見た。

「いらねえこと喋っちまった。そろそろだ。いいか、俺は後ろから見てる。さっさと終わらせて、全夜さんに良い報告をしてくれ」

 カテドラルに光が灯る。その途端に、救いを求めるように色んな人がドアを開き、店内へと吸い込まれていく。

「戻ったら全夜さんの話をしろ。……気になってしょうがねえんだ」

「うん……。わかった、真――あ、ええと」

「真一郎でいいよ」

 真一郎は笑った。

「ホント狂うぜ。おら行きな」

 そう言って、真一郎は僕の背中を押した。


 全てが、集い、素通りする「裏」の交点。

 そこへ、僕は踏み入った。


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