第八話 「すれ違い」
次の日。翔は珍しく寝坊した。寝つきもいいが、寝起きもいい彼には、珍しいことである。考えることがいっぱいありすぎて、眠いのに、なかなか眠れなかった。
ふと思い出した。宴会をやめるようエイムに言うのを忘れていた。━━ヤバイ。なんかまだばか騒ぎしてんのが聞こえてくる。ぶっ通しでやってるのか、今日になって新たに始めたのかは知らん。知らんが、ヤバイ。腹も空いた。翔は食堂へ向かった。
実はもうお昼を過ぎていた。腹も空くはずである。
翔は食堂へ向かいながら、ロボットたちから痛いくらい視線を浴びせられているのに気ついていた。ヤバイ。みんな怒っている。
エイムの高らかな笑い声が聞こえてくる。
「あっははー。いいでしょーいいでしょーこれ、翔にもらったのよねー。かっこいいでしょう! あんた、なんか翔からプレゼントもらったことあるー?」
翔は食堂へ入った。さっきからずっとロボットたちには無視されているのに、宇宙海賊たちは挨拶してくる。
「兄さん、おはようございます」(←……ぉはよ………)
「アニキ、ごきげんいかがっすかー?(よくねぇよ)」
「ボス。お顔お拭き致しましょうか?(←もう洗ったんだが)」
「これ、カツプシ。よかったら、もらってください!(賄賂かよ)」
「よっ! きょうもキマってますね! イカス~! カッコイイ~!」
………とかなんとか。だから、食堂へ入ったらまた挨拶の嵐で、しかもすぐにエイムの所へ連れて行かれた。
「おはよっ! ハニ〜」
エイムは元気だった。ハイテンションだった。いや、そんなことを翔には感じている余裕はなかった。だって……。
「どう? 翔。あたい、あんた好みの女に生まれ変わったんだよっ‼︎」
エイムは人間になっていた。例の猫人間である。よく見ればブレスレットをつけている。首から、紐をつけた、翔が昨日あげたキーホルダーも吊している。
そんなことも目に入らない。
━━かわいかった。綺麗だった。色白で、美人で、グラマラスで、フライなんかにはないオトナの色香が漂っている。でも、ケバイオバサンなんかじゃない。断じて違う。とても綺麗なおねえさん。エイムはどうやらフライよりも少し年上らしい。
「よっ! 親分! 女のカガミ!」
「愛しい人のため姿まで変えちまう。泣けるね~」
酷いが回りまくっている猫たちが冷やかす。
エイムは翔の腕に抱きついてきた。豊満な胸が当たる。腕に当たる。押しつけられる。翔は赤くなった。しかもエイムは翔の胸にまで抱きついてきた。頬を翔の胸に擦り付けて、喉を鳴らす。翔は真っ赤になった。
さらに、いつかフライがしたように、翔の頬を舌で舐める。このままだと唇にまでその舌が届きそうだ。翔は唾を飲み込んだ。な、なんかヤバイ。このままではヤバイ。とてつもなくヤバイ。
もう全身真っ赤に火照った翔は、しかし、エイムから顔を背け、彼女の体を自分から離そうとした。したのだが、エイムは翔にしがみついたまま離れない。
翔の顔を執拗に追って、類を舐めてくる。唇の端をその舌が掠めた。ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。
「━━やめてっ‼︎」
高い少女の声が響いた。翔のよく知った声。翔はすごい勢いでエイムを引き離した。
「うわぁあああああああっ‼︎」
しかも、世界新記録が出そうな勢いで、後ろへジャンプする。ちょうどジャンプした方向にはテーブルとかがなかったが、もしあったとしても、テーブル二つ三つ飛び越えちゃいそうな勢いだった。
「フ、フライ! ち、ちが、違うんだっ‼︎」
エイムは傷ついた顔をした。でも、翔は気づかない。
「い、いった、いつからいたんだ、一体⁈」
「━━最初っから、いたもん」
全部見られていた。血の気が引いた。翔はパニックのあまり吠えまくった。猫たちが怖がって離れていく。
━━エイムは、挑戦的な眼差しで、フライへ歩み寄った。
「は~ん? ほらほらお子さまは帰った帰った。翔もさ、迷惑してるってさ。あんたのせいでいらんトラブルに巻き込まれてさ、もうウンザリしてるってさ」
翔はパニックしながら、頭のどこかで期待していた。無意識に期待しまくっていた。フライが目を吊り上げて、
「なによっ! おばさんっ‼︎ そっちこそ、ちょー迷惑なのよねっ‼︎ あんたこそ帰りなさいよっ‼︎ 翔は私のなんだからっ‼︎」
とか言ってくれることを。だけど━━フライはなんにも言わなかった。
何も言わず、走り去っていった。
「お、おい! フライっ⁈」
翔は失望した。フライは何も言ってくれなかった。━━俺のことなんか、やっぱりなんとも想ってないんだ……。
翔はフライを追えなかった。胸が痛くて涙が出そうになった。翔は徐ろにテーブルに歩み寄ると、誰かの飲みかけの酒の入った杯を取って、それを呷った。
お銚子を次々空けていく。顔が真っ赤になって、目が据わる。
━━やけ酒だった。
この一件で、宇宙海賊たちの中で、翔の地位は不動の物となった。翔の叫び声を聞いた猫たちは、その恐ろしさを実感した。実感してしまった。もう、誰も翔に反抗しようなどとは思わなかった。
密かに「翔をどうにかしちゃおうかな~?」とか企んでいた猫たちも、もうそんなばかな考えは捨てた。
彼こそ、全宇宙の支配者。全知全能なる神。我らが祟め本るべき至高のお方!
……いや、そりやドラゴンのが強いだろうけど、アレは強すぎて問題外。
━━反対に、ユウソウのロボットたちの中で、翔の存在は地に落ちた。




