第八話 「刹那──引き金の前で」
━━マイティ。助けて。
キールは動いた。
彼の独断で、ワイズを動かした。
ワイズはユウゾウの前へジャンプアウトした。姫君を守る騎士そのものだ。もちろん、ライズはシールドを張っている。ワイズのシールドはライズよりやや劣るが強力だ。ライズはユウゾウとの砲撃戦でシールドを五%ほど損傷している。たった、それだけだ。
赤龍砲ではライズは絶対に倒せない。赤龍砲は、あの黄色い龍━━光龍砲よりも強力だ。だが、それでも、ライズは倒せない。ライズは強いなんてもんじゃない。━━化け物だ。
キールは玉砕覚悟で、ワイズ最大の攻撃力を持つ蒼き龍光━━蒼龍砲をライズへ向けてぶっ放した。
マイティは嗤った。
「裏切ったか。キール」
艦内の他の猫たちが怒ってる。キールの行動が理解できなくて、怒っている。姫君奪還の邪魔をするなと怒っている。
マイティは言った。冷たく。
「━━黒龍砲、発射せよ。裏切り者には死あるのみ」
他の猫たちは、さすがに押し黙った。
ユウゾウ・ブリッジ。
ワイズの行動が、ブリッジに静寂を作った。スクリーンのピンクの猫は何かを言っているが、翔たちは言葉を失くした。
━━通信が入った。空中スクリーンがもう一つ現れる。
青灰色の毛の、鎧を着た猫。マイティと同じ鎧。よく見ると、襟の所に肉マーク。「姫。どうか、お逃げください! どうか、ご無事で……」
一向的な通信だった。通信はすぐに切れた。
「……今のは……?」
「キール? じゃ、ライズと戦ってるのは……」
フライはもちろん知っている。キール。マイティの副官。二番目に天才な猫。
━━目の前の、ワイズ。蒼い龍は、黒い龍に飲まれる。
「ユウゾウ! ワイズ・シールド損傷率は?」
フライは訊かずにいられなかった。
「……おそらく、四十%。持って、あと二発」
黒龍砲第二射。ワイズはどかない。ユウゾウの前からどかない。
「ワイズ・シールド損傷率およそ八十%。あと一発食らったら━━消滅します!」
消滅。シールドごと、ワイズは消滅? 宇宙に消える……? 翔は呻いた。フライは泣き叫んだ。
「やめて‼︎ マイティ‼︎ 私、帰るからっ‼︎ もうっ、やめてよぉ……っ‼︎」
通信が入った。スクリーン追加。……黒い猫。マイティ。
「お優しいですね。姫君」
「マイティ⁈ 助けて‼︎ キールを助けて‼︎」
「あんな者のために、お帰りなられるというのですね?」
「帰るっ‼︎ 帰るよぉっ‼︎ で、でもお願い‼︎ 私、女王になるからっ‼︎ だから、翔を助けて……っ‼︎」
「……まだ、そんなことを言うの? フライ。それはもうできないんだよ。━━ねぇ、フライ。僕の気持ち、考えたことある? ないよね。あったら、そんなこと言えないよね」
マイティの狂気の宿った瞳は、どこかまだ揺れていた。彼女を助けたいのに、助けられない━━。そんなふうに揺れていた。
「見てて。今、裏切り者を処分するから。そこの地球人もすぐに同じような未路を辿るよ」
通信は切られた。
「やめて‼︎ やめて‼︎ 違うよっ‼︎ 違うよ、マイティ‼︎ あなたはほんとはそんな猫じゃないよ……‼︎ どうして変わっちゃったの⁈ 変わったふりをするの⁈ あなたは、あんなに優しい猫だったのに……‼︎」
虫も殺せないような、優しい猫。フライが、切り花を嫌いになったのだって、彼の影響だった。彼は泣いていた。幼い頃、城の中庭で、誰かに踏み荒らされた花を見て泣いていた。泣いていたのに……‼︎
本当は、殺したくない。キールは嫌いじゃない。少し好きだった。フライを大事に思っている猫だから。
もっと、自分にも意見してくれる猫だったらよかった。自分を恐れず話してくれる猫だったらよかった。フライのこととか、自分たちのことか、いろいろ話してみたかった。本当は友達になりたかった、青灰色のまじめな猫。
━━それに、あの船を破壊するのはものすごく惜しい。けど……フライを女王にするためなら。その邪魔をするなら━━。いいや、もう、壊しちゃえ……一隻くらい。
このとき、マイティの頭からは、キール以外のワイズ搭乗員などのことが抜けていた。
キールも、姫を守るため、自艦の他の猫たちすらも道連れにせんとした……。
もちろん、マイティにはフライを殺すつもりはなかった。予定どおりフライを女王にする。もう、頭がイッちゃっててよくわからないが、そうするのだ。そのために、がんばってきたのだ。とてもひどいことだって……やってしまった。もう、戻れないのだ。
フライは、マイティにとってナゾだった。宇宙以上にナゾだった。あるいは、宇宙そのものだった。ずっと、彼女の気持ちが知りたかったけど━━知りたくなかった……。今さら、知りたくなかった。自分も、彼女をロボットにしていたなんて。女王ロボット。それが、彼女のためだなんて、夢だなんて、自分も彼女をそんなふうに決めつけていただけなんて、知りたくなかった……。
マイティは、残酷な猫だ。残酷だといわれる猫だ。そうやって、がんばってきたのだ。それが彼のやり方だ。フライのために。本当はしたくない王代わりを必死でしてきた。残酷な猫のふりをした。残酷な猫になった。本当はただの公爵家の猫。舐められないように、冷酷に冷酷に……。それで、王家を守れるなら。星を守れるなら。フライを……守れるなら━━。
マイティは言った。
「━━黒龍砲、発射!」
動かなかった。猫たちは動かなかった。
「何をしている、発射しろ!」
黒龍砲は手動操作になっている。トリガーを引かないと、発砲しない。それだけ危険なものだからだ。
「自分にはできません!」
トリガーの前の席に座った猫が言った。テレビからフライがまだ叫んでいるのが聞こえる。
マイティはその猫を席の前からどかした。トリガーに指をかける。
━━ばいばい。キール……
翔は喉が裂けるくらい、叫びたかった。
でも、叫べなかった。フライが泣いている。自分がしっかりしないといけない。何があっても、しっかりしないといかない。少しでも、冷静に。勝利に導けるように──。
トリガーを引こうとした。──引こうとして、ふと、やめた。ブリッジ左、展望窓に目を走らせる。
──マイティは、勘のいい猫だ。




