第九話 「空翔ける風」
翔は、ユウゾウの庭の超生の上に寝ていた。真っ青な空を虚ろに見つめている。
雨が降ればいいと思った。
━━フライのことを考えていた。あれ以来、フライとは話していない。宴会も三日くらい、ずうっと続いている。もう止める気も起きなかった。翔の知っているフライは、幼い子供みたいだった。よく泣くし、よく笑う。なのにエイムは言っていた。フライは、笑わないと。
『 笑ってたもん!』
フライの声が頭に響いた。
彼女は、叫んでいた。頑なくらい、強い瞳をして。
『翔は、笑ってたもん!』
<檻城の姫君>。檻のような城に囚われた姫。━━まさに、フライだ。彼女は、笑いもせず、ずうっと一人で、城の中で、姫君を演じてきた。
でも、きっともう疲れてしまったのだ。きっとすごく嫌だったのに、一生懸命我慢していたのだ。
何がそこまで嫌だったのだろう。ばかなくらい平和な猫たち。結構楽しそうにも思えるけど……でも、フライには自由がなかった。他の道は決して選べないから。
たぶん、生まれたときから、宿命づけられていたそれが、彼女には嫌で嫌でたまらなかったのだろう。
『あたいには、他にできることがなかったから』
寂しそうに、エイムは笑っていた。
フライはこれからどうなるのだろう。
<檻城の姫君>は結局死んでしまう。少年は自分の星へ帰ってしまう。
……それでも、フライはいいのか?
━━俺は、そんなの、嫌だ。
『十六で較冠するのが、王家の習わしさ。星を司りながら、子孫代々栄えさせていくのが、王家の使命だもん! あの子は、結婚しちゃうんだよっ‼︎!』
━━マイティ。
誰だよ、そのばか猫っ‼︎ ちゃんと、フライの気持ちを思いやってやれるヤツなのか⁈!
『夢なの、宇宙の果てを見ること』
『ねぇ、行けるかな? いつか私、宇宙の果てに行けるかな?』
翔は起き上がった。そのとき、草を踏んで、誰か━━やってきた。翔は、半身を起こしたまま、相手を見上げた。
「いい加減にしろ、翔‼︎ 暴動が起こるぞ⁈」
ナカジマだった。真っ白な顔を怒りで赤く染めている。
「カナエちゃんだって、このままじゃブッ壊れちまうかもしれねぇ‼︎ 食料だって、あんな勢いで食い荒らされたら、すぐ底をついちまうっ‼︎ どうする気だ⁈ 極力、補充にどっかの星へ立ち寄るのは避けねぇとなんねぇんだぞ‼︎ それが宇宙にいるより、捕まる危険性の高いことだからだ‼︎ ━━おまえ、知ってるのか⁈ フライちゃんはなぁ……っ‼︎」
「━━フライ?」
「━━泣いてるっ、泣いてるんだぞっ‼︎」
「……」
「このままだとおまえ、宇宙へ放り出されるかもしれねぇぞっ⁈」
「……なぁ、ナカジマ。おまえ、カナエのことが好きか?」
「なっ……⁈ 何言ってんだこんなときに⁈」
「━━好きか?」
「……好きだ。だからなんだっ⁈」
翔は笑った。おかしそうに、小さく何度も。
「何がおかしい⁈」
それから、フライとねこじゃらし遊びしているときとおんなじ、温かな笑顔になる。
「がんばれよ」
「お、おう。じゃ、じゃあな」
真っ赤な顔をして首を傾げつつ、ナカジマは庭から出ていった。
「な、なんでこんな話になったんだ?」
と、困惑した声を落として。
翔は一人になっても、まだ笑っていた。もう、雨が降ればいいなんて思わなかった。温かな陽光を感じていた。
また、草が踏まれる音がする。今度やってきたのは、エイムだった。相変わらず綺麗だ。自分のために姿まで変えてくれるこの猫を、翔はもちろん嫌いじゃなかった。
「エイム。あのさ………悪いんだけど、もう、宴会はやめにしないか? 食料庫がさ、このままだとやバイんだってさ。それとさ。ごめんな……俺、行けない。エイムたちとは行けない。いつまでもこうしてはいられないんだ。俺は、フライと一緒に逃げなきゃならないから」
「どうしてっ? 翔、死んじゃうかもしれないよ! あの子は他の男と結婚するんだよ⁈」
「でも、フライが泣くから。フライにはさ、誰かがついてなきゃいけないんだよ。たぶん、アイツには誰もいなかったんだよ。笑ったり、泣いたりできる相手が━━だから、ごめんな」
エイムの瞳からは涙がこぼれていた。目も鼻もみんな真っ赤になっていた。
翔は、静かに立ち上がった。少し途惑った仕種で、エイムの背に両手を回した。
「ごめんな」
翔は、エイムの髪を優しく撫でた。
エイムは翔の腕のなか、泣き続けた。
展望室に、フライはいた。たった一人で、しゃがみ込んで、宇宙を見ていた。
「フライ」
声をかけるとフライは耳や肩や尻尾を震わせ、袖で乱暴に目を擦った。
「な、なぁに?」
振り返ったフライは、へたなあくびをした。
「な、なんか眠いなぁ」
俯き気味のフライの隣に立って、翔も宇宙を眺めた。
「行こう」
翔は言った。
「一緒に行こう。宇宙の果て」
フライは驚いて、顔を上げた。涙に濡れた目を見られたことに気づいて、慌てて下を向く。
下を向きながら、涙を流しながら、フライは笑った。
「…………うん」
エイムたちは帰っていった。エイムは、自分の船から大量の食料などをユウゾウに運び込んだ。
すごい量であった。
エイムたち大所帯の宇宙海賊の食料庫というのは、めちゃくちゃ大きいらしい。なんかエイムたちが来る前より、かなり食料増えてねーか⁈ ってくらいたくさん運び込んでくれた。
「ごめんね」
エイムはそう言った。宇宙船に戻る間際。ユウゾウ内の、エイムたちの船へ繋がるゲートの側の通路で。壁に背を預けるようにして。
「なんかあったら呼んでね。すぐに飛んでいけるよう、ユウゾウにさ、うちらへ直に通信入るようにナンバー記憶させておいたから。できるだけたくさんの仲間に呼びかけてみるよ。あたい、やっぱり翔には生きて欲しいから。助けにいくから」
エイムはもうの白猫の姿に戻っていた。片足を揺らして、床や壁を軽く蹴っていた。小石でもあったら、それも蹴っていたかもしれない。
「でも、でも、もし気が変わったら、すぐに通信入れて。翔のこと、すぐに迎えにいくよ。たとえ、宇宙の果てだって。うちらのアジトへ連れていくよ。それから、あたい、一生懸命考える。ばかだけど……翔は頭いいって言ってくれたから、考えてみる。翔が故郷へ帰れる方法。フライが逃げ切れる方法。いろいろ考えてみる。━━で、今考えついたのは、フライも一緒にうちらのアジトへ来ること。━━だめかな。マイティに嗅ぎつけられちゃうだろうな、アジト。それは、頭としてはできないことだね。ずっとお姫さまと一緒に逃げるのは、あたいにはできないや。あたいには、仲間たちがいるもんね。かといって、城から、地球まで行けるっていう船奪うのも無理だね。宇宙ならまだましだけど、星の中で王家の奴らの鼻を明かす自信はないや。━━うーん。だめだね。考えつかない。やっぱ、頭悪いのかな。でも、考えるよ。必ず考えるよ。翔のために━━、……フライのためにもなること」
「ありがとう」
翔は、心からそういった。
「これ、ありがとう。一生大事にする。あたいが手にしてきたどんな財宝よりも、一番の宝物だよ」
首から下げたキーホルダーをいじってから、エイムは大きな帽子を外した。猫耳があっても被れるよう、二つの穴が空いた海賊帽子。
「……これ、よかったらもらってくれる?」
翔はもちろんそれを受け取った。被ってみた。
「きゃはは、似合う似合うー。じゃあね、またどこかで進おうね。だ~いじょうぶ、宇宙は繋がってるもん! またきっと逢える」
エイムは翔の前から姿を消した。角を曲がってしぼらく行くと、フライがいた。何か言いたそうにしている。
「あんたはいいね。物なんかもらわなくても、一杯翔から気持ちをもらえる。ずっと翔といられる」
「あ、あの……あの、私……」
「ば~か。そんな顔すんな。あんたは幸せ一杯なんだから笑ってな! ううん。違うな。あんたは思いのまま振る舞うべきだね。それを翔は望んでる」
「あの……ごめんなさい。あなたの言うとおり、私は翔に嫌われても…………文句は言えないのに。なのに翔と一緒にいて。ごめんなさい」
「だったら、その分、あたいの分も、翔といて。少しでも長く翔といて。翔が少しでも長生きできるよう、努力して」
「……。わかった。努力する。……あの、ありがとう………エイムさん」
「気にすんな気にすんな。友だちじゃん?」
「え?」
「だって、男の好みが一緒なんだよ? あたいら絶対気が合うよ! だから、友だち!」
「………ありがとう」
「泣くな泣くな。あたいまで泣けてくら〜。じゃあねっ! 翔を不幸にしたら、絶対許さないからねっ‼︎ どっかの姫さんみたく『幸せでした』なんていわずに、翔に『幸せだ』って、言わせてごらんよ?」
そういってエイムは去っていった。




