第七話 「伝説」
━━翔は気づいた。自分の部屋の前に一匹の猫がいる。体育座りして、俯いて、尻尾を体に巻きつけている。
「フライ? どうしたんだ?」
フライは顔を上げた。起き上がる。
「う、ううん。なんでもないのっ! おやすみなさい、翔」
「おやすみ」
フライは隣の彼女用の個室へ入っていく。翔も部屋へ入った。またもベッドへ倒れる。
……フライの奴、どうしたんだろう? おやすみなさいが言いたかったのかな……? なんか俺のこと待ってたみたいな感じだったけど……?
なんか、元気なさそうだったな。なんかあったのかな………?
翔は、ベッドの上へ腰を下ろした。フライの部屋のほうの壁を見つめた。
「………もしかして、あいつらに連れて行かれたときに、なんかされたんじゃ……⁈」
エイムに殴られて気絶して、あの赤猫に連れて行かれた後。━━もしかして何か……..⁈
そう考えると、何かいても立ってもいられなくなった。
その時。部屋のドアがノックされた。
「フライ⁈」
翔はドアへ駆け寄った。ドアの向こうから現れたのは、フライではなく、白猫だった。
「エイム⁈」
「よっ」
エイムははにかみながら、部屋の中に入ってきた。
「いいのかよ⁈ 主役が抜けてきて」
「よく言う。本当の主役は、翔でしょうに」
エイムは部屋を見渡した。ナイトテーブルの上の、翔のショルダーバッグと高校の制服に目を向けた。
「あっ、それ? 俺の高校の制服なんだ」
「?」
「学校。勉強教えてくれるトコ」
「あ。あー……」
なんかエイムは居心地悪そうに身じろいだ。
「あたいぃー、学校、行ったことないからー」
「そうなの?」
「う、うん………」
エイムは恥ずかしそうに下を向いた。でもまだ珍しそうに、制服とかを見ている。
「触ってもいい………?」
翔は微笑した。
「いいよ」
翔もナイトテーブルに歩み寄った。気後れして、恐る恐るそれらに振れるエイムは、なんか小さな子供みたいでかわいかった。
「ほら」
翔は自分の胸の前で、彼女に見えるように、ブレザーを広げた。
「うわー。なんかすご〜い! かっこい~っ! 頭、よさそうっ!」
「そうかな?」
エイムは星の踊るような瞳でブレザーを見つめている。翔は、エイムの肩にそれをかけてやった。エイムは驚いて、すっごく嬉しそうに笑った。その場でターンしながら、
「うわぁーいっ‼︎ すごいすこいっ‼︎」
笑う笑う。無邪気な白猫。エイムも結構若いのかもしれない。もしかしたらフライとおんなじくらいかも。
「ありがとうありがとうっ‼︎」
エイムは綺麗にそれを折ってテーブルの上に戻してくれた。今度はショルダーバッグを見つめる。
「これ、かっこいいね!」
エイムは剣に龍が巻きついた、金色のキーホルダーに触った。金属の擦れる音。鍔の辺りに、青い石が嵌まっている。中学の時の修学旅行で買った奴だ。青い石と赤い石があって、迷った末、青いのにしたのだ。
翔はベッドに腰掛けた。ゆっくりと笑った。
「ね、コスモドラゴンとフレアドラゴンって、どんなの?」
「え? えっとね、蒼いのと赤いの。強いんだよねー」
「かっこいい?」
「うんっ! あたいは結構好き。あとねー、メテオドラゴンってのもいるらしいな」
「どんなの?」
「黒っぽい奴。目が紅くってさー。やっぱでかいらしいねっ‼︎ あたいもまた見たことないけど。あたいのおじいが、見たらしいよ。翔は、ドラゴンが好きなの?」
「どうかな? かっこいいとは思うけど」
「だよねっ! かっこいいよね〜っ‼︎ ……実物前にすると、佈いけど。ねっ、コレ、あたいにくんない?」
青い石のついた、地球の小さな思い出のキーホルダー。でも、エイムに言われるまで忘れていた。そんなちっぽけな思い出と、存在。
「……いいよ」
翔は、キーホルダーをバッグから外して、エイムの手に握らせてやった。
ちょっぴり惜しい気もしたけど、エイムの笑顔を見たらそんな思いも吹き飛んだ。 エイムはキーホルダーを手のひらの上で遊ばせている。
「エイムはさ、なんで宇宙海賊になったんだ?」
なぜだろう。翔はエイムに親近感みたいなものを感じていた。
「え、うーん……」
エイムは床に腰を下ろした。先程のフライと同じ体育座り。ベッドの上の翔を見上げる。
「あたいはさ~、他になんにもなかったんだよね……できることが。それだけ」
エイムはどこか寂しげに笑った。
「あたいのおじいが、やっぱり頭でさ〜、でもうちの親は今時海賊なんてはやんないって逃げちゃった。あたいは置いてかれた。おじいはあたいを育ててくれた。あたいは頭になるために生まれたんだって、おじいは言った。あたいも、ばかだから、他のことなんてできないしね……」
翔はエイムの喉を撫でてやった。
「そんなことねぇよ。エイムなら、きっとなんだってできるよ。だって、今日のエイム、すごかったもんな。強いし、頭いいし」
「頭いい……? 本当に? そんなこといわれたの初めて! あはは~うれしぃな。あっ、でも、宇宙海賊になったこと、後悔はしてないよ。みんなばかだけど、いいヤツでさ〜、あたいはみんな大好きなのっ! そのおかげで翔にも逢えたしね。あたい、今日すっごく、宇宙海賊やっててよかったな~って思ったの」
でも、エイムの表情は曇った。
「けど、けどさ……疲れちゃうの。みんなの前にいると、いつも頭をやってなきゃいけないから」
翔の頭の中には、自分の遥か彼方の家が浮かんだ。学校が浮かんだ。翔は両方とも大好きだけど、時には疲れてしまうことがあった。
「だけど、翔は違うの。翔の前だと、二人っきりだと、ただのエイムに戻れるの」
翔はエイムに心を許した。似ていたのだ。エイムは。自分に。そしてなにより━━。
「あたいは、翔が大好きなの!」
━━フライに。
「エイムは、偉いな」
「えへへ~そうかなぁ?」
翔は辺りを見回した。ナイトテーブル。ガラステーブル。デスク。ワードローブ。チェスト……などなど。フライは、地球っぽい家具をこの部屋に最初から備えてくれていた。青い地球のホログラフを再生したりもできる。
━━白い天井、白い蛍光灯。白い壁
━━壁の向こうの部屋に、フライが居る。
「なぁ、<檻城の姫君>って、知ってる?」
「え? ……うーん。あ、あれでしょ? 伝説でしょ? 檻みたいな城に閉じ込められたお姫様が、遠い星から来た男の子と恋をするの。お姫様は、男の子にキスをしてもらうんだ。そうするとね、姫の呪いは解かれるの。檻城は消えてなくなるの。それで、お姫様はええと━━どうすんだっけかな……?」
「思い出せない?」
「え、えっとねーうーん……逃げるんだったかな……? なんか悲しい話だった気がする」
「悲しい?」
「うん。あぁそうだ! お姫様は死んで、男の子は自分の星へ帰っちゃうんだ! でも、最期に姫は言うの。『幸せだった』って………」
「…………」
「やだね。なんか無理やり感動させようとしてるっていうか、自己完結っての? 無理に綺麗にして、美化してるっていうか━━でも、よく翔知ってたね。これ、わりとマイナーなんだけどな? あははー。なんであたい知ってんだろってか? うちの親が昔聞かせてくれたのかな……? おじいかな?」
「━━フライが、前に言ってたから……」
エイムの顔色が変わった。
「……」
考え込んでしまった翔には、エイムの変化がわからない。
「……なんだ、そうか……そういうことか。あたいも酒に酔ってるのかな? すぐ気づきそうなもんなのに……」
「……」
「あんな、あんな姫さんの、どこがいいの?」
「……えっ?」
「あたい、知ってるよ。フライ姫は、まじめだって評判だけど……けどさ、でも、笑わないんだって」
「……笑わない……?」
「そうだよ ! 決して笑わない変なお姫さんだって! あたいも見たことないや。嘲笑くらいなら今日、見たけどさ。それすら珍しいんじゃない? 表情の乏しい姫なんだって!」
「嘘だ!」
「嘘なもんか! なんだったらみんなに訊いて回るといいよ。あんた、いい加減目ェ覚ましなよ! あんた、利用されてるだけじゃないか! このままじゃ、あんたいつか殺されるよ⁈ あんたの星になんか帰れっこない‼︎ 今はまだいいさ。でも、戴冠式が近づいてごらんよ。猫ってさ、キレると怖いんだよ? あんた、確実に死ぬよ。
……そうだ。うちらの船においでよ! 王家だってまだ知らない秘密の隠れ家があるんだっ! 仲間以外にゃ場所も教えちゃいけないんだけどさ、あんたなら平気だよっ‼︎ あたいじゃ、あんたを地球へは帰してあげられないけど、かくまってあげられる。少なくとも、あんな自分勝手な姫さんといるより、長く生きられるはずだよ⁈」
「……」
「そうしなよ⁈ ねぇ、そうしてよ⁈ あたい、あんたが死んじゃうんなんて嫌だよぉ!」
エイムは、翔の腕にすがりついた。翔はなぜか、彼女から目を逸らしてしまった。
「…………。あんたさ、王家舐めてんの⁈ そりゃばかばっかだけど、あそこにはマイティがいるんだよ! 切れ者のあの黒猫がっ‼︎」
「……マイティ?」
いろんなところで聞いた名だ。翔は、重鎮かなんかだろうとは思っていたが……。
「あんた……そんなことも知らないの? なんにも話してないんだね。あのお姫さんは。よくそれで、あの子のこと、信じられたね⁈ 公爵家のプリンスさ。へぇ~じゃぁあのことも知らないんだ? かわいそう」
意地悪く、エイムは笑った。
「フライ姫はね、もうすぐ域冠する。それは知ってるよね? 十六で戴冠するのが、うちらの星の王家の習わしさ。その時、その時さ━━ほんとに考えつかなかった? ふふふ、結婚するんだよっ! 当たり前じゃん? 星を司りながら、子孫代々栄えさせていくのが、王家の使命だもん! あはは、あははは」
エイムの笑いが掠れる。翔はものすごく怖い顔をしていた。でも、エイムは言わずにはいられなかった。
「その、その相手ってのがあれだよっ! 婚約者のマイティさま。あはははは。あの子は、結婚しちゃうんだよっ‼︎ 残念だったね! あはは、あはははは……」
泣いていた。エイムは表面上は笑っていたけど━━心の中では泣いていた。どうして今日逢ったばかりなのに、こんなにこの人のことが好きなんだろう……? 心が壊れそうだ。砕けそうだ。悲しくて愛しくて、こんなにも想いが膨らんで膨らんで破裂しそうだ。
「……なんだよそれ……」
迷い子みたいに呟いて、翔はエイムの両腕を掴んだ。━━痛い。怖い。翔の目は、怖くて怖くて、でも悲しい。
「なんだよそれっ⁈ そんなの俺聞いてないぞっっ⁈」
エイムは泣きそうになった。子供のように大声で泣きたくなった。
「翔のバカっ‼︎」
逃げてしまった。もう、見ていられなかった。エイムは翔の部屋から逃げ出した。
なんで。なんで翔は、あの子のことばかり、あんな、あんなに一生懸命に想ってるの? あの子のために、声を嗄らして叫ぶのっ⁈ あの子のために、あの子のために、そればかり━━‼︎




