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エピローグ-“鬼鱗”の

菱木の毒を奪い、奴を追い詰めた僕ら。だがあと少しのところで桃瀬が彼を逃した。彼は宣言した。必ずお前らを殺すと。だが、少なくとも、僕らはこの戦いには勝つことができた。僕らは、久世さんと共に日常へ帰る。

 赤月からの返答がない。

 もう一度、フィジホンからメッセージを送信するが、無反応のままだった。

 まさか、やられてしまったのか?

 赤月を倒せるほどの使い手が現れたということは……僕達も安全ではないということだ。

「則明、大丈夫か?」

 僕の不安げな表情を見せたことで、成瀬が気を使い尋ねてくれる。

 ――やっぱり、成瀬か久世さんの【ポーツ】で跳ぶべきだったか?

 そんな考えが脳裏を掠めるが、ぐったりと目を閉じる彼女の横顔が目に入ると、打ち消される。

【ポーツ】を使う時の基本的な約束事として「精神が安定していること」と「座標を意識できていること」が挙げられる。

 ある地点を想起し、そこに跳ぶ【ポーツ】は、少し座標を間違えれば地下深くに生き埋めになってしまうことだってある。

 肉体の一部を切除された久世さんに、この学校の地理がよくわかっていない成瀬に任せるのは――とても危険だ。

 だから、とにかく今は久世さんを安全な場所に……保健棟へと移して、それから赤月の助勢に行くことがベストだ。

 僕は、成瀬の問いかけに首を振る。

「いや、なんでもない……。とにかく今は、急ごう」

 訝しむ彼だったが、とりあえず僕の言に従ってくれる。

 僕らは、あのボロ小屋の入り口前で屈んで、様子を伺う。

 足音や気配が無く、出るならば今だった。

「久世さん……行けるかい?」

 久世さんは、苦しそうな表情から、無理矢理笑顔を作って首を縦にふる。

 行かなきゃ……彼女の為にも……早く。


 きっと、僕はこの時、焦っていたのだろう。

 偵察虫を放つなど、用心をしていれば。

 菱木との戦いで疲れていた? 久世さんの為? そんなのは言い訳でしかなく。

 人の物音や気配がしないということは、誰もいない、ということと、もう一つ。

 それらを完全に殺せる人間がいるという、至極簡単なことであって。


 僕らはそっとドアを開いて、雑草の生い茂る、汚れた一画へと出た。

 辺りを見回しても誰もいない。

 とりあえず、宿場方面の通路へと向かおうと。

 成瀬を促そうとした。

 その、瞬間。


「【虚光祓う天の弓(ミスティルティン)】」


 白い何かが飛来した。

 気付いた時にはもう遅く。

 僕の、右肩はぽっかりと穴が穿たれた。

 激痛が脳天まで走る。

 咄嗟に僕を押してくれた成瀬ですら、驚きを隠せていなかった。

 そして、もう一度。

 僕の目の前を、真っ白に濁った一筋の閃光が通り抜ける。

 木材が折れる嫌な音がした。

 振り返ると、小屋のドアや壁に、綺麗な円の穴が貫通していて。

 ――この力は、まさか。

 その最悪の想像をしてしまった後。


「やれやれ。今のを避けられるとは、私の名も落ちたものだね」


 そいつらは現れた。

 恐る恐る、声のする方を見る。

 宿場へと通じる道の先には。

 暮れかかる夕焼けを背負って立つ、三人の悪魔が立ちはだかっていた。

 両脇を固めるのは、体格のいい男と、細身ながら充溢した気力を放つ男。

 その中央にて佇むのは、ある女生徒だった。

 先頭に進み出て、まるで少年のような口調で語る女生徒の手には――大きな弓が握られていた。

 純白の、その女生徒の身長くらいあるだろう美しい弓には、弦が張られていなかった。

「聞きたいこと、言いたいことは山ほどあるわけなんだが、ひとまず嫌味を言わせてもらおう」

 その女の子は、ショートカットで、ところどころはねた癖っ毛を茶色に染めていた。

 僕らを見る目は、吊り上がっていて、まるで獲物を狙う猫のようでもあって。夕闇に染まっていくこの空の下、異様に光っていた。

 彼女の制服の袖には、一つの腕章。

 五芒星に、一本の線が貫かれているその紋章は。

「――よくも邪魔してくれたね」

「成瀬逃げろ!」

 震える足で必死に立ち上がった。

 その女生徒は目を細めると、ぐっと力を込めた。

 すると、手に握る弓の両端から白い一本の線が伸び、交わる。

 細い指が、その不可思議な弦を引いた。

 触れた指の先から、白い弦が収斂し、引かれる動作に追従するようにして、それは一本の矢と成った。


 かの矢で大悪を射抜く白き弓こそが――オーパーツ【虚光祓う天の弓(ミスティルティン)

 ――間違い無い。


「最悪だ……! こんなところで……!」

 この超能力者の学園で恐れられる存在。

 愛用する弓で、法を乱す者共を一様に貫く役目を負った者。

 この学園に座す、八人の委員長が一人、その中でも最強と目される彼女は――。

「名乗りを上げるべきかな」

 白濁した弦はきりきりと引き絞られ、僕らを狙っていて。

「風紀委員長、加藤美沙姫かとうみさき。私達の筋書きを邪魔した代償を、払わせてやろう」

「「串刺し加藤」だ! 逃げ――」

 矢が撃たれた。

 空気を切り裂き、なんの抵抗も受けずただ真っ直ぐに死の矢は僕の胸に迫り飛ぶ。

 刹那、成瀬が間に入って。

 膨大な【キネシス】が突風のように、加藤美沙姫の超常の矢と激突した。

 誰しもが目を剥き、その圧倒的な力の前に屈するほどの【キネシス】だったが。

 それでも彼女の矢は防ぎきれず【キネシス】の壁を貫いた。

 僅かに逸れただけで、成瀬の脇腹を貫いていた。

「……っく!」

 片膝を着いて、前の三人を見やる成瀬。 

 風紀委員長、加藤美沙姫は艶かしく微笑んだ。

 あの矢は一切の誇張なく全てを貫く。

 学園に歯向かう者、悪しき事を企む者、並べて等しく丸い穴が穿たれる。

 故に「串刺し加藤」

 計画? 邪魔? それが菱木のなにかを指しているのは想像がつくが。

 とにかく、彼女は僕らを害そうとしている。

 これほど最悪なことがあるだろうか。

 彼女は、成瀬の様子を見て、嬉しそうに微笑んだ。

「おやおや。威勢のいいお坊ちゃんだ。見覚えのない顔だが、いい【キネシス】をお持ちだね。大人しくしてくれると助かるんだけれども」

「成瀬!」

 こいつに捕まるのはまずい。

 しかも更に悪いことに、加藤だけではなく、背後にはもう二人が控えている。

 剥き出しの敵意に対し、僕は。

 全身を泡立たせ、毒虫を大量に放出した。

「こいつとは戦うな!」

 毒虫は空中を舞い、標的をぐるりと取り囲む。

 それを見て、加藤は「おや」と目を丸くした。

「これはこれは……数が多い上に一匹一匹が必殺の何かを秘めていると見た。撃ち漏らすことは許されない、難儀な的当てだ。これは骨が折れるね」

「……いや」

 嬉しそうに虫に向かって弓を構える加藤だったが。

 それを遮るようにして、一人の男が前にでた。

 その体格のいい男は、ぎろりと、力強い眼光で毒虫達を見やって。

「ああいう細かいのは」

 そして男は、ぎゅるりと腰を捻って。

 腕を振りかぶった。

 そして、みるみるうちに、その腕から力が膨らんで。

 薄く白く濁った、化物の爪のようなものがぼんやりと現れた。

「俺が」

 制服の下からでも、鍛えられた肉体が見て取れた。

 委員長を守護するように、従順に力を尽くすその男は。

「あいつとは戦うな!」

 僕は力の限り叫んだ。

 噂だけは聞いている。

 加藤からの寵愛を受ける、風紀委員のルーキー。

 新参者にして、その獰猛な戦闘力を以って飼い主の言いつけ通り、色んな者を狩り尽くす化物。

 皆は、畏怖の念を込めて渾名を付けた。

 委員長に加えて、あの男までもが立ちはだかる。

 これはなんの冗談だろう。

 僕らに向けられる敵意は破裂するほど膨張しきっていて。

 先陣を切らんとする、その男は――

「あれは……“鬼鱗”の……」

 男の腕が、鬼の鱗を纏い、化物と変した。

 そして、串刺し加藤が。

「可愛い奴め。それじゃあ任せるとしようか」

 実に喜ばしそうに。

 彼の名を呼ぶ。

「――全夜くん」

「“鬼鱗きりん”の全夜だ!」

 そう言うのと、鬼が腕を振るのは同時だった。

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