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目覚め

初投稿です。ライトなSFを書きたいと思っています。よろしくお願い致します。

 ……ここ、は……


 灰色の空は泣いていた。

 壊れたシャワーみたいに街を濡らし、分厚い雲は影を落としそこらをモノクロに染め上げる。

 手が温いと感じた。

 心臓の鼓動が、痛みを感じるほどに速く鳴っている。


 ……これは……


 恐る恐る、両掌を見てみる。


 ……何だ……


 二つの掌は赤く濡れていた。

 べったりと、不快な感触が掌から腕にかけて流れていく。

 青い雷が光った。

 薄汚いビルの裏道で、僕は小さな悲鳴を上げた。


 ……何だ……これは……僕は……僕は……


 立ち上がろうと地面に手をつこうとした。

 だが、返ってきた感触がおかしい。

 妙に硬く、柔らかく--不気味に冷たい。

 ゆっくり、下を見ると。

 そこには、死体が転がっていた。

 全身を朱に染め、目をぐわりと開いた、人間の骸が転がっていた。

 尻餅をつくようにして飛び退る。

 雨が、骸から溢れる血を洗い流していた。


 突然飛び込む非日常。

 掌の血、目の前の死体、早鐘を打つ心臓。

 それらは明らかな異常事態。明らかに自分の身に何かが迫っている。すぐにでもなにか行動を起こさなくてはならない。

 だが。だが。だが。

 そんなことよりも(、、、、、、、、)


 ……僕は誰だ……!?


 此処が何処で。

 今が何時で。

 これがどういう事で。

 自分は何者か(、、、、、、)


 わからない。

 知らない。

 覚えてない。

 記憶が無い。

 

 その記憶の欠落が、僕をこの場に縛り付けてしまって。

 そしてそれは。

 最悪の選択だった。


「探しましたよ」

 声がした。

 雨音を切り裂くような鋭い声に、僕は反射的に振り向いた。

 そこには、街灯を背に、コート姿の男が立っていた。

 傘もささず、ただ中折れ帽子を手にかけ、彼は雨の中、僕を見つめていた。

「へえ」

 ぞくりとするような目で、彼は死体を見やった。

「……時既に遅し、ですか。こりゃあやられましたね」

 何が何だかわからない。記憶を失い、人が死んでいて、そこに僕がいて。

 だけど、今この瞬間。

 決定的に歯車がズレてしまったことだけは、分かってしまった。

「慈悲も無く殺すべきでしたね」

 彼は手を僕に向けた。

 やばい。やばい。

 

 死ぬ。


「【ウェイズ】」

 彼の周囲の空間に発光する球体が現れた。

 数にして五つ。

 猛り吠えるようなエネルギーの発散する音が劈く。ゆるやかに回転するそれらは、間違いなく

 僕に狙いを定めていて。

 逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃにげにげにげ

 そう思うも足が言う事を聞いてくれない。剥き出しの刃みたいな殺意に当てられて僕は動くことすらままならなくなって


 空気が切り裂かれ、うねった。

 光球は唸りを上げ暴力的な速度で僕に襲いかかってきた。

 避けることもできそうにないことを悟り目の前に死が迫ることだけが現実なようで、

 僕は、本能で、駄々をこねる子供のように腕を振り回した。


 質量の炸裂する音。爆散し辺りに撒き散らかされる熱量。周りのコンクリートが砕かれる音。

 だが僕は無傷だった(、、、、、、、、、)

 目を開ける。

 振り回した腕は、変化していた。

 蜘蛛の巣の如く枝を伸ばす大樹のように。

 腕は、不気味な色の皮膚に覆われた無数の触手に変質し。

 見事に男の攻撃を防いでいた。

「ふむ……これは……?」

「……ぁぁあああああああああああ!」

 僕は背中を向けて逃げた。触手は掃除機がコードを巻き取るみたいにして腕に戻ってきた。

「ここで逃げますか? ハハハ、なるほど愉快なお方だ--」

 

 そしてまた、非日常。

 空から、真っ黒な人間が落ちてきた。

 逃げようとする僕の目の前に、それは音もなく降り立った。

 ドス黒い、革のコートを羽織り、ドス黒い髑髏の仮面を嵌めていた。

 仮面の奥の目で、じろりと見られた気がした。

 髑髏は僕に構いもせず、ふわりと宙へ浮いて(、、、、、、、、、)背後のコートの男へと向かった。

「何ですか何ですか! アハハハハ全く煩わしい!」

 

 眩い光と漆黒の爆発が辺りの壁に反射した。

 僕はそんなことに気を取られている暇もなく、ただただ走った。


 ――あの死体はなんだ……?

 心臓が、強く脈打つ。

 ――あの男は……あの髑髏は……?

 痛みつけるように、何かを伝えるように。

 ――あの光る球は……僕の腕は……いや……

 きつくきつく、締め付けるように、ぎゅっと縮んで。

 爆発するように、開放される。


 僕は誰だ!?


 ドクン。


 心は鐘を鳴らした。 

 しみったれた色の空に向かって、叫んだ問いは。

 雨だけが答えで返ってきて。

 それは、誰かに聞くものではなく。

 自分で探すものなのだと、知った。

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