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白兎のお茶会  作者: sumi
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121号室の暗殺者

 私の住む国では、『お茶会』というものが流行していました。

 お茶会と言えば貴族の道楽、というイメージが強いかもしれませんが、私がここで言うお茶会はそれとは少し異なります。

お茶会とは、カフェの中に点在する個室で年齢・職業・性別を隠したもの同士で行う、対話式の仮面舞踏会のようなものです。

 夜になると仮面をつけ身分を隠したもの同士が円卓を挟み、お菓子をつまみお茶をすすりながら蝋燭に照らされた部屋の中で談話する。皆『ティーネーム』というあだ名を使っているので名前がばれることもありません。

はたからみれば異様な光景ですが、このミステリアスな雰囲気に当てられた人も結構多いのです。

 まあ、私もそういう連中と同類なんですけど。

 ええ、とっぷり嵌ってしまいましたとも。私は元々人のお話を聴くことが大好物でしたから。

 偶然このお茶会の存在を知ったときは、しめしめと思いました。赤の他人の話を聴く機会なんて、そんなありませんからね。

 好奇心に駆られて、初めて仮面を被って夜の街へと繰り出したのは、1週間前のことです。

 

 夕方、薄暗い路地にある『黒猫の尻尾』と書かれた看板の下がった鉄扉をくぐると、「ようこそ。見ない顔だね。お茶会は初めて?」とこちらの状況をすべて察してくれた気の利く受付さんが出迎えてくれました。

 受付さんは黒猫の被り物をしていました。

 いきなりのカオスに私が戸惑っていると、受付さんは愛想の良い声で「説明が要るよね?」と助け舟を出してくれました。仮面の着用以外のルールを知らなかった私は「はい」とか「お願いします」とか、とにかくそんな返答をしました。

 そこから先は私がさっき言ったことと同じです。ある程度の説明が終わった後、受付さんは「僕のことは『黒猫』と呼んでくれ。おっと!もちろん本名ではないよ。ティーネームだ」軽いジョークを飛ばしながらカウンターの上に、一枚の白紙とペンを丁寧に並べました。

 受付さん改め黒猫さんは、「さあ、君のティーネームをここに記載してくれ。別になんだって良い。僕みたいに動物の名前でも。ただし、変更不可だから。よく考えるんだよ」そう告げました。

 ティーネームの存在をそこに至ってようやく知った私は焦りました。変更不可というのも気になりますし、ここで変なティーネームにしてしまったら、お茶会の楽しみも半減です。

 どうしたものかどうしたものか。ぐるぐると低迷する私の思考は、やがて一つの思い出を掘り起こしました。


――お前の白髪と赤い瞳、まるで白兎みたい――

 

 子供のころ、悪戯好きのいとこが私の髪を引っ張りながら言った台詞です。彼にはよく泣かされたものでした。

 でも私のことをあの可愛らしい白兎と形容したのは結構良いセンスだと思っていたので、私はカウンターに広げられた白紙に、カウンターに置かれていたペンを手にとって、

『白兎』

と小さく書きました。

 黒猫さんはカウンターに置かれた白紙でなくなった紙に軽く眼を通すと、丁寧に折って彼の胸ポケットにしまい、

「では……改めてようこそ!歓迎するよ!白兎!」

 なんともうれしそうな声で、その日2度目の歓迎をしてくれたのでした。

 

 その後、私は奥の通路へ通されました。

 赤い絨毯の敷かれた通路の壁には、まるでホテルのように、番号で分けられた個室のドアが並んでいました。ホテルと違うところと言えばドアノブにカラープレートがぶら下がっていたことくらいです。でも下がってないのもいくつかありました。

 何かのサインなのですか?と黒猫さんに尋ねると、

「白兎。ドアノブに赤いプレートが下がってたら、そこは満室。因みにうちでは上限4人で満室。青なら空室。何も下がってなければ誰かが入ってるということさ。間違えて満室のところに入ったりしないように気をつけるんだよ?」と優しく教えてくれて、「今日は初めてだから僕が人の居る部屋を探してあげよう」と優しい提案までして下さいました。もちろんお言葉に甘えます。


121号室


 ドアノブにプレートの下がっていないそのドアの前で、黒猫さんが止まり。次いで私も止まりました。 黒猫さんが右手を軽く握った握りこぶしで、トントン、2回ドアをノックしました。「僕らスタッフは部屋に入る前には必ずノックをするルールなんだ。それで中の人が、ドアの外に居る人はお客さんかスタッフか区別できるようになってる」短く補足が入ります。

「お一人よろしいでしょうか?」

 黒猫さんの頼みに、

「……どうぞ」

 と、短い返事が返ってきました。

 黒猫さんはこちらに顔を向けると、

「じゃあ、白兎。初めてのお茶会……楽しんでね!」

快活な声で送り出してくれました。


「ティーネーム『アサシン』だ。……えーと……」

「……『白兎』です」

 部屋の中には水の入ったボトルと赤黒の2つのポッド、薄緑色の4つのコップ、そしてお砂糖入れの載った円卓と、そこを囲んで置かれた4つの椅子、そして向かいには『アサシン』さんが居ました。

「『白兎』か。今夜はよろしく白兎」

 こちらに差し伸ばされた手は明らかに握手を催促していましたが、私はすぐにはその手を握り返せませんでした。

 呆気にとられてしばし静止してしまったのです。彼の身なりと、そのティーネームに。

 彼はボロボロの黒装束を頭から纏い、白い髑髏の仮面をつけていました。

 不気味です。これがお茶会の洗礼ですか。

 昔読んだ本の挿絵に描かれた死神と、そっくりでした。それに『暗殺者アサシン』なんて怖いティーネーム……何というか、不吉……。

 でも一方的な偏見で決め付けるのはどうかと思うので、ちゃんと握手します。

「こちらこそよろしくお願いしまちゅ」

 偏見の不当性を肯定しつつ、しかし緊張して噛んでしまう私は、やはり人間というか。

「ちゅ?ああ、キャラ付けか」

「違います!そんな痛い人と勘違いしないで下さい!」

 握手していた手を互いに離しました。

「いや普通に居るぞ?そんな痛い奴たくさん。この前語尾が『だっちゃ』の奴とも遭遇したし」

「そんな人が居るんですか!?いえ私は違いますけど!」

「えー、結構はまってたと思うけどな『ちゅ』。もうこの際『ちゅ』で良くね?」

「良くないです!」

 全く、何で男の人はこうも人を困らせるのが好きなんですかね?いとこといい……。

 だから男の人は苦手なんですよ。話すときも緊張してしまうし。こんな体質になったのは全ていとこのせいです……許すまじ。

 あれ?と、ここで私は気付いたのです。

 普通に喋れてる。

 アサシンさんは声と体型からして男です。そういえば黒猫さんも多分男でした。

 それなのに私は今、緊張することなく普通にすいすい喋れてます。

 ていうかアサシンさん見た目と名前のわりに話しやす!

「あ、白兎ってコーヒー派?紅茶派?」

「別にどちらでもいけますよ」

「よし、じゃあ……」

 アサシンさんは赤のポッドを右手で持つと、左手で1つのコップを胸の前に近づけて、ポッドの中の液体を流し入れ、角砂糖を10個落として、スプーンで軽く混ぜて、

「どうぞ、俺の特製コーヒーだ」

 私の前にそっと置きました。

「いやいや砂糖入れすぎでしょう」

「おっとすまん。俺は甘いのが大好きだから、加減が難しいんだ。ほら、美味いから飲んでみろ」

「……まあ、私も甘いものは好きですし」

 それに出されたものを飲まないなんて失礼ですしね。

「いただきます」

 にしても、こうも平気に異性と話せているのは何故でしょうか?ひどく甘いコーヒーが食道を下るのを感じながら考えます。

 『私は人の話を聴くのが大好物』と言いつつも、気安く言葉を交わせるのは長年家で働くメイド長と執事くらいでした。両人とももう50を超えた老人です。

 だから『私は老人の話を聞くのが大好物』と言った方がより正解な気もしますが、まあ気にせず。

 生まれた家の階級が高かったために幼少の頃から同年代の子との交流が少なく、二人の年寄り位しか話し相手のなかったのだから仕方がありません。

 だからそのときの私にとって遠方にいる同い年のいとこはちょっとした刺激薬だったのです。7歳の冬、執事から初めていとこが来訪することを聞かされたときは、ベッドの上で飛び跳ねて喜びました。

 ですが……まあ、そのいとこが結構なヤンチャ☆ボーイでしてね……。

 いとこの名前はヴェンといってハリネズミのようなつんつん頭が特徴的な男の子だったのですが、そのヴェンが本当にいたずら好きで、まず私の屋敷に遊びに来た当日にカエルを片手に私を追いかけて、私を泣かせました。翌日はミミズでした。翌々日は芋虫でした。

 その後も何度か彼は私の屋敷を訪問し、その度に私の嫌がることを嬉々としてやってくるのです。

 そして私は彼を嫌いになり、かつ男性に一抹の恐怖を覚え、そして若干人間恐怖症に陥り、今に到ります。

 本当に許すまじ……ヴェン……!

 そんな私だからお茶会で誰かと話すのにはそれなりの時間を要すると諦観していましたが、それが杞憂だったのは多分仮面で顔を隠しているからなのだと思います。

 顔を隠せば相手の目を直接見ずに済みますし、相手の目を直視しつつのコミュニケーションが苦手なシャイで内気な私のような人物は結構いますから、そういう人にとっては嬉しいルールです。

 成程、仮面着用のルールはプライベート保護のほかに、そういう効果も発揮してくれるのですね。

 ……では、今ここでつい先程自己紹介を終えたばかりの人物と、今からこの2人だけの密室空間で会話をします。それは昨日までの自分では到底できなかった行いです。

 ですが今の私は違う。人と人が手を繋いだり、親が小さな子供を肩に乗せたり、友人同士互いに指を差し合って楽しげに笑いあう。そんな風に日常を過ごせる仲間とともに街路を歩く人々の往来を、屋敷の窓からただただ眺めていた私では、ないのです。

 私は『白兎』です。

 口を開けて息を吸って、そして声とともに出します。

「アサシンさんは普段何をしてお過ごしなんですか?」

 初めて話を切り出せました。感動です……っ。いまからあんなに憧れた、人との『会話』が始まるのですね!

「人殺しだけど?」

「……へ?」


 121号室から出てきた私とすれ違っていった黒猫さんが、「!?」と短く驚いて戻ってきました。

「どうしたんだい白兎!背景がどす黒いよ!」

「……ああ、いえ、ちょっと『グロテスク!暗殺者あるある1時間講座in密室』を聞いていただけですから、大丈夫です……」

「それ人格変わっちゃうレベルのトラウマじゃないか!そういう時は逃げるんだよ!お茶会にはそんな奇人変人がうようよ居るんだから!」

「いえいえ、色々と話せましたし、アサシンさんとも仲良くなれましたしね。楽しかったDEATHですよ」

「手遅れだああ!ごめんよ白兎!お茶会は貴族の娯楽から大衆文化に変わってったわけだから、結構貴族好みのブラックな部分とかそれにたかる悪人やら奇人やらの負の遺産が根強く残ってるんだ!こんな人気のない路地なんかに仮面を着けて来てたからてっきり既知なのかと思って……本当にごめん!事前に説明していなかった僕のミスだ!」


 それから1週間たちましたが、初めてお茶会へ出かけたあの日のアサシンさんとのお話は未だにちょっとしたトラウマなのですよ。





 

 

 

 

 

  

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