第六話 「抑えきれないもの」
「そりゃ……帰りたいよ。家族や友だちに逢いたい。やりたいことも、いっぱいある」
親父。お袋。香苗。杉田。中島。坂本……。みんな、今どうしている?俺がいなくなって、心配していないだろうか……? 泣いただろうか。だとしたら、もう、元気に笑えているだろうか。みんな、幸せだろか……?
「でも、俺がいなくなったら、フライはどうなる……?」
彼女はもう二度と逃げ出せないだろう。女王となったら、今より自由はなくなる。そうフライは言っていた。だから、逃げ出したのだ。彼女にとって最後のチャンスだった━━。
「<檻城の姫君>。笑わない姫君。フライをそんなふうにしたのはあんたらだろう!」
マイティは、途惑った瞳をした。
「…………。じゃあ、君は……」
「━━俺は、帰らないよ」
「どうして……? 怖くないの? 死ぬのが」
「怖い。けど、死なない。俺は、フライと一緒に生き残って、宇宙の果てに行く。フライを艦城なんかに閉じ込めさせない。フライは、俺を必要としてくれた。俺に宇宙を見せてくれた。助けを求めてくれたんだ。なのに、俺だけ帰れるかよ」
「マイティ」
フライが言う。
「お願い。助けて。私たちを逃がして。宇宙の果てに行かせて! 私たちは死んだことにして。そうして、翔と二人で逃がして━━」
ばかなフライ。そんなこと、できるわけがない。
━━わかった。こいつは、僕だ。僕のなりたかった僕━━。
だってほら、
「フライ」
翔がフライの手を取る。フライが翔を見る。フライは泣いてる。泣いているけど、期が安心させるように、彼女に笑いかけると━━ほら、
━━笑った。
笑うのだ。僕がどんなに望んでも決してかなえられなかった夢。
「……僕は、たった一度でいいんだ。昔みたいに、フライが笑ってくれたら━━僕に笑ってくれたら━━それだけでよかったんだ……」
マイティの声はくぐもっていた。彼はもうクールな独裁者の仮面を捨てていた。一匹の、ちっぽけな少年の顔をしていた。泣きそうな、純粋な瞳をしていた。
「マイティ……?」
フライの瞳に感情が走った。でも、それがどういった感情かはわからない。フライが何を考えてるのか、マイティにはもうわからない。笑わすことさえ、僕にはできない……。
マイティは泣いていた。 ……昔、フライはよく笑っていた。
「私。マイティのことが大好き!」
そういってくれた。なのに、たぶん、婚約してから━━自分が望みもしない地位を手にして行ってから━━……彼女は変わった。彼女は周りに何かを決められるのが大嫌いだったのだ。言えばよかった。大好きといってくれたあの時に。照れたりなんかせず。
「僕も、フライが大好き」
そういえばよかった。
<檻城の姫君>なんか渡さなきゃよかった。ただ、喜んでほしかっただけなのに━━。
「どうして、僕には笑ってくれないの……?」
どうして、そいつにだけ笑うの?
「どうして、笑ってくれないの……」
結婚なんかできなくってもいいのに。死んじゃってもいいのに。フライが笑ってくれたら。僕を見てくれたら。昔みたいに笑ってくれたら。
どうして、僕は檻なの……? そいつは、なに? ケージを開ける鍵?
遠い星から来た少年。<檻城の姫君>を助ける少年。でも、<檻城の姫君>は死んじゃうのに。少年は帰っちゃうのに。━━なのに。
「フライは、そいつのことが好きなの……?」
だったら最初からそういえばいいじゃないか。本当に城から出たいのなら、宇宙の果てとかいうのを見たいのなら、言ってくれればよかったのに━━。
協力したのに。
もっと早く、言ってくれたなら……
マイティは、攻撃命令を出した。
いつも冷静な彼らしくない、血走った目をして。
彼はどっかすでにキレていた。愛しい姫が、他の男のために笑うのを見て。自分の夢が破られて。彼女に本当に信頼されていないのを知って。裏切られたような気分で……気づいたら、涙は乾いて怒りばかりが残った。
なにがなんだかわからなくなって、キレてしまった。
他の猫も興奮していた。姫君奪還に燃えていた。殺気立っていた。冷静な猫は数えるくらいしかいない。
ロボットとかネズミはわからないけど、たぶん猫はほとんどどっかキレていた。




