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Undercurrent  作者: HIMMEL
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第2話『インタープレイ』②

 4時限目が終わると、そそくさと弁当を持って立ち上がった。総務委員長の春香先輩から総

務委員会室に来るようにメールで指令があったのは2時限目の終わった昼休みのこと。用件は

後で話すから必ず顔を出すように、とのことだった。何だろう。

「あれ? 佑馬はお弁当食べないの?」

 何人かの女子と机を合わせて昼食会の用意をしているひびきが俺に問いかける。

「春香先輩がちょっと顔を貸せって言うから行ってくる。昼食持参のこと、って書いてあった

から昼休みの少なくとも半分は消し飛びそうだな」

 肝心な用件は提出した書類に不備があった、とか程度のことなんだろうけど。

「あの春香先輩が相手じゃ仕方ないか。さっさと行ってきたら」

 ひびきは少々機嫌が悪いようだった。ついでに言えば睡眠不足か。顔を見なくても何となく分かってしまうのは、長年の付き合いの賜物だろう。

 嵐が過ぎ去ってくれるのを祈りながら、俺は教室を出る。碧羽の教室の前をそのまま通り過

ぎると、すぐにスマートフォンが鳴る。相手は碧羽からだった。

『もしもし。どこに行くの?』

「何だよ碧羽。これから総務委員会の用事があるんだよ。相手だったら後でしてやるから」

『私も行っていい?』

 こちらの話を華麗に聞き流して碧羽が問う。

「いや、駄目だろ。碧羽は部外者なんだから追い出されるのが関の山だって」

『いいからいいから。今どこに居るの? まだ、そんなに離れてないよね』

「俺らの教室と同じ階の職員棟に入って直ぐのところだ。昼食持参って言ってたぞ」

『わかった。すぐに行くから待ってて』

 電話が切られる。碧羽は相変わらず奔放な奴だ。

 職員棟を通り抜けると体育館に続く渡り廊下へ出る。学生食堂は体育館の1階にあるから、

昼時の今は人通りが多い。

ひびきの不機嫌の原因は碧羽にもあるのかもしれない。ひびきと俺や初音との仲は優に10年

を超えている。そんな中に言っちゃ悪いが「ポッと出」の碧羽が入ってきたのだ。不快とまで

はいかなくても、面白くないのは確かだろう。

 中途半端な場所で所在なく佇んでいると、碧羽がやってきた。

「また無視してくれたよね」

「そんな事言われてもどうしろって言うんだ? 窓の外から手でも振れとでも?」

 うーん、と碧羽が頬に手を当てて考え込む。そして、徐ろに手を挙げると

「口頭での通達が望ましいと思われます」

「却下。メールで十分だろ」

 俺は総務委員会室に向けて歩き出した。後ろから碧羽が付いてくる。もしも、俺の後頭部に

目がついていれば、ふてくされ気味の碧羽の顔が望めることだろう。


* * *


「それであなたはどうしてここにいるんですか?」

 総務委員長の神野春香先輩は案の定、碧羽のことを不審そうな目で眺めていた。総務委員会

室の大テーブルには総務委員長の春香先輩を含め15人ほどの委員が集まっていた。見れば、3

年生が多数を占めている。お説教をされるのかと思って身構えて来てみれば、何ということは

ない春香先輩主催の昼食会なのだ。

「私は代理で来たんです」

 春香先輩の前に立つと手を後ろに組んで、碧羽が話し始めた。

「代理? 代理。どちらの方の代理なんです?」

春香先輩がそれに受けて立った。

「それは……」

 碧羽が座っている俺の方を指し示す。何を言い出す気だろう。

「ここに居る浅野君の、です」

 その場の空気が一瞬静まり返った。現に浅野佑馬はこうしてちゃんと出席しているではない

か。お前の言っていることは支離滅裂だぞ、という疑問にどう答えようというのか。

「いいですか。神野先輩」

「私はどちらかというと、名前で呼ばれる方が好みなんですけど。まぁ、あなたのことはよく知らないし好きにするといいでしょう」

 春香先輩がどうでもいいことで口を挟む。

「それじゃあ春香先輩で。佑馬が言ってたんです。もうこんな仕事イヤだって」

「へぇ?」

 春香先輩が酷薄な微笑を俺に向ける。

「それで私は言ったんです。引き受けたからにはちゃんと人気を全うしなきゃダメだよって。

でもたまには佑馬もサボりたいときもあるから代わりに出てあげることにしたんです」

「それであなたが代理で来たというわけですね。じゃあ、佑馬君がどうしてここに居るの?」

「私と佑馬は先日同盟関係を締結しまして、出来る限り協力していこうと決めたのです。いわ

ば一蓮托生、私が代理で出るからには嫌でも佑馬にも同盟援助義務が発生するわけです」

「ごめん、今からでも反故にしても良いかな?」

 なけなしの抗議は当然のごとく両者に黙殺された。

「だから、二人揃ってここに居ると。そんな迂遠な言い回しをしなくても、佑馬くんが出るか

ら私も出るって、どうして素直に言えないんですか?」

「私が話を作ったような言い方はやめてください」

「どうかしら? 私と佑馬君との付き合いはそれほど長くないけれど、話を聞いてて彼らしく

ない行状だと思ったんですけどね」

 二人の無言の視線が絡み合う。それも数秒のこと、根負けしたのは碧羽の方だった。

「気に入りました。あなたのお名前は?」

「2年4組、小森碧羽」

「私は3年3組神野春香です。見ての通り総務委員長を拝命しています。総務委員会の仕事は主

に学校行事の裏方を担う地味なものなんだけど、ときおり議論が白熱しまうとのどが渇いてし

まうの。碧羽さん、悪いんだけど私にお茶を淹れてくれませんか? 普段は佑馬君がやってくれているんだけど、今日は碧羽さんが代役だそうだからあなたにお願いしようかしら」

 持ち上げて落とす、必殺ブレインバスター的に畳み込んでくる春香先輩。一連の会話が実は

一種の心理戦だということに今更気付く。

「佑馬、総務委員長のじ・ん・のさんがお茶を淹れて欲しいって。よしなに淹れてあげて?」

 碧羽が悔しげにこっちを見る。それは八つ当たりもいいところだろ。

「あら佑馬君が淹れてくれるのね。佑馬君はねお茶を淹れるのが上手いのよ。私が教え込んだんだから当然ですけど」

 納得いかねぇ。俺は渋々立ち上がってお茶を淹れ始める。人数分お願いね、と後ろから春香

先輩の声ががかった。。


 * * *


「そういえば金曜日にすぐそこの川で派手に騒ぎを起こしてくれた、うちの学校の生徒が居る

そうなんだけど、あなた知りませんか?」

 お茶を啜りながら世間話を始める春香先輩。黒い漆塗り弁当箱には魚と野菜が中心のヘルシ

ーな弁当が納まっている。もっとも半分くらいは春香先輩の胃袋に移し替えられていたが。

「さあ、知らないですね。一体、何をやらかしたんです?」

 心の中で冷や汗をかく。碧羽が川に落ちた件についてはあまり表沙汰にしないで欲しい。

「スケボーで路上を爆走した挙句、川に飛び込んで一騒動。人命救助が理由じゃなきゃ、泣

きながらあなたを吊るしあげていたところです」

 春香先輩が泣いているところがどうにも想像がつかない。自信たっぷりに安楽椅子に座って

クールぶっているならわかるんだけど。この部屋の椅子が全て汎用のパイプ椅子なのが残念。

「確かに警官には事情を聴かれましたけど、結構な騒ぎだったんですか?」

「若い男と女が川で溺れている。万が一でも心中だったりしたら困るでしょ。太宰の『人間失

格』の主人公は肺病を理由に刑務所から出られたけど、今の時代には通じませんよ。知り合い

に警察の人が居るんだけどここのOBでね。昨日会って、耳にしたものだから」

 春香先輩が苦笑する。出られたところで、家族から袋叩きにされたんだっけ。

「それで、川に落ちたのもこの学校の女子生徒らしいんだけど、さすがに誰かまでは分からな

かったの。警察にも守秘義務があるからね。スケボーに乗っている変人じゃなきゃ、男子生徒

の方も分からなかったと思うわ」

「で、俺が助けたのが誰かを知りたいというわけですね?」

「そうそう。察しが良くて助かるわ。それで誰だったの? って聞いても教えてくれるはずな

いですよね」

「それじゃあ、なぜわざわざ聞くんですか?」

 上品そうに手で口元を隠して春香先輩が笑う。

「ただの好奇心ですよ。普段やる気のなさそうな佑馬君に火を点けた人が誰なのか気になった

んです」

「やる気がなかろうとなんだろうと目の前で人が溺れていたら、助けるのが筋だと思います」

「それは優等生的な回答ね。実際には溺れている人を見かけたからって助けなければならない

義務なんてないの。誰だってとばっちりで死んでしまうのは嫌でしょう?」

 春香先輩がふわふわした銀色の髪を一房手に取る。美しい彼女の髪は流れるように掌をすり

抜けていった。

「あなたには良い傾向なのかもしれないですね。ところで、そのかに玉美味しそう。お一つい

ただけませんか?」

「本日の俺の昼食は冷凍食品のオールスター戦ですけど、それでも良ければ」

 自分の弁当箱をずいっと差し出す。10分で用意したにしては見栄えがあるのが救いだった。

春香先輩の箸がかに玉を一切れ掴むと、小ぶりな口の中へと運ぶ。春香先輩が可愛らしく咀嚼

して、ゴクンと飲み込んだ。

「ありがとう。どれでも好きなの取っていいですよ」

「それじゃあ、里芋の煮物を頂こうかな」

 春香先輩から貰って頬張ると、やや薄めの上品な味が口の中で広がった。

「美味しいです。これ先輩の手作りなんですか?」

「ハズレ。その里芋は冷凍食品なんです。里芋って一から挑むと下ごしらえするのが大変だか

ら。味付けはちゃんと自分でと言いたいところだけど、というか母の受け売りです」

「そうなんですか」

 だとすると、春香先輩のお母さんは相当料理が上手い。

「……」

 気づくと碧羽が指を咥えて、物欲しそうな顔で俺を見ていた。こいつの昼食は登校途中に買

ったコンビニのパンだったりする。自業自得なんだけど。

「あら、碧羽ちゃんも欲しいんですか? はい、じゃああーんして」

 春香先輩が里芋を一つ箸で掴むと碧羽に差し出す。

「何を言ってるんですか。私が欲しいのは佑馬の」

「いいからいいから。あーん」

 さらに突き出された春香先輩の箸にふらふらと碧羽が食い付いた。条件反射って怖い。口元

を手で隠して碧羽が咀嚼する。緩んでいる目元まではさすがに隠せてないが。

「すごく美味しいです、って何やらせるんですか!!」

 満ち足りた笑顔をしたのも一瞬、碧羽の顔が恥ずかしさで歪む。

「その反応はなかなか悪くないですね。80点ってところかしら」

「何の数値なんですか。それは」

「意味は無いです。何かつまんなそうな顔してたから、少し面白がせてあげようと思ったの」

「こっちは面白くもなんともないです」

 碧羽がそっぽを向く。その姿は拗ねた子供のように見えた。

「私は面白かったんだけど。あんまり意地を張ったり、思い詰めていると身体に悪いですよ」

 春香先輩が意味ありげに含み笑いすると、湯のみに手を伸ばした。カンの鋭い彼女はある程

度の事情を察しているのかもしれない。

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