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I-掌

それぞれの決闘が始まった。真一郎は秒ヶ崎と。僕は御代木とその他大勢を。勝てるかどうかなんてわからない。ただ勝たなければ明日がないということだけは分かっていた。僕は約束を果たすために。

 真一郎が俺に決闘を宣言してすぐ、こいつは背を向けて逃げ出した。

 狭い路地に入っていく奴の背中を見て、俺は苦笑を禁じ得なかった。

 おいおい。

 大方、ここじゃ悪夢衝動グリムロックの奴らにどんなちゃちゃ入れられるから分からねえから移動する、ということなんだろうが。

「臆病だねえ」

 そして愚かでもある。

 そんな見えねえところに行っちまって。【A】を存分に使って下さいと言ってるようなもんじゃねえか。

 まあ、いいだろう。

 馬鹿なお前に相応しい死に様だ。

 俺は、薄笑いを浮かべ、その路地に入っていった。


 …………………………


「死ね『御舟』ェ!」

 僕は、叫ぶ男の鉄パイプをへし折って殴り飛ばした。

 背後からナイフを突きつけてくる奴を振り向きながら蹴る。隙だらけになったところで触手を巻きつけ群がる男達のところへ投げた。

 そして悪寒が走る。

 いつの間にか真正面にまで距離を詰めていた御代木の手には、必殺の刃。

 僕は地面に触手を差し込んだ。

 アスファルトを貫いた手を、力を込めひっくり返した。

 岩盤がめくれ上がる。御代木は舌打ちしながら後退した。

 その隙に、背後まで回りこんでいた三人の男を波で飛ばした。

「み、御代木さん!」

 こうやって、ずるずると戦局を膠着させていればきっと。

「お前ら、退け」

 御代木は、前へ出た。

「うろうろされたら邪魔なんだよ……」

 御代木は一層強く柄を握った。

 展開されていた刃に、恐ろしい程の力が溜まっていく。

 その様相に、男達はどよめいた。

「これで決める」

「……怖いですね」

 ここから先は、賭けだ。

 一步でも間違えれば、僕らは死んでお終いだ。

 だが、間違えなければ。

 冷や汗が流れる。

 御代木が、腰を落とし、低い体勢になった。

 撃鉄を降ろされた銃は、こちらに口を向けている。

 悪夢衝動グリムロックの男達は、互いに目を合わせている。

 さて、賽はどう出るか。


 …………………………


「こんなところで密会か? ハハッ。やらしい女だなあ真一郎」

 両側のビルが街灯や月の光を遮って薄暗い。

 一定の距離を置いて、広場から秒ヶ崎が路地に入ってきた。

 軽い口調ながら、鋭い瞳が、俺を見ている。

「気持ち悪いこと言ってんじゃねえよボケ」

「ククク! つれないねえ。積もる話もあるだろうが……さっきも言った通り時間も無えんだ」

 掌をこちらに向ける秒ヶ崎。

「遺言くらいなら聞いてやらんでもないが」

「くたばれ」

「クハハ! お前ならそうだろうなァ――」

 そう高笑いする秒ヶ崎の憎たらしい顔へ、ナイフを投げた。

 だが、甲高い音が鳴り、いとも簡単に弾かれる。

 空気中に揺らめくそれは、大きなギロチンだった。

【A】によって生み出された刃が完全に消えない内に、秒ヶ崎は掌をこちらに向けた。

「【キネシス】」

 ……来た。


 ――秒ヶ崎の能力は「大きな刃を撃ちだす」もので間違いないだろう。

 ――問題は、透明で見えないから満足に避けられないということ。

 ――だがこんな狭い路地だったら?


 秒ヶ崎が放った刃は、隣り合うビルの壁をガリガリと削りながらこちらに飛んでくる。

 丸見えだ!

 さっと屈んでそれをやり過ごし、走る。


 ――これで、一手。


 秒ヶ崎は瞠目していた。まさかこんなチープな戦略で、自分の能力が虚仮にされたとは思わなかったのだろう。

「ナメてんじゃねえぞ!」

 そう叫んで、あいつは縦方向の刃を撃った。

 俺は、傍のゴミ箱を前に蹴飛ばす。

 そいつが右斜に切り裂かれたのをみて射線を把握し、左前方に飛び込む。

 そして。

 辿り着いた。

 目の前には。

「――秒ヶ崎ィィィィイイイイ!」

 何人も。何人もぶちのめしてきた、傷だらけの掌を。

 ぎゅっと固く握り締めて。

 大きく振りかぶり。

 目の前のボケに向かって、打ち抜いた。


 …………………………


 僕の視界から御代木が消えた。

 いや、低空を疾走り、見えるスピードじゃなくなっただけ。

 恐怖を感じる暇すらない、正に必殺の一撃に対して。

 僕は大きく触手を広げ――

「今だ野郎共ォ!」

「うらあああああああああ!」

 そして、悪夢衝動グリムロック達が、顔中に血管を浮かばせて。

「御代木さんすいやせん!」

 二人を標的に、一斉に衝撃が放たれた。

 火力が集中し、目の前は弾ける地面に覆われ。

 能力の本流に、僕らは呑まれた。


 …………………………


 だからお前は馬鹿なんだよ。

 そんな隙だらけのパンチ食らうわけねえだろうが。

 その前に、俺の能力で、こいつは細切れのミンチになって死ぬ。

 一手差で、お前の負けだ。

 ……残念だ。

 お前の、負けだよ。

 そして俺は、刃を撃とうとし――

「……あ?」

 なんだ、これは。

 背中が痛え。

 なんだ。

 あ?

 何故なんだ?

 どうして。どうしてどうして。

 どうして俺の背中にナイフが刺さっていやがる?

 真一郎を見る。すると、奴の顔は。

 ひび割れたように、血管が浮き出ていた。

「……テメ」

 全夜さんが言ってた、こいつの能力。

 おいおい。

 冗談キツイぜ。

【A-ドラッグ】を……。

「秒ヶ崎ィィィィイイイイイイ!」

 そして、真一郎の馬鹿みたいな大振りの拳は。

 俺の顎を貫いた。


 …………………………


 僕が気が付くと、そこは。

「……貴様ら」

 広場の中心に降り立っていた。

 僕らを取り囲んでいたつもりだった男達は、驚愕の面持ちでこちらを見た。

 そう。

 賭けは、成立した。

「な……」

 信じられないだろう。

 僕らが、一瞬で、こんなところに瞬間移動していたのだから。

「なんでそんなところ……『御舟』」

「ね、御代木さん。わかったでしょう」

 僕は、御代木に向かって、笑いかけた。

「……こいつ」

 僕は、彼と交渉をした。

 

 ――御代木さん。

 ――一度だけでいいんです。

 ――僕を信じてくれないですか。


 勿論御代木が素直に信じるはずもない。だから。

 取引をした。


 ――あなたの一撃を。

 ――無防備で受けます。

 ――それで、信じて貰えるなら、お願いします。


 そして、彼はあの攻撃を、ぎりぎりのところで寸止めし。

 僕は彼を包み込んで、ここへとテレポートした。

 勿論こんなことを口で喋る暇なんて無かったし、ひっそりと行わなければならなかった。

 だから僕は心で念じた。

 この思いが届くようにと。

「……【テレパス】」

 それが、僕の第四の力だった。

四つ持ち(フォース)だと? ……いや、そんなことより、だ。」

 一転。

 彼は爆発するような怒りの篭った声で糾した。

「テメエらこれはどういうことだ」

 その声だけで、超能力者達は、怯えたような目でうろたえる。

「いや、御代木さん、その」

「違うです! これは秒ヶ崎が!」

「そ、そうなんですよ」

「喚くな糞餓鬼!」

 獣が吠えた。

 それだけで、みんな、なにも喋れなくなってしまう。

「夜斗乗神が【A】で全員殺されたって話だが、奴らも裏切られた側。そして俺の首は土産……読めたぞ。ハッ、俺も耄碌しちまったかな」

 御代木は、刀を振った。

 刃が見るは、裏切り者共。

「覚悟はいいな」

 そんな男の怒りを止めたのは。

 他の誰でもない。


「待ちな!」


 真一郎の声だった。

 彼女は、ずるずると秒ヶ崎を引きずって、歩いてきた。

 腕から血を流しながらも、強くなにかを決意した表情で、歩いてくる。

「御代木さん……少しだけ、待ってください」

 襟を掴んでいた手を離した。

 真一郎は、そこに並んでいた悪夢衝動グリムロックの面々を見やった。

 彼らは、この裏切りを画策し、扇動した男――秒ヶ崎空雅が、地面でのびているのを見て、呆然としていた。

 真一郎は一喝した。

「テメエら覚悟はできてんだろうなァ!?」

 びくりと肩を震わせる。

「何が【A】だ何が九龍組だくだらねえ! 名誉とか金とか権力とか、そんなもんに憑かれちまった秒ヶ崎もくだらねえが……一番くだらなくて情けねえのはテメエらだよ!」

 矢のような彼女の言葉は、彼らの心に突き刺さった。

「黙って聞いてりゃ、秒ヶ崎が悪いだの秒ヶ崎に唆されただの……テメエらに意地はねえのかよ? 自分で決めたことだろうが、どうして最後に糞みてえな言い訳並べてんだよ!」

 男達は、ただただ黙るしかなかった。

 こうして失敗して。

 こんなに好きな様に言われても、何も言い返せない自分に、ただただ唇を噛んで耐えるしかなかった。

「……もう終わりだ、こんなチーム

 ぽつりと。

 彼女はそんなことを言って。

「聞けテメエら!」

 突如大声を張り上げた。

「親の組への裏切り! 禁止薬物の使用! 独断での標的の惨殺! 秒ヶ崎の行状は並べてもきりがねえ! こんな馬鹿は総長に相応しくねえ! よって今此処で俺は!」

 日下部真一郎は、己を指さした。

「四代目悪夢衝動(グリムロック)総長を襲名する! 文句あるやつはかかってこい!」

 皆、黙るしか無かった。

 痛いほどの静寂が場を包み込む。

 ようやく、御代木が口を開こうとする。

「おい真一郎……!」

「そして同時に!」

 そう、これが。

 真一郎が、決めたこと。

 ――君は戦いに、勝ったんだね。

「こんなチームやってられねえ! 総長の命令により悪夢衝動グリムロックは今日この場で解散する!」


 誰しもが、言葉を失うしかなかった。



 …………………………


 これはいつの日の記憶だろうか。

「全夜さん、また真一郎のやつ、悪さしたみたいですね」 

 俺は、巣の中で、全夜にへらへらしながら、話しかけている。

「馬鹿な女ですよね。男みてえな喋り方して、無茶ばっかりして。だから俺はあんな野良犬拾うのは反対だったんですよ」

 いつものように、俺は全夜さんに、真一郎の悪口を言っている。

 そんな俺を見て、全夜さんは。

「妬くなよ秒ヶ崎」

 そんなことを言ったんだ。

「は、はあ? 妬くって、全夜さん」

「それとな、あいつはもう立派に俺らの仲間だ。仲間の悪口は感心しねえな」

 俺はなんと言っていいのかわからずに、立ち尽くした。

 嫉妬? 俺が? 真一郎に嫉妬? そんな馬鹿な。絶対ありえない。

 ……違うとすれば、嫉妬しているのは。

 全夜さんに?

 どういうことだ?

「あ、あいつ次の総長になりたいなんて言ってるみたいで!」

 わけがわからなくなった。

 俺は必死になって喋った。

 何を喋ったのだろうか。

「無理に決まってますよねェ! 元々F級で、ウリの商品だった奴ですよ! しかも女のくせに、本当馬鹿な奴で! 全夜さんはどう思ってますかねえ?」

 必死に。

 必死に必死にどうでもいいことを喋る俺を見て。

 全夜さんは、本当に悲しそうな顔で。

「器じゃねえな」

 そう言った。

 そして、特攻服を翻して歩き去る全夜さん。

 横から、真一郎が飛び出して、全夜さんの腕に絡みついた。

 明るい表情で、ぺらぺらと話す真一郎。

 ――俺を見もしやがらねえで。

「【A-ドラッグ】の業者を潰してよォ!」「そうか、よくやったな」

 なにが、【A-ドラッグ】。

 くだらねえ。

 俺は唾を吐いて、その場を離れた。




 そして俺は目を覚ました。

 唸りのような声が聞こえる。

 そっちを見ると、メンバー達が怒号を放っていた。

「勝手抜かしてんじゃねえぞ真一郎ォ!」

「そうさ……! こんなところで野良になるくれえなら、ここで相打ちしてでも殺してやらァ!」

 そう叫ぶ悪夢衝動グリムロックの男共。

 おい、お前ら、なにを騒いでやがる。

 声を出そうとする。

 だが誰かの叫びにそれは掻き消されてしまう。

 奴らは、真一郎に向かって、突進をかまし始めた。

 おい、待て。

 暴れてんじゃねえぞ。

 話をさせろ。

 おい……!

 瞬間。

 地上から天に向かって青い稲妻が走った。

 雷鳴が轟き、それまで勇んでいた奴らが足を止める。

 雷の根本には、成瀬がいた。

 奴の掌から、火花が爆ぜている。

「……秒ヶ崎が、何か喋りたいみたいだ。聞いてあげてくれ」

 成瀬は、そう言った。

 全員の視線が俺に向く。

 ……しんどいなァ、おい。

 俺は、地面に手を付いて、ゆっくりと立ち上がった。

「お前ら……これは、何の騒ぎだ?」

「び、秒ヶ崎! 真一郎が、悪夢衝動グリムロックを解散させるって!」

「俺らの族を潰そうとしてやがる!」

 あァなるほど。

 大体だが理解した。

 やっぱり、こいつは、馬鹿だなァ。

「……一つだけ、言っておこう」

 俺は、馬鹿共の面を睨み。

「この戦は、俺らの負けだ」

 そう言った。

 もう、だれしも黙るしかなかった。

 誰かが持っていた鉄パイプが落ち、レンガが落ちナイフが落ち。

 色んな音が響いて、それは泣き声のように聞こえた。

 

 ……ここに来て、わかったよ。

 全夜さん。

 あの言葉は、真一郎に向けてじゃなくて。


 ――器じゃねえな。


 俺に言ってたんですね。


 悪夢衝動グリムロックだった男達は崩れ落ち、呻く者、ぼんやり空を見上げる者、頭を掻きむしる者。様々だった。

 俺は理解していた。

 俺が総長に選ばれたのは、この日の為。

 全てはチームから真一郎を解き放つ為のもの。

 一人の女の為に、ここまでする男とは。

 けっ。

 妬けるなァ。

 戦いは終わった。

 俺らの負けだ。

 煮るなり焼くなり、お好きな様に――


 なんとはなしに見上げたビルの上に。

 真っ黒な人影があった。

 そいつは、漆黒の衣装を身に纏い。

 顔面には髑髏の仮面を嵌めていた。

 おいおい。

 お前かよ。

 そいつは、俺に手をかざした。

 すると、ドス黒いオーラが収束し、塊となっていく。

 ここまでか。

 結局俺は何者にもなれずこうして殺されてしまう。

 どこで間違ったんだろうなぁ。

「真一郎」

 真一郎は、こちらを見た。

 汚え顔で、泣きながらピザを食べてたあの日から、俺は。

 お前ことを考えずにはいられなくなって。

 最期くらい、素直になってもいいかなぁ。

 真一郎を突き飛ばし、俺は。

「す


 …………………………


 黒い流星なようなものが秒ヶ崎に衝突した。

 衝撃に、身を竦める。

 土埃が晴れ、そこをみると。

 大きなクレーターになっていて。

 そこにいた秒ヶ崎の姿は跡形もなく消えていた。

 秒ヶ崎に突き飛ばされ、クレーターの縁で尻餅をついていた真一郎は、ただ呆然とその穴を見ていた。

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