H-フェイク
二人のアジトへと潜入する僕だったが、そこで久世さんの親友である桃瀬悠々子に見つかってしまう。何をしているかと尋ねられ、正直に目的を話す僕。すると、桃瀬さんは「私もついて行く」と言い出した。久世さんの為に行きたいという彼女を引き止める術を知ってるはずもなく。桃瀬さんを仲間に引き入れ、僕らは隠された地下へと踏み出す。
降りた先には、細い通路が伸びていた。
静かに進むと、やがて通路が広がっていって、ちらほらと両脇に扉が見える。
この地下室は、なんだ?
地下を持つ部活が幾つかあるのは知ってるが……ここは、何のための場所なんだ?
余りにも広く、そして異質だ。
ダメだ、戻るべきだ、この先はイケナイ。
己の中の虫が、そう騒ぐ。
だが、ちらりと振り向くと、後ろには桃瀬さん。
目があうと、小さくガッツポーズして、勇気づけてくる。
――そうだ。ここで逃げたら、今までの自分と同じじゃないか。
再び正面を向いて、僕は進んだ。
そして、とうとう行き止まりまで来る。
歩いた先は、一枚の扉で遮られていた。
これまで通り過ぎた部屋には明かりがついていなかったが、扉のガラスからは、光が漏れていた。
明らかに、誰かいる。
「だれか、いるね」
「……うん」
ひそひそと話し、そして二人でこっそりと、ガラスから中を覗いた。
そこは、殺風景なコンクリートの部屋だった。
中には、金広涼と、石動陽太が立っていた。
誰かと話しているようで、下卑た笑みを浮かべている。
……ここにいたか。
しかし、よく見ると格好がおかしかった。
いつもの赤を基調とした制服の上から、深い濃紺のマントを羽織っていて、どこかで見た覚えが――。
「マント?」
あのマントと、あのマークは。
月光会の。
二人が頭を垂れる。
すると、そこから前へ進む人影があった。
レベルⅡが頭を垂れるような、人物。
そこに現れたのは――。
「なんで……?」
学園に選ばれた十一人が一人。冠する星は〟月〝。学内でも有数の公認互助団体「月光会」を率いるその男こそが……菱木要次郎。
最も華美で、同時に最も獰猛な「星付き」だ。
彼は鷹揚に笑い、金広の頭をを撫でていた。
危険だ。
本能がアラートを鳴らし逃げろと激しく命令してくる。
見つからない間に、今すぐ戻らなければ。
「桃瀬さん、まずい、帰ろう……!」
素早く身を翻そうとした時。
後ろの桃瀬悠々子が、僕に向かって。
手をかざしていた。
「え?」
「【ウェイズ】」
目の前の空気が、歪んで、撓んで。
みるみるうちに膨れ上がり。
爆発した。
扉を吹き飛ばしながら、僕はその部屋の中へと転がった。
皮膚が焦げ、骨に違和感がある。
なんだ。
なんだなんだなんだなんだ。
どうして彼女は僕に攻撃したんだ。
あれおかしいな、仲間だって桃瀬さんはそう言ってて。
「……ウジ?」
と、頭上から声をかけられた。
恐る恐る見上げるとそこには、金広と石動が。
そして。
「アハハハハ! うん? これはこれは、こんな夜に傷だらけで、どうしたんだい」
革靴を響かせ、それは――菱木は、やってきた。
「レオン、ブラート。説明を頂けるかな?」
白いマントに、高級そうなズボン。
そして手の甲には“月”の刻印。
間違いなく、こいつは、あの「星付き」で。
レオンと呼ばれた金広は、「いや」と返事を濁していた。
「これが、その、例のパトロンです。……ウジ、どうしてこんなところに」
「あなたのせいですよー」
そして、壊れた扉から、彼女が。
桃瀬悠々子が現れた。
すると、菱木さんは、それを見て。
気軽な声で。
「やあ、シェリーじゃないか! どうしたんだい?」
そう呼んだ。
シェリー?
知り合い?
え、これは。
どういうことなんだ。
「そこのレオンくんが盗んだものを取り返しにきたんですよー」
「……はぁ? 僕が盗んだ? ああ、マネーカードのことか」
「違うよー、馬鹿。懐中時計を取り返しにきたんだよー」
桃瀬さんは、す、と指を伸ばす。
「あの子のために」
その先には。
壁から伸びる、黒い鎖で繋がれ。
傷付いた肌を露出させ、あられもない格好をしていて。
呆然とした表情で僕を見ている、久世晴佳が、いた。
なんだこの状況は。
どういうことだ。
――後ろにある、異様に豪奢な棟と比べると、一層悲壮感が滲み出している。
まさか、ここは。
後ろの月光会と繋がっていて。
「なるほどなるほど」
ぱちぱちと手を叩く菱木さん。
「なんとなくは理解できたよ、シェリー。彼は晴佳に恋する奴隷だったんだね。しかし、どうしてわざわざここまで導くような真似をしたんだい?」
「だってー」
逃げなきゃ。
逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げな
「こうでもしないとわかんないじゃないですかー。言うこときかないはるるんのせいで男の子が一人死ぬことになるんだって」
僕は立ち上がって通路まで全力で駆けた。
「【炎熱槍】」
「【ウェイズ】」
腿に火の槍が突き刺さり眼前の風景が一瞬で爆発し吹き飛んだ。
誰かの悲鳴が聞こえる。
あまりの痛みに脳が真っ白になる。
「逃げてんじゃ無えぞウジ」
「よく見ててね晴佳。あなたのせいだよー」
「アハハハハ! アハハハハハハハ! これはいい趣向だね! シェリー、君は実に性格が悪い! いいよそれじゃあ彼を拷問しよう。すぐに殺さずじっくりと苦しませるんだよ! ――折角の機会だ。「クラフト」を使いなさい」
菱木さんは、久世さんの傍まで寄って、顎を掴んだ。
「彼女の教育のためにね」
「……菱木!」
「よく見ておけよ。命令だ」
真っ赤な舌を伸ばし。彼女の頬をべろりと舐める。
赤く腫れた目で、彼女は叫ぶが、悲痛な願いは虚空に消える。。
なんだこれは。
これは、なんなんだ。
どういうことなんだ。
僕は、僕は僕は僕は僕は僕は僕は。
僕は――。
金広が、真紅の筒のような金具を手にとった。
「愚かな虫だよ、君は……。クラフト【廻刃】」
筒の上下から、うねりながら回転する炎の渦が出現する。
獄炎のデュアルセイバーは、酸素を喰らい更なる加熱を止めない。
それを、上から。
僕の肩に向かって振り下ろした。
「アア嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼あアアアアア!」
「……っぷ、ククク! ひゃヒヒヒヒヒヒヒヒヒ! あ、アハハハハハハハハハハハ!」
僕が藻掻く姿に笑う菱木。
「ほらほらほらほらほらァ!」
炎の刃は、幾度も幾度も、僕に振り下ろされる。
幾度も幾度も。
僕は貫かれ。
「……んー」
いつのまにか、僕の足元でしゃがんでいた桃瀬が。
「じゃあわたしは体内破壊で。えい、【ウェイズ】」
僕の股間に向かって力を放った。
弾ける。
声すら上げられなかった。
その様子を見て、涙を流しながら大笑いする菱木。
それが彼らを調子づかせたようで、それからも何度も何度も弄ばれた。
薄笑いを浮かべ、身体を傷付け、破壊して、でもまだ死ねなくて、僕は叫んでいるのか叫んでいないのかすら定かではなくて。
どれほど時間が経ったのだろうか。
「……もう」
真っ黒な消し炭になった僕を。
「……もう……いいでしょ……」
久世さんが、震える声で、そう絞りだす。
菱木は、欠伸をしながら、とても冷めた表情で。
「そうだね。飽きてきた。いやはや、これほど愉快な喜劇は無いと思ったんだがね。中世の王が虐殺に興じた気持ちも、分からないではなかったよ」
彼は、爪を見ながら。
「だけど慣れてしまえばこんなものなのだね。ま、晴佳の教育にもなっただろうさ」
「……菱木様、お願い」
「アハハハハ! こんな時だけ敬称を付けるのかい? うんうん。いいとも。おい、君たち」
そして、彼は。
「彼を無惨に殺しなさい」
そう言い放った。
それを受け取り、金広が、ゆっくりとクラフトを構える。
「お願い! ねえ! 止めてよ! 言うことを聞きますから! 彼は関係無いんだから! 菱木、菱木、菱木様!」
「ミハエルと呼べ牝犬。シェリーが言ってただろう。あの少年を殺すことによって、君への教育が完了するんだ。生命の授業さ」
この短い時間で、何が起こったんだろう。
彼女の為に。久世さんが喜ぶと思ったから。ここまでやってきたというのに。
僕はズタボロで。
悪鬼が笑い。
久世さんは泣いている。
僕は、今から殺されるのだろうか。
彼らがどんな関係だったのか、どんな意味があって殺されるのかも分からないままに。
そのへんの虫ケラを踏み潰すみたいにして。
所詮僕は、それだけの存在だったのだろう。
「レオン」
「はい、ミハエル様」
金広は、僕の頭上に【廻刃】を掲げる。
全身を刺され壊され焦がされた僕は、少しも動くことができない。
「金広くん! もう……もう止めて!」
当然のように無視をして。
大きく振りかぶって。
「いや……いや」
「やれ」
「はい」
「……いやあああああああああああああああああああああああ!」
そして僕は死ぬのだ。
誰のためにもならず、誰の心にも残らず。そうして人生を終えていく。
そんな諦観だけが浮かび上がった。
が。
金広の刃は、いつまで経っても振り下ろされない。
朦朧とした目で、見上げると。
そこには彼はおらず。
少し離れた場所の、空中に浮かんでいて。
重力の導かれるままに、床に落ちた。
「いっ……! ……なんだ、え?」
彼自身も、何故こんなところに浮いていたのかわからないみたいで、狐につままれたような顔をしている。
桃瀬も、石動も、菱木も、皆一様に驚きを隠せずにいて。
ただ一人。
久世さんだけは違った。
彼女は、その長い髪で顔を隠し、湿った声で、呟いた。
「……もう、いいでしょう」
鎖に繋がれた手の先には、半透明の、小さな円が浮かんでいた。
ソレを見て、菱木が漏らす。
「……【ポーツ】だと」
久世さんは、答えない。
「おいおいおい……アハハハハ! まあ待ちなよ! 晴佳、君は確か【テレパス】のレベルⅠだったよねぇ? クククク! まさかとは思うけれど……貴様、三味線を弾いていたのかい?」
「……取引をしましょう、菱木」
久世さんが、二つ持ち?
二つ持ちはそれだけで天才と囃され、自動的にレベルⅡになる。
でも僕が知る久世さん同じはレベルⅠで。
どういうことだ。
なんで隠してたんだ?
彼女は僕を助けてくれたのか?
「彼を逃して。そうしたら、あなたの「実験」に協力してあげてもいい」
感情のこもらない声で、久世さんはそう言う。
「……ほうほう」
「【ポーツ】と【テレパス】。貴方の欲しかった力でしょう? あんな男、どうなろうといいはず。教育なんて馬鹿なことは止めて」
「クククク! 状況を分かっているのかい? 僕らは、無理矢理にでも君に言う事を聞かせることができ――」
「舐めないで。私は【ポーツ】。幾らでも逃げられる。だから協力してやろうって言ってるのよ」
あの“月”と対等に交渉している久世さん。
全ては、僕を救う為に。
菱木は、考えるような仕草をして。
「――ま、いいだろう。しかしそれにしても、まさか晴佳が二つ持ちだったとは。アハハハハ! さてさて、とりあえずお仕置きをしなきゃねえ」
また救われてしまった。
こうやって何度も何度も、助けられて、僕は無力で。
だから、できることと言えば。
「…………グ……ぜ……」
ほとんど肺が動かない。
一言発するのすら大変な作業だったが、それでも僕にできることと言ったら。
「……グゼさん……あ…………あ……ありが……と…………」
感謝をすること。
そして、絶対、いつか、君を助けに来ると、約束をすることだけで……。
久世さんは、僕を見て。
瞬間、鬼のように、怒りでいっぱいになった顔になった。
「……何しにきたのよ……氏家くん……」
どうしてそんな顔をするの?
何しにって、僕は君を助けに。
君の喜ぶ顔を見たくて、それで。
「余計なことをするなって、言ったでしょう」
結局役には立たなかったけど、そう思った気持ちに嘘は無かったから。
「マネーカードのことを教えたのは私」
だから――
え?
「石動は馬鹿だから、無意識下に刷り込んだ。……もうあんまり意味は無かったけれど」
え? え? え? え?
「あの日からそうだよ。宿場の裏で、氏家くん、助けてくれたよね。あれを二人に教えたのも私」
え?
「金広と石動が君を殺さないかなって期待してた。君が、プライドの高い二人に反抗すれば、弾みで殺してくれると思ってた。大事なもの奪わせたり、目の前で煽ったりして。そうすれば、月光会の弱みを握れると思ったから、一生懸命世話を焼いていたのに。……だけど、君は、いつまで経っても弱虫のまんまだった」
ちょ、ちょっと。
ちょっと待ってよ。
久世さんが、二人に、教えた?
あの地獄に落としたのは、久世さん?
え?
え?
「どれだけ弱虫なんだよ、君は。どれだけ励ましてもどれだけ怒っても一つもやり返そうともせずに、馬鹿みたいにお金を差し出して。私といる時だけ楽しそうにしてさ。そしてこんなとこまでくるわ、もう計画が台無しだよ」
この人は何を言ってるんだ。
僕の身体を大切に思ってくれていて。
あの二つ持ちと渡り合っていて。
久世さんは女神で。
ヒーローで。
僕の……好きな人で。
イジメられてもマネーカードを盗まれても、君と一緒に過ごせる時間があったからここまで耐えられたのに、でも。
やめて。
やめてくれやめてくれやめてくれ。
あの日々の思い出が、全部、全部、全部。
――君を殺さないかなって
偽物だったなんて、そんなの信じたくないから。
「ばいばい、氏家くん」
久世さん、どうかどうか、嘘だと、そんなのは全部間違いなんだよって、どうか言ってくれ。お願いだよ。
頼むよぉ。
「もう、二度と会わないで」
「アーハッハッハッハハ! 晴佳! 貴女は実に酷い女だ! 正に魔性だ! ……けどね」
大笑いしていた、菱木は彼女の耳元に口を寄せ。
「“月の毒”と渾名される僕に向かって、気を抜きすぎなんじゃないかなぁ」
じゃり、と足音がする。
そして、何度も味わった高熱が、肌で感じられる。
「……菱木?」
「確かに私は殺さないよ。だけどね。金広がどうするかまでは、知った限りではないよねえ」
「テメエ……殺してやる」
空中に投げ出され、楽しみを阻害され、突然脇役に押しやられた天才は。
憎悪の炎を双眸に灯していた。
【廻刃】を発動させ、一直線に僕に向かってきて。
「ウジィィィィィイイイイイ!」
僕は。
僕の、罪は。
なんだ。
「【ポーツ】!」
久世さんの指先から円が撃ちだされる。
金広が刃を振り下ろすより早く、サークルがすっぽりと僕を包み。
灰色の風景が、突如。
暗い森へと変貌し。
僕はどさりと茂みに落ちた。




