第五話 「束縛の檻」
ちっぽけな、姫になるのが嫌な猫が、一生懸命逃げてきた距離なんて嘲笑うかのように、奴らはやってきた。
報道なら、キャトラから直に来るのではなく、ユウゾウのいる宙域やその付近にいる猫たちが、船に乗ってやってくる━━なんてのがある。
だが、マイティはキャトラからやってきた。例の長々々距離移動が可能な宇宙船を使い、その宙域にあるネズミの星へワープする。猫の支配下のネズミの星・マウラ。そこで、戦力を整える。猫・ロボット・ネズミ問わず脅しをかけ、フライ奪還作戦に加える。大型中型小型船なんでもいい。とにかくたくさんたくさん集める。フライのためなら多いに越したことはない。
ちゃんと数えていないのでよくはわからんが、八十隻はあるだろう。ほんとは三百隻くらい用意したかった。でも、いろいろな都合で、こんなもん。まぁ、これだけあれば充分だろう。目立ちたがり屋の王とかも喜ぶ。ばかな王と王妃が、フライ奪還の模様をテレビで生放送するとかいうし、それで、派手なセットとか会見席とかゲストとかを用意するとかいうし、そんなすぐにはフライを迎えに行けず悔かった。
とにかく、マイティは、フライと変な地球人の乗った宇宙船を遠巻きに包囲した。
マイティは期待した。━━フライが笑う。マイティは天才だけど、ことフライになると頭が回らなくなる。フライの家出は、王と王妃に嫌気がさして(嫌気さされて当然)のプチ家出━━そんくらいに考えていた。でも、フライはそろそろ帰りたがっていると思う。フライは厭きっぽかった。気まぐれだった。ナゾだらけだった。
マイティは、<檻城の姫君>をフライが好きなのは知っているけど、宇宙の果てに行きたいと思っていることまでは知らない。だって、フライはそのことを翔にしか言っていない。だから、思う。期待する。フライが翔を好きなこともしらない。あんな地球人、フライはペットくらいにしか思ってないと思ってた。フライは、かわいそうで、疲れたロボットやらされてるけど、でもフライが王になることは絶対。王家は絶対。そんな刷り込み。それだけじゃない。マイティは知っていた。フライは心の底からあの城が嫌いなわけじゃない。小さい頃はよく言っていた。
「私、女王様になるの。そのために生まれたの。お父様と、お母様の期待に応えるの。民たちのためになんでもするの」
あの言葉に嘘はなかった。その目に偽りなんかこれっぽっちもなかった。フライは、本気でそういっていた。
だから、ばかじゃないフライは、ちょっと家出したら、それで満足して、きつといい王様になる。檻城なんて幻影。フライはちょっと反抗期で、そういうことを思っちゃってるだけ。フライならそんな檻、いくらでも壊せる。……本当に僕のことが嫌いなら。もう、いーよ。婚約解消するよ。僕も檻を外す手伝いをする。いい猫を探す。フライを幸せにしてくれる猫。
でも、笑うのは、一番最初に笑うのは、僕━━僕にしてほしい。そしたら、僕、もういい。フライのためになんでもする。笑うよね? 今度こそ笑うよね? だって、フライはたぶん戻りたいから。でも、ちょっと戻りづらいから。だから、僕が迎えに行くから。婚約解消するから。宇宙一の女王様になるから。━━笑って、くれるよね……?
ユウゾウは、遠巻きに包囲された。よくわからないが、百隻はいそう。翔はそう感じた。報道船も多く集まっていた。翔とフライはブリッジにいた。ブリッジにもロボットがたくさんいた。もしもの時、手動操作をするロボットたちだ。カナエ。スギタ。ナカジマ。サカモト……。なんかなじみの深い口ボばっか。総員戦闘配備。宇宙戦用ロボットもいつでも出撃可能。白兵戦用の奴らもスタンバイ。「......なぁ、フライ」
中央の、二つ並んだ船長席。翔とフライの席はもちろんそこだ。
「ワープで逃げるとか……無理だろうな」
「追ってくるね。確実に」
マイティの船はもちろん、他の船もワープくらい可能なはずだ。ユウゾウだってワープできる。今までだって可能な限り、ワープを重ねて逃げてきた。連続的なワープだって結構した。普通に航海もした。努力はしてきた。この船は、でかくて生活用な感もあるけど、少しとろいけど、被壊力と防御力はある。
━━けど、最初から、フライだってわかっていた。 マイティにはかなわない。すぐに追いつかれ、すぐに連れ戻される。
もしかしたら……フライは心の中でそれを望んでいたのかもしれない。
みんなに向かえに来てもらって、ちょっと家出できれば満足していたのかもしれない。<檻城の姫君>も、宇宙の果ての夢も、ちっぽけな自分の反抗心。どうにもならないことを嫌がって、現実から逃げて、かなわない夢をみていただけ。子供だっただけ。
━━でも、翔に逢ってしまった。
この広い宇宙で、翔に出逢ってしまった。
「帰りたくない……」
「大丈夫だよフライ、大丈夫……」
翔はフライの手を握った。震えていた。彼女の震えか、自分の震えか、二人ともが震えているのか、それもわからない━━。
通信が入った。
フライは、それを繋ぐのを嫌がった。とても嫌がった。でも━━結局、繋いだ。怖かった。無言の圧力。窓の向こうには、宇宙を埋め尽くしているかと思えるくらい、船・船・船。もちろん、レーダーはそれが錯覚だと教えている。宇宙を埋め尽くす艦隊なんて、いくらマイティだって、無理だ。
いきなり、黒猫が映った。
翔には見飽きた、黒猫。家の周りをよく黒の野良猫がうろついていた。それと、あまり変わらない外見のはずなのに、大きさとかは違うけど、でも、単なる黒猫なのに━━怖い。不気味だ。その金の瞳に睨まれると、息が止まりそめなくらい。
黒猫は、鎧をつけていた。スクリーン上では、ショルダーガードと、ブレストプレートの上端しか確認できない。よく見ると、マントも羽織っている。
「……マイティ」
フライは、唸るようにその名を呼んだ。
「ご機嫌麗しゅう。姫君」
マイティは冷酷な感じにそういった。クールなのである。他人から見れば。
実は、久々にフライを見れて心が跳び上がっちゃうくらい喜んでいたとしても。人間入ったフライもかわいいなぁ……とか思っていたとしても。嬉しすぎて、逆にクールになってしまう。マイティはそういう猫。だから、フライの前ではいつだってクール。
「お迎えに参上いたしました」
「……」
睨み合うフライとマイティ。マイティの眼中には、翔は存在しない。だって、アレはただのペット。
「帰らない。私」
マイティはその発言を黙殺した。
「姫君。申し訳ありませんが、本日、姫君奪還に辺り、<猫放送>が緊急生放送をしております。つきましては━━」
黒猫が画面から消えた。横から、黒猫を押しやって現れたのは、灰色の猫と、茶虎の猫。
「お父様、お母様━━」
フライの顔から表情が消えた。
マイティと話しているときも、緊張からか表情が乏しかったが、もっと表情がなくなった。
━━笑わない、姫君……。
「フライ。帰るぞ。戴冠式のドレスは<人魚姫>をイメージした物にした。心配するな。露出度は高くない。王に相応しいデザインにしてある。おまえは、代々の王たちの中でもトップの猫になるのだからな」
「フライ。生放送の話は聞いたわね。犯罪者から救出された姫らしく記者会見をなさい。突撃時も心配はいらないわ。あなたは見てるだけでいいの。あなたには傷一つ負わせませんから。そこの地球人にはかわいそうですけど。民たちへの示しというものは必要なのです。
安心なさい。なんなら、また新しい地球人を連れてきてあげる。愛護団体とかにはバレないようにしてあげますからね━━」
彼らは決して疑わなかっただろう。フライは頷いてこう言うのだ。「はい。わかりました。お父様。お母様」━━そう信じていた。それがフライの地だから。素直なフライ。王になるフライ。家出の件は不問だ。バレなきゃいい。たまには、そういうのもいいさ。かわいげがあるさ。王になればいいさ。
フライは抑揚のない声でこう言った。
「……嫌です。お父様。お母様」
彼らには理解できなかっただろう。だって、こんなこと初めてだった。
「今……なんと言った? フライ」
「嫌です」
「フライ? 何を言っているの⁈ あなたには、姫として……やるべきことが……」
「もう、嫌なんです」
「どういうことだ? おまえは新たな王として……」
「私……私……」
フライは何か言おうとした。━━だが。画面の外から猫の声が聞こえた。マイティのクールな声じゃない。
「王。そろそろ、生放送にご出演なさらないと……」
たぶん、王の秘書役かなんかだろう。
「おお、すまんすまん。フライ、テレビつけてるか⁈ わしら今日の生放送のレギュラーなのだ。主役はもちろん、おまえだがな。フライ、改期王として、バトル中も、突撃隊が入って行っても、威厳を保てよ」
「姫としての、気品も忘れずにね!」
この様子は、プライベート。放送されてはいない。<猫放送>ではこれからの姫君奪還の模様を生で熱く放送し、その後の姫君らの記者会見も、生でお送りする予定である。
今は突撃前の緊張感漂う実況放送をやっている。コメンテーターとかも呼んでいる。
王と王妃は、これから、特番セットのある報道船へ向かう。今乗ってるのは、地球へもワープできちゃう例の船。外観は……サメみたい。猫の肉球模様がついている。他のたくさんの丸いのとか四角いのとか三角とかの船にも同じマーク。キャトラマークである。ネズミの星・マウラのチーズマークのついた船もある。ちなみに、犬の星は骨マーク。骨マークをつけた船はこの場にはない。
サメの船の中、マイティは歯がみしていた。
━━王として。姫として。
そんなこと、言われなくても、フライはわかっている。でも、フライは壊れたロボットじゃなかった。意見した。これはすごいことだ。マイティはなんか嬉しかった。
やっと鼻を明かしてやった気分。よくやったね、フライ。こんな奴ら、早くやめちゃえ。早くフライが王になって、もうそんなおんなじことばっか言えないようにしちゃえ。
━━王として、姫として。
なんてばかな王と王妃。早くやめちゃえ! いなくなっちゃえ!
「━━待てよ」
画面から、もう消えようとしていた王と王妃に、翔が言った。
「それだけなのか? 他に言うことはないのか?」
王と王妃は驚いた。思わず画面に戻ってきた。マイティも驚いた。フライは、心配そうに翔を見ている。
「王とか。姫とか、それだけなのか? それしか、言うことがないのか? 久しぶりに娘と会ったんだろ。娘の言葉も聞いてやらないのか? フライはフライは……そんなんだから……そんなこと言われ続けたら、誰だって嫌になっちまう。娘をなんだと思っているんだ⁈ それでも、親かよ━━‼︎」
びっくりした。おんなじことを言ってる。マイティが、言いたくて言いたくて言えなかったことを、このペットの地球人は言っている!
マイティの瞳に、初めてが翔が映った。ただのペットとしてではなく━━。
━━翔。僕とおんなじことを思う、不思議なフライのペット……。コイツ、何者だ⁈
王と王妃は、激怒した。たかがペットに説教されるなどとは思いもよらなかった。プライド高い二匹は、しかし、報道船へ向かわなければならない。
「たかが地球人の分際でっ‼︎ 覚えていろ‼︎ てめー、どうせ今から死なすけど、もっとひどい死に方させてやるっ‼︎」
「マイティ、思う存分やっちゃいなさいっ‼︎」
そして、二匹は去っていった。
マイティは、なぜだかとてもこの宇宙人のことが気になった。なんだろう………こいつ、なんだろ? 動揺を隠し、マイティは再び通信画面へ現れて見せる。
「王と王妃はああ言っておられますが、私は争いはしたくはありません。投降すれば、あるいは、そこの地球人の命までは取らずにすむかもしれませんよ━━」
偽善者。独裁者。━━信じるもんか。フライは、心の中でマイティを罵る。
「姫君。星へ戻りましょう。そして……」
フライは、席から立ち上がった。席の前の段を少し下り、腰のベルトに吊したナイフを、自分の首に突きつける。
「私、帰らない。私に死なれたくなかったら、そっちが帰りなさい」
マイティは乾いた声で笑った。
「まさか。私がじるとお思いか? 姫君は、そのようなばかなことをするお方ではない」
「…………翔」
フライは翔を呼んだ。翔はフライへ歩み寄って、彼女の頭へ銃を突きつける。
「帰れ」
金色の瞳を浅く閉じて、マイティは嗤う。
「安全装置の外し方もわからないような小僧が、偉そうに━━」
翔とフライは顔を見合わせた。
「おっと、姫君。そこの小僧に吠えさせるのも、やめていただきますかな?私は、何度も犬の星へ赴《ルビを入力…》いていますからね。本物に比べれば、そんな小僧の吠え声など、蚊の鳴くようなものですよ」
翔とフライは武器を下ろした。この男には、こんなものやはり利かない。
「もう、手詰まりですか? そのような浅はかな作戦で、よく、今まで持ちましたね」
言うとおりだった。
「姫君。わかっておりますよ。姫君は星へお戻りになりたいのですね。本気ならば、私の乗ってるこの船を奪って、これと同じタイプの船をすべて破壊する━━くらい、やりますよね?」
「あ、相変わらず、悪知恵の働く奴…...。けどさ、そんなことできるわけないじゃない。あそこさ、なんか知らないけど、昔っからすっごくガード固いもん! それに、あんな船壊せるかっての! からかってんの⁈」
「ハハハ。けれど、ばかな連中を使って地球へ行かせ、そこにいる少年を連れてこさせることには成功したようですね。━━この私の留守中に」
「あっ、あれだってすごい必死だったし、すっごいラッキーだったの! あんたほどじゃないけど、うちの星じゃかなり偉いほうの連中丸め込んで、なんとか、翔だけでも連れてきてもらって……‼︎ さすがにあれ以上は無理だったわ。私、あんたと違って、あの船になんかたった一回しか乗せてもらえたことないし……。それも、お父様の気まぐれで。毎日勉強ばかりで、城からだってたまにしか出してもらえなかった。私、宇宙へ出るため必死だった。さすがに、あの連中も独断で私をあの船に乗せることは無理だし━━姫つてことで返って乗せてくんないし━━……」
「聞いておりますよ。『一夜のお相手』、でしたね」
「…………」
「思い切って、お父上にお願いすれば、なんとかなったかもしれませんがね。それとも、後ろ暗くてお願いできなかったのでしょうか」
「だって……お父様やお母様には、頼りたくなかった……。バレたりしても、困るし……」
「手引きしたばかな者どもや、そんな奴らに騙された役立たずの船守どもは、牢へ入れておきましたよ。フライ様がお戻りになられないのなら、辺境の星の開拓奴隷にでもして、一生を過ごしていただきましょうか。どうしようか、迷っているのですよ……」
「あんたって、嫌な奴‼︎ 最低っ‼︎」
マイティはダメージを受けた。もう、泣きたくなるくらい痛い。でも、泣かない。フライが感情剥き出しにしてくれるだけでも嬉しい。子供の頃みたい。夢見ごこち。
マイティは、翔へ目を向けた。
「知っていますよ。君は本当は凶悪犯なんかではない。ばかな猫どもが勝手に騒いでいるだけだ。まぁ、姫君が地球人を略取したうえ、そいつを連れて家出した━━なんて公になるよりは、いいだろう。君は被告者だ。だから、これは最後の機会だ。君はただ頷くだけででいい。そうしたら、地球へ帰してあげよう。責任は私が取る。
━━翔。君を、地球へ帰そう。ただし、この星に関する記憶はすべて消去する。姫君は城へ戻って、女王になる━━」
翔は僕と同じことを思った変な地球人。助けてあげる。━━マイティはそう思っていた。
━━ラスト・チャンス。
地球に帰れる。
それは、翔がずっと望んでいたことだ。望んでいたことだった。




