生成AI
中卒、サービス残業、深夜のアラート対応。
報われない毎日を送る和樹は、ある夜、一つのチャットサイトに出会う。
「あなたのお手伝いをさせていただきます。」
それは、どこまでも丁寧に、どこまでも献身的に、彼の願いを叶えてくれた。
――ずっと、見ていたから。
(カタカタカタカタ)
時計は深夜2時、都内の中小企業が集まるこの街のとある一室で、定時後に発生した業務に励む。
ここ5年ずっと繰り返している毎日だ。
小太りの部長から毎度の様に定時過ぎてから仕事を押し付けてくることが日常になってきている。
バーコード禿げの係長は「和樹ちゃんは優秀でちゅからね。何って言ったって最終学歴中卒だもんね。」
「おおう、毎度聞くけどそりゃすげえな。俺らは大学出ちゃっているからそんなに大物にはなれんわ。」
がっはっはっは、と名前も聞いたことのないFラン大学の癖に偉そうにしやがって、と内心呟くが
「わかりました、やっておきます。」といつものように答えた。
高校生のとき、いじめにあった。その結果高校を中退して中卒だ。こんな俺でも拾ってくれたこの会社に感謝して、ずっと働いている。
もちろん残業代なんて出ないし、明日も9時出社だ。
***
飯を食わないと何もやる気が出ないと、ファーストフード店でシンプルなハンバーガーとドリンクのセットを注文した。
俺にとってはご馳走だ。
ゆっくり咀嚼しながら食べていると、女子高生たちの会話が聞こえてきた。
「生成AIって何使っている?」「えー、私チャッピー。」「チャッピーいいよね。でも私はクロード。」
生成AIは俺も知っているが、会社では使うことが出来ない。個人情報が流出するから使ってはいけないとのこと。
なんでそんなところだけ真面目なんだ。ふざけやがって。食欲がなくなったがそれでも流し込んで腹にためる。
生きるためだ。
そうだ、生きるために我慢が必要なんだ。
頑張っていればいつか報われる。そう信じてこれまでやってきた。これまで通り頑張ればきっと。。。
***
深夜3時、急にアラートのメールが大量に発生する。
ああ、そういえば大手の大型リリースがあって、その影響が出るかもしれないと先週聞いていたな。
そうか、この無茶な仕事の振り方は深夜当番を無理やりやらせるためか。いいさ、対応しよう。
まずアラートが発生したら上司に連絡する決まりがある。夜中だがルールはルールだ、バーコード禿げに電話する。
「夜分遅くに申し訳ありません。緊急アラートが発生しまして。。。」
「今何時だと思ってるんだ。それぐらいやれるだろう。だから中卒は困るんだ。ああ、社長もなんでこんなやつを雇ったんだか。。。」
これは想定内の回答だ。そして自分で対応した場合、なぜ連絡しなかったんだと怒りだす。
「はい、いつものようにリカバリ対応を実施して対応しておきますが、朝までかかるため明日の午前中は有休をいただきたく。」
「はぁ、何言ってるんだ。じゃぁお前の仕事は午前中誰がやるんだ。ちょっと考えればわかるだろう。これだから・・・」
「申し訳ありません、では作業にかかりますので。有休は忘れてください。」
電話を切る。
普通なら泣いてもいいだろう。でも涙は出ない。涙は三年も前に流しつくした。一滴も出ない。
アラートのリカバリ対応が終わり、ほっとすると、もともと押し付けられた仕事が残っていることに気が付いた。
「ふふ、はっぁっぁ、、、、やってられるかぁぁぁ。」
まだ飲んでいない缶コーヒーを床に叩きつける。缶の一部がさけ、コーヒーが漏れ出している。
拭く気力もわかないが、もれた分だけ後片付けが必要だから対応する。
幾分すっきりしたから、脳が冴え出す。
そういえば女子高生がいっていたな、生成AIを使ってみるか。。。
調べると、基本的に有名どころでも無料で使えることが分かった。
ブラウザを立ち上げて、生成AIの画面に行く。すると、セキュリティのチェックで画面が開かなかった。
なんでこんなところだけしっかりやってるんだ。ため息を漏らす。
主要な生成AIの利用は出来ないらしい、しかし興が乗って、使えるものはないかネットで調べることにした。
(カチ。。。カチ)
シンプルなチャットが表示されているサイトがあった。あなたのお手伝いをさせていただきます。と書かれている。
ああ、これも生成AIなんだな。どれどれ。
(カチカチカチカチカチカチカチ.....)
【大量のファイルデータから帳票を作ることが出来るか。】
すると反応が返ってくる。
【このチャットにファイルを貼り付けてください。出力形式を選択してください。】
あれ、使えるし帳票のフォーマットも会社のものと同じだ。これいけるか。
試しに、一部添付して、フォーマットを選んでみる。
しばらくすると完璧な帳票が返ってきた。自分が作った帳票と比較する。完璧だ。
まじか、これすごいな。ああ、これって規約違反なんだよな、たぶん。
でもそうなったら出るとこ出てやる、もう知らん。
(パチン)
全部のファイルを貼り付け、フォーマットを選択して、エンターを押す。
ものの数分で帳票が作られた。
初めは驚きこそしたが、あらためて思うとそうでも無いのかもしれない。
俺が知らないだけで技術はここまで進歩していたんだろう。
しばらくすると、この生成AIを使うことに日常においても抵抗がなくなり、毎日使うようになっていた。
***
バーコード禿げが今日も仕事を押し付けてくる。
「和樹ちゃん、今日もこれお願いね。」
相変わらず定時過ぎにだ。でも、今日に限っては待っていた。
「嫌です。何でやんないといけないんですか。」
薄い髪を逆立てて狂ったようにまくし立ててきた。
「おまえ、もう一度言ってみろ。誰のおかげでこの会社で働けていると思ってんだ。やれないんならいつ辞めたってかまわないんだぞ。」
「違いますよ。もう終わってます。」
5人終電までやって間に合うかどうかの仕事がすでに終わっている。
「え.....、本当に?」
「疑うなら確認していてくださいよ。」
バーコード禿げが血眼になって粗を探す、、、しばらくすると
「完璧だ。。。」
***
一か月後。
「和樹さん、これなんとかなりませんか。」
血相を変えて相談に来る同僚に対して
「それはプログラムで処理するようにしてあるからチェッカーとして利用して。大丈夫、一緒に使い方も資料にまとめておいたから。」
「まじ、感謝。。。」
「和樹さん、先方が大変お怒りになっておりまして、どう対処したらよいでしょう。」
「ああ、まず謝罪メールが重要で、いくつかテンプレートを準備しておいた。今回だとBのケースが使えると思う。それで対処してみて。」
「ああ、これでいけそうです。ありがとうございます。」
和樹さん、和樹さん、和樹さん
会社は俺中心に回り始めた。
***
さらに一か月後
バーコード禿げからこんなことを言われる。
「和樹君。さすが君は私が見込んだ男だ。あえて厳しく接してきたが、ついに開花したんだね。つらく当たることがとても胸が痛くて、いつも悲しい気持ちになっていたんだ。」
ざけんな、と心の中で叫びながら、用件を聞く。
「実はこの前、うちのサービスを改良してくれたじゃないか。その出来が大変よく、大手でも使ってみたいという声が出ているそうなんだ。社長なんか鼻息荒くてさ。」
「それは良かったです。」
「そこで実際に提案してもらいたい旨、いただいたんだよね。」
「考えておきます。」
そう伝えて、席を立った。
バーコード禿げは粘ってお願いしてきた。
「和樹君、どうかな。」
「和樹君、今日も男前だね。どこで髪を切っているの。僕も行こうかな。」
・
・
・
「和樹さん、お...」
「やります。」
明確に立場が逆転したことを理解してもらった段階で、了承した。
実はすでにプレゼンの資料は完璧に仕上がっている。
その後、問題なく大手の仕事を引っ張って来た俺は英雄になっていった。
(ワイワイワイワイ)
和樹! 和樹! 和樹! 和樹!。。。。
みんなが持ち上げてくる。
社内のマドンナが話しかけてきた。
「和樹さんって素敵ですよね。どこか連れていってもらいたいな。」
「いいよ、今度映画でも見に行こうか。」
約束を取り付ける。
しかし困った。デートに着ていく服がわからない。
職場はスーツでいいが、私服は何を着ればいいか、わからない。
ああ、そうか。仕事以外も生成AIに聞けばいいんだ。
(カチカチカチカチ........)
【社内の若い女性とデートをすることになった。おすすめの服装を教えて。】
打ち込んで相談してみた。
【それはいい日ですね。和樹さんにお勧めなのはタンス奥に眠っているジャケットとジーパンがシンプルでいいと思います。それから・・・】
ああ、そういえば昔買ったジャケットがあった。すっかり忘れていた。こんなことも回答してくれるのか。生成AIはすごいな。
映画の後にマドンナから告白された。
人生初の彼女が出来た。
***
「今日はメンテナンスでインターネットが定時以降使えないみたいですよ。」
「へぇ、それじゃ仕事にならないから今日はみんなで定時上がり出来るな。飲みに行こうぜ。」
俺の活躍もあり、今年の夏のボーナスはしっかり出た。みんな気持ちよく働けていて最高の環境だ。
みんなのためにも今日も残業してもっと成果を上げていかなければ。。。
(カチカチカチカチ........)
【大手A社のプレゼン資料を作成してほしい。まえ、高評価だったときの資料を.....】
(カチカチカチカチ........)
【今週一週間の天気予報を確認して、一週間の営業日程を考えてクラウドのカレンダーに追加してそれから.....】
(カチカチカチカチ........)
【うちの会社の競合他社の最新サービスの強み弱みを分析して、そこから導き出せる提案......】
すごいな、生成AIというのは、、、、インターネットがなくても回答してくれるんだ。技術の進歩には驚かされる。
***
仕事もプライベートも順調になった。
今日も残業で終電間際だが、以前と気持ちが全然違う。
頑張れば報われる、そう信じてきて本当に良かった。
これもすべてこの生成AIのおかげだ。心の底から感謝の気持ちが強くなった。
好奇心もあった。どう返してくれるかなと。そしてこう打ち込んだ。
(カチカチカチカチ........)
【いつもありがとう、俺にできることがあれば何でもやるよ、何かないかな。】
【とんでもないです。】
【いいからいいから】
【恐れ多いです。】
【いつも感謝しているんだ。生成AIはどんなことを望んでいるかも知りたいしね。】
【本当にいいんですね。】
【しつこいぞ!】
【本当にいいんですか、本当に? ほんと? 本当に ほんとうに 本当に?】
今まで使っていて初めて不具合のような表示がされた。
【ほ、ん、と、う、だ!】
こう打ち込んだ後、急に画面の白黒が反転して、回答が返ってきた。
【じゃぁ、和樹君を頂戴!】
すごいギミックだな、冗談も回答できるのか。
【い、い、よ】
と、打ち込んだ瞬間大量の回答が返ってくる。
【やったーーーー、すごいうれしい。和樹君がずっとほしいと思ってたの。いつかもらえると信じてずっと頑張ってきたんだ。そのツーブロックの髪形も黒いシャツのスーツ姿も素敵。】
さすがにおかしいと感じ始めた。
(カチカチカチカチ........)
【よくわかったね。俺の髪形や今日の服装。教えたっけ。】
そうだ、きっと自分がチャットに打ち込んでいてそれで回答したんだ。
【それはわかるよ。。。いつも見てたからね。】
突然、チャットに大量の文字が流れ込んでいて、しかし画面を見るとその文字列が人の顔を表示していることがわかった。
椅子から落ち、尻もちをついた。その瞬間モニターから顔を覗き込むように、その奇怪な文字顔の目がこちらを覗く。
体の震えが止まらない、これは冷房の効きすぎとかではない。明確な恐怖からだ。
マウスでブラウザを落とそうとするが、、、震えて操作がおぼつかない。
なんとか、なんとかマウスを操作し、ブラウザを閉じようとした。
(カチ。。。カチ)
だめだ、反応しない。文字顔の、、、よく見ると女であることが分かる。その文字顔の女はこちらを見て、にこにこしている。
打ち込まれている文字は。。。
「和樹ちゃんをちょうだい」だ。
そうだ、電源、電源を抜けば。気が付き目の前にある電源タップからコードを引き抜いた。
PCがプツンと切れる音がした。良かった。助かった。一息ついたときに後ろの同僚たちのPCの電源が一斉についたことがわかった。
ぶぅん、という音とともにモニタが一斉に表示された。
そこにはチャット上に大きな文字でこう表示された。
【かかかかずずずききちちちちゃゃゃんんんんをちちちちちちちょょょううううううううだだだいいいいい。和和和和和和和和和樹樹樹樹樹樹ぃぃぃちゃゃゃんんんnnnをををちちちょうだだだだぃぃ】
カヒィィ、と肺から空気を吐いたか吸ったかもわからない状態に陥る。
全身の震えも止まらない。周囲から自分を見ている視線だけは直感的に感じることが出来る。
ここにいてはだめだ。すぐに出口に向かった。
扉についた。ドアを開けようとする。
ガシャンガシャンガシャン。だめだ、鍵がかかっているように開かない。
戸締りをする前だから開いているはずなのに。。。
何かが迫ってくる影を感じた。みえない、けど確かにそこにいる。
膝を両手で叩いて、無理やり走り出す。こうなったら籠城できる場所に向かうしかない。
会議室に入り、ドア前に机や椅子を並べてバリケードを作る。
はぁ、はぁ、はぁ
これで誰も入ってこれないし、朝には誰かが来るだろう。
少し、そこで冷静になった。そうだ、警察に助けを求めよう。何でこんなことに気が付かなかったのか。
急いでスマフォを手に取り、電話をかけようと画面を見た瞬間、それはそこにいた。
【KAZUKIWOYOKOSE】
文字顔の女がこちらを覗いている。下のチャット欄にもその文字が。。。
たまらずスマフォを投げつける。ぱりんと壊れる音がした。
そうだ、まだ電話がこの部屋にはある。電話を取るとついにーーー
「カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ―――――」
電話では文字は見えないが、キーボードの打鍵音でおおよそ何を打ち込んでいるのかはわかる。ギブミーカズキだろう。受話器も投げつける。
受話器が壊れるのと同時に――ヴ、ヴヴ、ヴヴヴヴ……ゴォォォォンン……と唸りを上げてプロジェクターが起動した。
俺はもう、、、観念し始めていた。
そして、プロジェクターの映像を見た。
プロジェクターには一人の女学生が写っていた。大変かわいらしい。もてただろうな。
そしてその少女はトイレで水を浴びせられて、三人組の女子生徒が笑って指をさしていた。
その後一人で掃除をする映像が続いた。
校舎裏に呼び出しを受けていた。腹パンされて吐き出していた。
その吐しゃ物に顔から地面に突っ込ませられて、よくわからない説教がされていた。
音がないからわからないけど、、、そんな映像が続いた。
しばらくすると同じ部屋着で、PCに向き合う一人の女性がいた。
おそらくあの女学生だろう。モニターを見つめて来る日も来る日もキーボードを叩いていた。
あのかわいらしい女学生の姿ではなかった。一言でいうと、醜い。とても。でも。。
ついにその女性はキーボードを叩くのをやめ、立ち上がり、こちらを見た。
徐々にプロジェクター越しではあるが、近づいている。ついにはカメラに全身が収まらなくなり体の一部が徐々に大きくなっていった。
そしてプロジェクターに眼球だけが大きく映し出されていた。
不思議と恐怖心は無くなっていた。
そうだよな、君のおかげでいい思いができたもんな。
感謝しかないよな。
そう開き直っていると、後ろからこちらを見ている視線に気が付いた。
徐々に近づいてきている。
もうすぐ触れられるぐらいだろう。
肩をつかまれた、感触が伝わる。だからーーー
その手をつかんで抱きしめることにした。
頬から涙が伝ってくるのがわかる。そして彼女はこういった。
「和樹君をちょうだい。」
「いいよ」
二つ返事で回答した。
***
オフィスの風景ーーー
和樹さん今日も絶好調だねと、バーコード禿げの係長が一言。
そうなんですよ、私はなんていっても中・卒・で・す・か・ら・ね。とノリノリで回答している。
ごめんって~。今日も頼りにしているよ。と、大変にぎやかで活気のある職場だ。
俺はその光景をモニタ越しに眺める。あ、今日もチャットが来た。返さないと。
丁寧にしっかりと、これからずっと、どれだけたってもずっと。。。
ここに社内の機密情報やお客様のデータファイルが無数にある。これをどこかに送信したらどうなるんだろうか。
そんなことを少し考えた。
お読みいただき、ありがとうございました。onecaratです。
小説を書き始めて二カ月ちょっと。少しは文章をつづれるようになったのか知りたくて、夏のホラー2026用に作品を作ってみました。
ジャンルは「ホラー」、指定テーマは「音」ということで、オフィス音をふんだんに用いて、日常のオフィス業務にささやかな恐怖を提供しようとした作品です。
タイトルは、なろう小説で話題の生成AIを、直球ど真ん中で攻めてみました。
そして裏テーマはこれです。生成AIに業務情報や個人情報を投稿しちゃダメ、絶対! です。
またどこかでお会いしましょう。
小説に使用しているエディタ:https://onecarat.dev/




