第四話 「誤解」
果たして、カナルは捕まった。
檻に入れられて、悔しそうに翔を睨んでいる。実はこのカナルくんかなり若い。体もフライよりちょっと大きいくらいくらい。駆け出しの賞金稼ぎだった。
━━食事を終えたフライはついでのようにカナルのもとへやってきた。翔は怖くて一人じゃカナルにの前へは来れなかったので、フライと一緒に平和に食事してからここへ来たのだった。なんかここは、使ってない予備の部屋だった。家具一つない。
━━カナルはすでに武装解除されている。対するフライ&翔は銃を手にしている。
「だいたいさー、1匹での乗り込んでくるフツウ? 返り討ちに遭うに決まってんじゃん! しかも、囮の手のひらサイズ・ネズミロボットに誘導されれあっけなく檻に入れられちゃうんなんてバカみたい!」
フライの暴言も気にせず、カナルくんは翔を睨み続ける。お姫様をさらったにっくき魔王を見るような眼で。
「フライ……その辺にしとけよ」
翔はフライをたしなめようとした。なんか檻に入れられ出られないなんて……人事じゃなかったのだ。
まるで、地球に帰れない自分みたいで。まるで、城から逃げ出したくて泣いている、このあいだ夢に見たあのフライのようで。
「フライ様……必ず、お助けします」
それでも健気にカナルは言うのだ。
「ばかじゃない⁈! 捕まってるのはそっちでしょ」
「ぼくはフライ様が大好きなんです。だから、少しでもお役に立ちたくて、賞金稼ぎになったんです。フライ様は覚えて覚えておいでではないでしょうね。フライ様はぼくのことを助けて下さったんです。だから、今度はぼくがフライ様をお助けします」
「はぁ⁈ なーにそれ⁈」
「あれは去年の夏至祭りの時でした。フライ様はカボチャの馬車を象った自動車で━━そう。そのあとブレイクした<シンデレラ>よりもお美しいお姿で、街にまでお出であそばされた」
「ぁーあれ? あれはお父様の趣味よ。迷惑なのよねー娘にまで自分の趣味押しつけけんなっての。<シンデレデラ>だって企画したのはお父様だしさー。ちょっと受けたからって次は<人魚姫>やるなんてわがまま言っちゃって。まーた話題性作るために私に先駆けコスプレさせるつもりじゃねーだろうなぁ」
「そう。そして、ぼくは初めてお酒を飲んでヘロヘロに酔っていた。泥酔してたんです。そして……ぼくはやっちゃったんです。こともあろうにフライ様や偉い方たちがお出であそばされるはずの街一番の高級魚料理<お魚イチバン!>へ乗り込んじゃったんです。貸し切りで一杯ガードマンがいたはずなのに、気づくとぼくは<お魚イチバン!>のありったけの料理を食べちゃってたんです! あ、ぼくすごい食いしん坊なんです。でも、そのあとお出であそばされたフライ様は、檻の中のぼくを見て、こうおっしゃられた。天使のようなお声で。『今日は夏至祭り。無礼講です。出してさしあげなさい』」
「あーあれか? すげー強くて食いしん坊の酔っ払いが私とかの料理食っちゃった事件」
「覚えていらっしゃったんですね⁈」
「あんた酔っ払うと怖いわね……。守衛や店員が片っ端からぶっ倒されてたんだっけ。。なんか不思議と病院送りになった奴一匹だけだったけど。要人は到着前で助かったし」
「あ、ぼく、猫を極力傷つけない猫武術習ってて」
「ふーん。だから、この船にたった一匹で乗り込んできたわけ? よっぽど自信ったのね」
「いえ。ぼく、宇宙船を━━まだ支払い終わってないけど、ローンで買ったら、ロボットとかは、お金なくって、買えなくなくなっちゃって。ぼく、一応一匹狼の賞金稼ぎなんです。━━でも、賞金なんてどうでもいいんです!ぼくはフライ様をお助けしたくてきたんです!」
「あっそう。でも、なーんだ。<お魚イチバン!>のことなんか気にしなくていいのに」
「な、なんてお優しい!」
「うーん、でもあれは少し感謝してるかも」
「身に余る光栄です!」
「だって私、<お魚、イチバン!>って大っ嫌いなんだもんっ! 味は嫌いじゃないんだけど、店長がねー、い〜やらし〜目つきで私をみるのよ、これが。あのくそ店長が病院送りになったと聞いて、どんなに心躍ったか!」
なんかすっかり忘れられてしなった翔は、こいつ案外いい奴かもなとか思って平和な目でカナルを見ていた。
しかしカナルは……。
「だからこそ、必ずっ、姫様をお助けいたします!」
いきなり翔のほうを向いて、四つ足床につけて、姿勢低くして、翔を威嚇し始めた。猫に威嚇されるのって慣れないと結構怖い、翔は一瞬体が竦んだ。
「ばかじゃない? 何が助けるよ? 大きなお世話なのよね! そうやって、あんたたちは私を檻の中に、あの城の中に閉じ込めるんだっ! そんなの全然私のためじゃないのにっ! 私のためだとかいうんだ! 自分たちのためじゃないのっ! そうやってそうやって私を人形にするんだっ! 姫ととか、女王とか、一体なんなの⁈ この血が私を縛りつけるんだっ! 私は私は……っ‼︎」
「姫様……?」
フライは思い違いをしていた。もしかしたら、彼女の言うとおり、フライの意思を考えず、ただ姫という存在だけを求める輩もいるかもしれない。でも、カナルは、フライが姫だから、好きになったわけじゃないのだ。決して。だけど、カナルは知らなかったのだ。フライの気持ちを。知らないなりに一生懸命思いやっていたのだ。それだけだったのに━━。
「貴様……っ‼︎」
フライが何か言えば言うほど、カナルの怒りは翔へ向けられる。
「姫様に、一体なにをしたんだ‼︎」
カナルは信じていた。フライの幸せは、あの城の中にあると。そして、翔はそれを無理やり奪ったのだと。
「翔は悪くないんだっ‼︎ あんたの方が━━私のこと心配するふりして、なんもわかってない、大ばかじゃないっ‼︎」
「━やめろよ」
翔はもう我慢できなかった。
「フライやめろよっ‼︎」
「翔……?」
「おまえのほうこそ、そいつの気持ち考えてもやれない大ばかだよっ‼︎」
「……翔……⁈」
翔は、フライの頬を平手で叩いた。頬がなる。それを押さえたフライの顔が、涙に歪む。
「何よっ! 翔だって私のこと、全然わかってくれないじゃないっ‼︎」
檻の中に入れられた猫と、その猫に銃をつけつける猫。この状況で、カナルのことを思わないというほうが、翔に理解できない。
フライの入れられた檻は、今は、翔の目にははっきりした姿を見せない。
王家とか姫とかそういう、今目に見えない檻より、目の前のはっきり見える檻のほうが……怖いのだ。あの夢がこ心に蘇って。「助けて」と夢の中のフライが言うから……。
でも、自分は地球に帰りたから。
翔の心はどこか矛盾していた。フライをバカ呼ばわりするのに、フライが心配で……、でも自分が大事で、カナルのことも助けてやりたくて……。
━━翔はフライを無視してカナルに駆け寄った。近づきすぎた。失敗した。カナルは翔の隙をついて、翔の手から銃を奪い取った。カナルは翔に銃を向けた。向けておきながら、カナルは刹那途惑っていた。殺したしたことは━━なかった。フライは気づくのに遅れた。両手に顔を埋めるようにして大声で泣いいたからだ。
もちろん彼女は翔のもとへ走ったけど、マズルフラッシュが瞬くほうがずっと早かった。
銃声がしたはずだ。でもよく覚えていない。翔は左肩に激痛を感じた。フライは翔の肩が血に染まるのを見た。
━━できなかったのが。カナルは翔を殺すことができずに、狙いを逸らした、でも、なぜかトリガーは引いてしまったのだ。
カナルは本当に翔を殺すつもりできたのだ。姫を助けるために悪党を殺すつもりだった。そんな自分にどこか酔っていたのかもしれない。でも、カナルは無鉄砲でばかで、とても中途半端な奴だった。
「よくもっ、翔を……っ‼︎」
フライがカナルに銃を向けた。
「やめろっ‼︎」
左肩を押さえ、ふらつきながら、翔はカナルとフライの間に立った。
「……翔……?」
誰より動揺したのじゃカナルだった。
「やめろ、フライ……」
カナルが銃を床に彼に落とした。拾おうともしない。フライは素早くそれを奪った。奪って、部屋の隅に投げた。
「な、なぜだ……」
カナルの戦意が完全に喪失したことを確かめて、フライはやっと銃口を下に向けた。
瞬間、翔の意識が飛んだ。
フライが泣いている。
そんな意を見た。
目覚めても、やっぱりフライは泣いていた。
「よかった……! 翔、もう丸一日も寝たままだったの! 死んじゃうかと思ったの!」
「……そんな大げさな」
寝かされていたベッドの上で、翔は上半身を起こした。
病室の中、オオタニ先生(翔の高校の保健室の先生の名前。彼女はフライや翔だけでなく、ロボットの治療もできる)を始め、サカモト、ナカジマ。スギタ、カナエ……など、たくさんのロボットが集まっていた、部屋は一杯で、廊下にもロボットが溢れている。
雑用ロボットに戦闘ロボット。実は、船内のすべてのロボットが集まっていた。
「だってだって……!」
どうしてこの子はこんなに泣いてくれるんだろう……?
翔の左肩には包帯が巻いてあった。
「ごめんね、私のせいだね……」
「……あいつは? カナル」
「帰っていったよ。私がいろいろ言い聞かせておいたから、たぶん……もう来ないと思う」
「よかった」
「翔はそんなにあいつが好きなの?」
翔は苦笑した。……よかった。フライが、殺しなんかしなくって。
「うん、ま……あいつが生きてたのは嬉しいよ。だって命は、何よりも大切なものだろ?」
「うん」
ちょっと照れていったけど、翔は本当にそう思っていた。
「私、考えたの! どうして翔があいつのこと庇うのか。で、思ったんだけど、カナルってカナエと名前が似てるでしょ? だから?」
全然違う。そんなこと思ったことない。フライはやっぱり全然わかってない。
翔はなんだか疲れた笑いを浮かんて━━ふと気づいた。ベッドの脇のテーブルの上、花瓶に入れられた一輪のバラ。
「あ、あぁそれ? えっとー……あいつが忘れていったのよ。捕まえたとき、武器を奪ったじゃない? その中に紛れてみたい。
あいつ慌てて帰っていったから、武器も忘れててったのよね。ばかよねー。なんかもう私にも翔にも合わせる顔がないみたいな感じで。ううん、どっちかってーと翔にかな? あいつ、ばかだけど、助けてくれた奴とか恩は一生忘れないみたいなタイプだもんねー」
フライは顔を赤くして、捲し立てた。
……なんだ。フライもわかってるんじゃないか。
翔は、花瓶の中のバラを見つめた。花瓶の中にはもちろん水が入っている。きっとフライが入れのだろう。
「死体とか言ってなかった?」
翔はちょっとからかってみた。
「あ、あれは強調表現よ! ……ね、翔。この花だってまだ生きてるでしょう? 根から切り離されて、もうすぐ枯れてしまうかもしれないけど、まだ生きてるでしょう?」
「……? う、うん」
「ね、なんとかして長生きさせられる方法はない? だってまだ生きてるのに……!」
翔は考えた。切り花を長生きさせる方法。デパートの百円ショップで、植物の活性剤があったのを見たことあるような気がする……。が、切り花にも利くのかどうかはわからない。
「フライがさ、一生懸命世話すれば、きっとさ、普通より長生きするよ。きっとそのバラも喜ぶよ」
「……うん!」
フライが頬をバラ色に上気させて返事をした。
あれから。追っ手の中に賞金稼ぎなんて奴らも加わった。しかし、フライの自殺作戦の前にみんなして敗れていった。おまぬけな猫ばかりだ。
カナルのような猫は他にはいない。




