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C-悪夢衝動

「僕」の名前は「成瀬祐城」――。いや、それが本当の名前かどうかは分からない。パスケースに入っていた、半分に折れたIDカード。それは僕を証明してくれる光なのか。それとも、果たして。

「成瀬祐城……赤のカード。A級市民様ってか、いけ好かねえな」

 真一郎は壁にもたれて、ポケットから煙草を取り出した。

 肺いっぱいに吸い込んだ紫煙吐き出す。

「しかも割っちまってるし。『御舟』からここに来るまでなにやってたんだテメエは」

「いや、あはは」

『御舟』

 真一郎が度々口にするこの言葉。

 僕が身に付けているこの制服と関係する場所。そこに、僕が失った記憶のなにかが、あるのだろうか。

「そんなとこから人を寄越すなんてな。で、成瀬。全夜さんは、なんて?」

「なんて、とは……?」

悪夢衝動グリムロックについてなんか言ってだろ!? ああ!?」

「ええー、ええと。あはは、実は僕あんまり事情聞いてなくてですね……」

「しらばっくれてんじゃねえぞコラ! あのボケのやり方に、なにか……」

「嬉しそうに俺の悪口を言ってくれるじゃねえか、真一郎」

 その声に真一郎は、思い切り眉を顰めて、振り向いた。

 多くの足音と共に、彼らはこの廃墟に入ってきた。

 真一郎と同じような、物々しい服装。金銀のアクセサリーを身に付け、各々一様に目付きが悪く、そして。彼らは皆どこかに【悪夢衝動】という言葉を縫いつけていた。

 ――ただ先頭にいる男は、少し違った。酷い猫背で、髪は目が隠れる程に伸ばされている。そこから覗く目は虚ろで光が無い。彼はこの季節に、明らかに大きすぎる白地のジャケットを肩に掛けている。

 派手な装飾をしているわけでも、周囲を威圧する風貌でもない。

 だが、背後に控える者共とは、発する空気が違っていた。

 薄暗い熱気の中、それだけは異様に冷たく尖っていた。

「悲しいなァ……陰口だなんて泣いちゃいそうだ。全夜さんが見たらどう思うだろうか」

「……くだらねえこと喚いてんじゃねえ。俺がなにを誰と喋ってようが勝手だ」

「なら俺とのお喋りくらいもう少しにこやかできねえのか」

 真一郎と彼は、睨み合った。

 爆発するような真一郎の視線と、静かな狂気の潜む男の視線がぶつかり。

「――チッ」

 真一郎が舌打ちをし、一步退いて、道を開いた。

 男が歩き、ジャケットが波打つ。

 背中に大きく刻まれた文字が見える――【悪夢衝動総大将】

 そして、それを支えるようにして、並べられた名は。

 ――【三代目 秒ヶ崎空雅】

「今日はお早いご到着だな、秒ヶ崎」

「真一郎。色々言いてえことはあるんだが、とりあえず」

 秒ヶ崎の痩せた指が、僕をさした。

「こいつァ誰だ?」

 全員の視線が、僕に集中する。

「あ……僕、ですか」

「当たりめえだボケ。チームネストに入り込みやがって、正気か?」

 頷くようにして、その場の殺意が一斉に溢れた。

 ……さっきの真一郎もそうだけど、この人達は異物を異常に嫌う。

 ここは彼らにとっての聖域で、だとしたらのこのこ迷い込んでしまった僕は、大間抜けの害虫ということに……なってしまう。

 まずい。

 いよいよ生きた心地がしなくなった時。

「いいんだよ、そいつは」

 真一郎が助け舟を出してくれた。

「……ああ?」

「全夜さんが寄越した奴だ。制服みたら分かんだろ」

「……『御舟』、だと……?」

 皆が息を飲むのがわかった。


 『御舟』。

 これは、なんだ? ここの制服を着ている僕は、なんなんだ?


「んでそんなところから、わざわざ」

「くはははは! 決まってんじゃねえか、お前の活躍をちゃんと見るためだよ(、、、、、、)!」

 ぎろりと真一郎を睨んだ。

 真一郎は勝ち誇ったような微笑みを返した。

 やがて秒ヶ崎は肩を竦め、「……まあいい」と呟いた。

「触らぬ神に、だ。テメエら。いくら馬鹿でも『御舟』に手出すんじゃねえぞ、面倒が起こる。それじゃあ、今から会議ミーティングを――」

「待ちな」

 秒ヶ崎が全員に向けて話そうとするのを、制止する声があった。

「……今日はやけに元気が余ってるみてえだなァ真一郎」

「【A】についてだ」

「……あァ?」

「まだそのことは決着が付いて無え! クソみてえな会議の前に決めることがあるだろ!」

 秒ヶ崎は、ちらりと僕を見やり、ぼりぼりと頭を掻いた。

「……なるほどなるほど。立会人のいる今この場で【A】を持ち出すと。ハハハ、お前も賢くなったもんだ」

「俺は認めねえ。前総長の意志を継げば――」

「だがな、真一郎。会議をクソ呼ばわりしたのは頂けねえ」

「あ? 会議なんて、いつもどうしようもねえ理屈ばっかこねくり回してるだけじゃねえか! それをクソって言って――」

御代木(みしろぎ)さんの命令だよ」

 空気が静まり返った。

「“組”の縄張りでヤンチャした野良チームがいたらしい。「調査」を頼むだってよ」

「いや、でも」

「【A】は後回しだ。こっちを最優先で解決する。あとオマエな」

 一步。秒ヶ崎は真一郎に近付いた。

 瞬間拳が鼻に叩き込まれた。

 真一郎は顔を押さえ、苦痛の呻きを漏らす。

「さっきから悪夢衝動グリムロック総長に対する態度じゃねえぞ。弁えろ」

 今にも噛みつかんと真一郎は怒りを露わにしているが、秒ヶ崎はどこ吹く風だ。

 痛みに顔を歪める哀れな姿を見て、メンバーは薄笑いを浮かべている。


 暴力を振るい、暴力を振るわれ。

 それでもこの聖域を立ち去ることはせずに。

 彼らは彼らの、異次元の法則ルールに拠って使命を果たそうと行動していて。

 それが悪夢衝動グリムロックというチームであり、在り方であるということを理解した。

 その只中にいる僕は、己の無事をただ祈ることしかできなかった。

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