第二話 「束の間の平和」
フライの自殺作戦はまだまだ効果大であった。なんか試しに翔の吠えまくり作戦もやってみたら、これも利きまくった。必殺技を覚えた気分である。でも、なんか悪者扱いが強化されるから、やめた。不安はあった。あったけど、今はまだとても平和だった。
さっきからずっと併走している報道船を、ブリッジの展望窓から時折横目に見つつ、翔はユウゾウと話していた。ユウゾウは宇宙船だけど、ホログラフィーで猫の姿を取ることもできる。透けるような真つ白な毛に青い瞳。
「俺さ、なんか納得いかないことがあってさ」
「ほう。なんですか?」
ユウゾウの青い瞳は、どこか地球を思わせる。翔は中央の船長席の内の一つに身を沈めている。ユウゾウはその前に立っている。
「だってさ、猫って、なんかちょっと、ばかっぽいのに、なんで、こんなすごい宇宙船とか造っちゃえるんだろ?」
「猫はばかだけど、はかじゃないですよ」
なんかわかるような、よくわからないようなセリフだ。
「うーん」
翔はまた報道船に目をくれた。今までいろんな報道船が取材の申し込みらしき通信を入れてきた。
でも、フライは一度もOKしなかった。通信を繋がせもしなかった。
報道に来たと見せかけて、実は犯人を逮捕しに来た━━なんてなったら困るかららしい。彼らはずっとユウゾウのお魚ボディを映しているだけだ。フライはもしかしたら結構頭のいい猫なのかもしれない。
「あのさ。マイティって、どんな奴?」
ユウゾウはデータベースからいろんな情報を取り出し、翔の知りたいことを教えてくれた。<檻城の姫君>のデータもあった。結末はやっぱりエイムが言っていたとおりだった。
「マイティ・コースト。黒猫。コースト公爵家嫡子。フライの婚約者。幼い頃は、フライの遊び相手だったそうです。事実上、我が星の政権を握っているのは、彼ですね。王や主妃は彼の傀儡とも言えるでしょう」
「傀儡政権か? やだな……悪者っぽくて」
「年齢・十五歳。フライと同年齢。翔よりも、一つ下ですね。冷静沈着で、残酷。天才。他の猫たちが思いもつかないことをたくさんやってのけています。特に、長年チーズを送り焼け友好関係を築いてきたネズミの星へ、チーズの代わりにネズミ取りと猫型ロボット兵器を送りつけ、彼の星を我が星の支配下においた事件は有名です」
「……な、なんか、ちょっとヘン……?」
「ちなみに、ネズミの全長は、成人のオスの平均で一メートル二千センチ。猫よりも、だいぶ小柄です。メスの成人平均身長は、一メートル。猫と同じく、道具を使用可能な五本指を持ち、二足歩行します。言語は、猫も使用しているこの辺りの宇宙の共通語です」
「ふーん……。じゃ、猫の平均身長って?」
「成人のオスが、一メートル七十センチ。成人のメスは、一メートル五十センチ」「へー……やっぱそんなもんか。あ、じゃあさ、フライの父さんと母さんってどんな猫?」
「王は、ランドサット。王妃はアリタリア。性は、二人ともトラディション。コレは我が星の名・キャトラにも通じる名です」
「キャトラ? フライの星の名ってキャトラなの? キャットと茶虎合わせたような名前ー。あ、もしかして、<トラ>って、昔はあの星、虎もすんでたとか?」
「ご名答」
「マジ⁈」
「嘘です」
「おい。……じゃっ、虎柄の<トラ>⁈」
「……すみません。昔のことはあまりデータが残っていません。本当は、トラディションがキャトラに通じるのも俗説の域を出ません」
「おまえさ、無理すんな。嘘もつくな。データにないことは素直にないって言え」「………キャトラは本当です。我が星の名です」
「そう。じゃ、最近急にフライがハマってるテレビドラマ<キャトラ危機三枚下ろし!>のキャトラってフライの星のこと?」
「ノーデータ」
「………そう。ま、いいや。じゃ、フライの本名って?」
「フライ・トラディション」
「ふーん。で、王と王妃って、どんな猫?」
「威厳のあるナイスな王様。みんなが大好きな王様。灰色の素敵な王様。そんな王様は最近地球の童話が大好き。
綺麗な王妃様。やっぱりみんな大好きな茶虎のワンダフルな王妃様。王妃様は、煮干しがお好き。━━と、データにはあります」
「わけわからん。なんか爽め言葉ばっかで」
「王と王妃ですので」
「あっ………う~ん……」
翔の質問は尽きない。
フライは猫のくせにお風呂が大好きだった。いや、石鹸とかはあんまり好きじゃない。湯船に浸かるのが好きなのだ。真っ赤な顔で惚けながら、フライは考える。いろいろ考える。もう歌は一杯歌った。あとはいろいろ考える。
「ヤバイな〜。そろそろマイティの奴にもいい加減気づかれただろうしィ、戴冠式も近づいて来ちゃったし~」
フライはマイティがキライだ。人を見下してるトコがキライ。力で訴えるトコがキライ。なんか、超々々高級カツブシを持ってきたことがあった。エサで釣ろうとするなんてサイテー。アレだったらまだ、その辺の子猫に道端の石もらったほうがウレシイ。乙女心がわからん奴だ、全く。
━━フライは風呂から上がった。ピンクと白のストライプのパジャマを着て、髪はいつもの三つ編みじゃなくて、解いたまんま。鏡見つつ、
「濡れた髪がちょっと色っぽい?」
とか自画自賛する。
タオルドライでいい。ドライヤーは嫌い。浴室や脱衣所兼洗面所の明かりは、彼女が出ていくと、自動的にオフになる。
かわいいあくびをして、猫っぽい仕種で頬を撫でながら、廊下を歩く。
「カナエー。ホットミルク作ってー。二つ」
食堂に行く。そしたら、なぜかカナエとスギタが楽しそうにおしゃべりしてた。スギタはグリーンの猫。
「ははーん? カナエ、スギタ! ぬしら、できておるな⁈」
フライは変な口調で言った。
カナエは慌てて、
「ホットミルクニつ」
とかいってカウンターのほうへ行ってしまう。
「ねースギタ。翔知らない?」
「……なんかブリッジへ行くっていってたぜ」
「ふーん」
フライはカナエからホットミルクを受け取った。ピンクとアクアブルーのマグカップ。
「じゃあね~お二人さん」
フライは食堂を出た。そしたら、今度は食堂のすぐ外にナカジマがいた。いつのまに? ナカジマは白いペルシャ。
「? どうしたの? ナカジマ」
ナカジマはなんか泣きそう。
「ははあ~ん? わかった! 三角関係?」
ナカジマは無言。
「ふーん。ナカジマ内気っぽいもんね。ふふ、じゃ、特別にいいことを教えてしんぜよう!」
急に目を輝かせるナカジマ。
「一番カッコイイのは翔! 翔みたいなら、絶対モテるよっ! マイティみたいのはダメ。わかった?」
ナカジマは遠い目をした。期待外れだったらしい。
「じゃねっ!」
フライは、八割くらいの確率で、この勝負、スキダの勝ちだなと睨んだ。
無情である……。
フライはブリッジへ入った。
翔はユウゾウと話してた。
「でさ、ガリレオってのは、地動説をさ………」
「ふむふむ。データに取っておきましょう」
「ね~。しょーお」
「そんでさ、コペルニクスはさ……」
「ふむふむ。コペル……なんです?」
「ニクス。あとさ、俺が好きなのは、全然話し変わるけど、あれだ、あれ! 桜の花っ! 日本の国花でさ……」
「しょ~お」
「綺麗だぜー。薄紅色の奴っ!」
「待って下さい。日本とは………?」
「ああ、俺の……住んでた国。北は北海道。南は沖縄。日本海と太平洋……」
「しょーおーっっ‼︎」
「うわっ⁈ フライ⁈ いつの間に?」
「私は先程から気づいていましたが、敢えていいませんでした」
「な、なんでだユウゾウ?」
「……おもしろいから」
「おまえってヘン」
翔はフライに向き直った。フライは、翔の隣の席に座って、ピンクのほうのマグカップを翔に渡した。
「……俺、青いほうがいい」
「だ~め。これ私の」
「あっそ。………ありがとな」
翔はそれを口につけた。ほのかな甘みと温かさ。カナエのホットミルクは、香苗の作る激甘の奴よりずっといい。注文したらカナエはそのとおり甘みを抑えたのを作ってくれた。香苗は絶対注文どおりのは作ってくれない。
「平気か?フライ。猫舌なのに」
「いいの。翔とおんなじのがいいの」
熱そうに息を吹きかけながら、舌を軽くやけどしながら、フライはそれを少しずつ少しずつ飲んでいく。
「あーもう。俺とおんなじのがいいなら、最初から冷たいのにしろよ」
「あ、熱ち熱ち……! だってカナエ言ってたもん。翔はホットミルク好きだって……!」
「そっかな? 確かに最近よく飲んでたかも。骨粗鬆症とかは怖いもんな。ほら、フライ。貸してみ。俺、もっとぬるくなってから飲むから。フライもそうしろ。お揃いだろ?」
「う、う~ん………わかった~」
フライは雨に濡れて困っている猫みたく、翔にマグカップを手渡した。
翔はそれを自分の脚で隠すようにして、自分の席の影の、床へ置いた。
「大丈夫か?」
「平気平気~」
フライは下を向いてしまった。
「? あ、あのさ、聞いてくれよ。俺、今日さ、サナエに怒られちゃった。それがさー、ひどいんだぜー。タナベとハラの奴がさ、戦闘ロボットのくせにどこから拾ってきたのか猫缶で缶蹴りしてやんの。しかもその辺の通路で。あいつら、マジな顔して『戦闘演習』だとかなんとか言いやんの。
で、悪いことに、あいつらその辺に猫缶置いたまま、『戦略的撤退』とかいっていなくなっちゃってさ。そしたら、サナエが現れて、言うんだぜー。『翔。あなた、ゴミも捨てられないくらい子供なの? だいたいあなたちょっと最近たるんでるわ。ほら、襟が曲がってる。というより、この猫缶の山はどぉ~いうこと⁈』とかって。
似てるだろ~サナエのまね。サカモトも似てるっていってたぜ。
でさ……いきなり、殴んだぜ? 殴んのっ! ロボット三原則だっけ? なんかそんなのにさ、ロボットは人を傷つけちゃいけないとかってなかった? で、そういったら、『ロボットにだって自由はあります。愛の鞭くらいなら問題ありません』とかサナエ言うの。サナエなら大丈夫だと思うけど、俺の星じゃさ、幼児虐待とか問題になっててさ……」
お掃除ロボット・サナエ。名前がいけなかったのか、なんだか口うるさい母親みたいに翔に接する。早苗は優しい母親で、口うるさいのは妹の香苗のほうだったのだが……。
「……そう」
フライはまだ下を向いている。
「フライ……? どうかした……?」
「う、ううんっ! あ、ね、ねぇナカジマのことどう思う?」
「? 最近蹴鞠がうまくなってきたかな………」
「好きだね~翔。円くなってボール蹴んの!」
「フライもやる?」
「やるやる! でねっ、私見ちゃった! なんとねっ、カナエを巡って、ナカジマとスギタがラブバトルなの! 三角関係なの~」
「……うそ、マジ⁈ あー、どうすんだよナカジマ! だからアイツ……」
「なに? 翔はナカジマ派? じゃっ、賭けない? どっちがカナエとらぶらぶになるか」
「おまえ、おもしろがってるだろ? ナカジマは真剣なんだぞ」
「スギタだって真剣と見たね。だって、見たこともない誠実そうな顔してたもん! あの、イカサマ 師のスギちゃんがっ!」
「......詐欺じゃねぇ?」
「ぜった~い本気‼︎ わかるもん」
「......そうなのか? ヤバイな〜」
「なんで翔はナカジマ派なの~? 私は意外に本気で積極的っぽいスギちゃんのが今んトコかなりリードしてると思うな~」
「だってさ、アイツ、似てんだもん。杉田に」
「スギタ?」
弓道部の高原先輩が好きな、超純情な杉田。
「スギタ? スギタ?」
フライは首を傾げている。
「じゃさ、私はやっぱスギタに賭ける。えつとね~もし負けたら......うーんとね……そだっ! オオタニ先生のお部屋のベッド一日占領件を授けよう!」
「マジ? いいな~あそこ、保健室みたいで居心地いいんだもん。久しぶりに占領してみてぇなあ。カナルんとき以来だな」
「じゃさつ、翔はナカジマね。なに賭ける?」
「.......え? よしっ! 一日中ねこじゃらしで遊んでやろう!」
「ホント? ホント? スゴロクもして! あやとりもして! あとね、心理ゲームと、オセロと囲碁と......」
「わかったわかった。なんでもやる」
「やったー‼︎」
「でも……ホントにスキダも本気なら……。俺、マジメな話。どうしよう……」
「翔は、スギちゃんもナカジマも好きだもんね。それに……翔、優しいし」
「え⁈ あ、でも……フライだってアイツら好きだろ?」
「まぁね。でも、私は翔が一番大好き」
「あ、あ、え、え~っと……っ……」
翔は焦って、照れ隠しに、もうすっかりぬるくなって、もしかしたらかなり冷めてるかもしれないミルクを取ろうとして、しゃがみこんで犬みたいに尻尾を振ってこっちを見ているユウゾウに気づいた。
「な、なにヘラヘラニヤニヤしてんだ⁈ ユウゾウ⁈」
「……キスでもしないかなぁと思って」
涼しい声でユウゾウは言ってのけた。
「なっ⁈ なっな、なに言ってんだユウゾウ‼︎」
「きゃ~や~だ~! ユウゾウったら~っ‼︎」
とても、平和だった。……表面上は。そう━━、水面下ではもうマイティが動き出していた。
翔は、どこか元気のないフライのことが気になっていた。




