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G-“天王星《ウラノス》”

機動司官に圧倒される鈴寧。反撃の機会すらなく、彼女は倒される、はずだった。そこに颯爽と現れたのが、ただの女生徒だと思っていた本田。彼女は、「星付き」が“天王星”だったのだーー。

「“天王星ウラノス”って……あなた、嘘」

 鈴寧は、口をぱくぱくと動かしながら、震える指で少女を指した。

 本田ジェネシス……“天に坐す星の御子(ガラテイア)”は、背中越しに、ぺろんと舌を出して、頭を下げた。

 それは、悪戯を叱られた子供のようであった。

「ごめんなさい。カードは偽造です。私の製造コードはジェネシス、本当の名前は本田ジェネシスです」

 さらりと偽造など、空恐ろしい真実を告げる本田ジェネシス。

 この社会で、IDカードの偽造がどれほどの罪となるのか、考えたくもない蛮行であった。

『御舟』が様々な研究を進めていることは、だれでも知っている。

 その最高傑作が、少女の姿を模した、超技術のサイボーグだなんて、誰が信じられるだろうか……。

 だがそれで、少なくとも一つの疑問は解消される。

 サイコアラートの対策……。そんなもの、彼女ならば、いくらでも誤魔化すことができるだろう。

 何故ならば、本田花子、もとい本田ジェネシスとは、機械なのであるから……。

「ふざけんじゃねえぞ――オラァ!」

 青筋を浮き立てながら、如月源路は絶叫した。

「「研究所」のお人形がァ! どうしてノコノコ「情報局こっち」に来た!? てめェ、俺たちが必死で守ってきた、均衡を……滅茶苦茶にしやがってカスがァ!」

 如月は強く床を踏み鳴らした。

 その苛立つような衝撃が、机に、椅子に、電灯に。彼の目に映るあらゆるものに転移して、それらは粉々に砕かれた。

 木材が弾け、ガラスが割れる。

 威嚇であり、怒りでもあった。

 如月は、本当に怒っていた。

 それも当然。

 学園を守るという共通の目的はあるものの――委員会同士は決して味方というわけではない。

 この学園内で如何に高位の座に就くか。そしてその影響力を持ったまま如何に街で成り上がるのか。

 委員会に属する者の欲望とはそこにある。

 蹴落とせるならば、躊躇い無く蹴落とす。

 委員会は最大の味方であり、最大の敵であるのだ。

 己の成すべきこと、組織として譲れないところが出てきた時、それは高確率で衝突する。

 相手を出し抜く為、相手を上手く利用する為、相手を潰す為。

 情報を抜き取る、長を仕留める、間者を送り込む。

 昔日の学園では、そうした権謀術数が幾重にも交わし巡らされ、日々どこかで殺し合いが行われる、末期の状態があった。

 今の委員会は歴史に学んでいる。反省と悔恨の結果、「不可侵」という不文律ルールが出来上がった。

 委員会は、無断で他所の領域に立ち入ってはならない。これが破られるということは即ち戦争の準備があるということであり。

 やられる前に狩り尽くす。開戦の狼煙は、望もうと望むまいと立ち昇る抑止力システムとなっているのだ。

 細い糸を渡るような……しかしそれでも、ここまで上辺の平和を維持し続けてきた、繊細な睨み合いを。

 この元気な女生徒は、ばりばりと破いてしまったのだ。

「尚の事逃すわけにはいかねえよなァ……! スイッチを押したのは、テメエだぜ? 女の首二つ送って、殺し合いの宣言だ……」

「チッチッチ、それは違いますよー、源路さん!」

 悪寒がするほどの男の殺意を、本田は人差し指を横に振りながら否定する。

「私は確かに「研究所」で生まれ、父さんに調教プログラミングされました。ですけれど! 私自身は「研究所」に所属していないのです!」

 胸を張って“天王星ウラノス”はそう言った。

 思いっきり眉を潜める如月。

 彼は、怒りのあまり震える手で、己の突き出した前髪に触れた。

 摩訶不思議なことに、そこからガラス板のようなバイザーがすこんと飛び出してくる。

 虚空の前で二、三指を振るう。「GLASSE」が動作認証ジェスチャを読み取り、検索結果をずらりと並べる。

 如月は、なにかを確認すると、苦々しく声に出した。

「……「研究所」に本田ジェネシスなんて委員、今も過去にも存在したことはねェ。当然“天王星ウラノス”は……」

「未所属、ですよね! そりゃそうです、「星付き」は委員会に属してはならないという不文律ルールがあるのですから!」

「――それは詭弁、じゃないですか」

 燦々と輝くような表情のジェネシスに、それまで黙って成り行きを眺めていた波奈が、口を挟んだ。

「どう考えても「研究所」の思惑で、貴方は登録されていないにすぎません。「星付き」の権力を抑えておくため、でしょうが……。そんな小細工で、我々が、ごめんなさいと、退くと思いますか?」

「ふーむ。まぁ一理ありますかね?」

 考えこむようにして、顎を触る茶髪の少女。

「でもですね、あなたはなんで、私が「研究所」のモノだと思うのですか?」

「……そんなの、貴女がサイボーグだからに決まってるじゃないですか。開発、製造できるのは、あそこしかないのですから」

「裏を返せば、それだけですね!」

 くるりと。

 本田は掌を返した。

「つまりお二方は、私が「研究所」とバッチリ繋がっているという証拠は、何一つ持っていない。私は生まれただけです! たまにお茶して喋るだけの関係です! それで関係者だー、なんて言っちゃったら、委員たちのお友達は、皆ろくなことできませんね!」

 ……なんとも恐ろしいことに、こんな挑発をぶっておいて、まだこのサイボーグは笑っていた。

 詭弁、屁理屈としか呼べない代物に、機動司官は二人して、黙るしかなかった。

 毒気を抜かれたような、混沌とした表情で、ただただ本田ジェネシスを眺めていた。

 やがて……呻くように如月が言葉を発した。

「おかしいとは、思ってたんだよなァ。前の“天王星ウラノス”が買収されたなんて噂は聞いていたが、その後継者の情報は全然手に入らねえ。適当なダミーのプロフィールしか流れてこねえで、こいつは一体どんだけ情報戦に長けてるんだと疑問だったんだが」

「「研究所」がバックに付いてたんですね。……確かにこれならば、名目上、彼らは潔白ということになるです」

「……いやいや、納得できねェよ」

 どれだけ冗談めかそうとしても。

 どうしようもなく、二人の声は虚ろになった。

 そう。

 これこそが――そこに在るというだけで、手を遅らせる程の力を持つ。

「星付き」という、絶大な象徴。

 彼らが戦うのは、本田という個人、“天王星ウラノス”という惑星、果てにはその背後に控える「研究所」という機関そのものであった。

「一つ」

 場を引っ掻き回した少女が、指を一本立て。

「聞いてもいいですか。大事なことです」

 尋ねた。

 如月と波奈は険しい目で、本田を睨んだ。

 本田は、そんな彼らには意にも介さず。


「鵜飼草介を知ってますか」


 そう尋ねた。

 次の瞬間。

 部屋を満たしたのは並々ならぬ濃厚な瘴気であった。

 両者共に目を大きく見開き、ぎらりと輝く目は最早狂気すらとり憑いていた。

「……悪い子ですね」

「……「星付き」、「研究所」。どうでもいい。テメエは殺す」

 波奈が体勢を低くし、両肘の突端を本田へと向けた。

 如月が、拳をだらりと下げ――奇妙なまでに脱力した。

「【超能剣術サイキックアーツ】」

「【超能拳法サイキックアーツ】」

 あれほどまでに呆気にとられていた二人に何が噴き出したのか。

 向けるはただ純然たる殺意だった。

 鈴寧はまだ動けない。

 本田は、かばうように一歩前へ出る。

 機動司官の爆ぜ燃え滾る漆黒の感情は、まさにこの瞬間爆発しようとしていて――。


「【キネシス】」


 だがそれは。

 彼らの背後から殺到する。

 規格外の嵐によって邪魔立てされることとなった。


 素早く反応した如月と波奈は、離れるようにその場から飛び去る。

 その一拍後に、念力のあぎとが二人の立っていた場所を食い散らかす。

 木屑が舞い、小さな本棚が倒れる。

 決して少なくない実戦経験を持つ如月を以ってしても、瞠目せざるを得ないほどの念量だった。

 紙一重で攻撃を避けた如月は、そのもう一人を見やった。

 彼は、右の手を此方にかざしていて――。

 もう片方の手で、透明な袋を握っていた。

 さらに、口に咥えているのは小麦色の、小さなパン。


「ジェネシス、だっけ」


 再び立ち上がって。

 またこの場を救ってくれた。

 そう想うだけで、鈴寧は。

 胸が痺れるような錯覚に陥る。


 成瀬祐城は、咥えていたパンを、ごくりと飲み込んで。


「これで、契約は成立なのかな」


 そう言った。

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