A-日下部真一郎
自分を失った少年は異様な夜の街を駆けた。死体、コート、髑髏、異能。それらが持つ意味も分からずに――。今、彼に分かることは唯一つ。何があっても生き延びること。少年の生への執着が、人と人を結びつける。
――市民の皆様、おはようございます。本日の気温は、27度。快晴の後、曇。バスや電車の運行に支障はありません。また、通り魔事件が発生しております。身辺には十分に気を付け、今日も元気に過ごしましょう……本日の気温は、27度。快晴の後……
なにが通り魔だ、クソが。
日下部真一郎は苛立っていた。晴天の下、エリミネーター250Vに跨り、更に速度を上げる。
――悪夢衝動は、オメエに預ける。
真一郎は、あの特攻服を思い浮かべる。純白の生地に、ところどころ黒ずんだ汚れが染み込んだ、薄汚い布。
真一郎にとって、その汚れこそが自分達の歴史であり、勲章だった。
くだらねえガキをぶちのめし、仲間を護る為に暴れ、プライドの為に喧嘩した。その馬鹿みたいな暴力の渦こそが真一郎達の青春であり、絆だった。なにを賭けても守りぬかなくてはならない場所であった。
なのに。結局、全夜さんは行ってしまった。いや、守れなかった。
違う。
また守られてしまった。つまりはそういうこと。
いつまでもガキなのは、他の誰でもない自分。
――次の総長は、オメエだ。根性入れて行けよ。
――秒ヶ崎。
俺じゃなかった。ただ、その事実が今でも真一郎の胸を締め付け、苛立ちは愛車のアクセルへと向けられる。
どれだけ風を切ろうと、真一郎の気が晴れることは無かった。
警邏人形にも、何も知らずに、アホ面晒して幸福を享受している市民達にも、この街そのものに対してフラストレーションは溜まっていく。
クソが。
気分が乗らねえ。
ガソリンの無駄だ。……巣に戻ろう。
日下部真一郎は、どうしようもない虚無感にとり憑かれながら、バイクを棲家へと走らせた。
そして真一郎は、少年と出会うことになる。