第一話 「恐怖」
第一話 「恐怖」
闇が怖い。
子供のころ夜道で、居もしないとはわかっていても、必死におばけを否定する歌を歌っていたのを思い出した。
高校生になった今でもまだ闇が怖いなんて、誰にも言えない。
言えばみんなばかにするに決まっている。親も、妹も、クラスの奴らも。
なのにどうしてこんな人気のない小道を歩いているのだろう。闇に纏われつかれながら。
何もここを歩く必要はなかったのだ。もう一つ先の通りを歩いたって、家への距離は大して変わらないのに。
━━突然、光が瞬いた。目が眩むような白光━━。
次に気がついとき、まだかなり微睡む意識の中で、翔は自分がどこかに寝かされているのを感じた。大勢の者たちが自分を囲んで、何か騒いでいる。意味不明な言語。何か眩しい照明に遮られて、奴らの姿を見ることができない。霞んでいく意識の中、脳裏に単語が浮かんだ。
━━宇宙人。UFO━━。
闇を歩く自分。光。現れたUFO。寝台に寝かされた自分。解剖されていく体━━。
「うわぁぁぁぁぁっっ‼︎」
自分の声のばかでかさに驚いて、翔は目を開けた。呆然と白い天井を見つめる……何かばかげた夢をみていたらしい。
寝汗と荒波のような鼓動。まだ覚めない恐怖。
「ははっ……」
苦笑して、顔を横向ける。
途端、寝ぼけていた意識がクリアになる、瞳が全開する。慌ててシーツをはね除けて、上半身を起こした。
猫が居た。
暗色のペルシャ、シャム、アメリカンショートヘア。部屋の一隅からこっちを威嚇している。━━でかい。でかすぎる。四つん這いになって固まっているからかよくわからないが、着ぐるみかと思うくらい猫たちはでかい。立ち上がった。猫のくせにに二足歩行する。まさにきぐるみだ。やっぱりでかい。各々一メートル七十センチ以上ある身長。
そいつらが一斉に翔の周りに集まってくる。ベッドの周りを囲まれた。
違うのだ。風船持って握手してくれる奴らとは明らかに違う。
本物の毛並み。ビー玉のような瞳が瞬く、牙を覗かせて開いた口から紡がれたのは━━言葉⁈
しかもなぜか日本語⁈
翔はわけがわからない。
まだ夢を見ているのだろうか━━。
「おいおいコイツバカみたいに口開けてるぞ」
「寝ぼけてんのか?」
「びっくりしたー。いきなり叫ぶんだもん」
なんか猫たちが言ってることはわかるのだが、動揺していて内容までは頭に入ってこない。こんなリアルでメルヘンでばかな夢は初めてだ。
猫たちの話の断片━━「フライ様」とか「マイティ様」とか言うのがなんか聞こえたが、それよりも翔は周りを見回す。
白い部屋。天井も壁も床もみんな白。見慣れぬ機械が、壁際に並んでいる。ベッドの周りにもたくさん。なんだか病院のようなイメージだ。いくつもある丸い小窓の向こうに広がるのは━━闇? 今は夜か……?
星が見える。無数の星? ええと━━。
「小惑星群だよ」
シャム猫が言った。意味がよくわからない。
「もうじき、我らが星につく」
翔はいきなりベッドから飛び降りるようにして、窓辺に走った。窓に張りつく。
宇宙。
彼方に広がる小惑星群。
後ろへ振り返った。息を飲み込で、翔は猫たちを順繰りに見る。
━━宇宙船? これは、今俺がいるのは、宇宙船の中で━━そうすると、あのでかい猫たちは、宇宙人━━宇宙猫? 未確認生物? ━━そうすると……。
「うわぁぁっっ‼︎」
翔が叫ぶと、猫たちが素早く散らばって、部屋の二隅に逃げ出した。再び威嚇するようにこちらを見ている。
思い出した。さっきの奇妙な《《夢》》。違う。そうじゃない。俺は夜道を歩いていて、なんかサメみたいな形をしたあんまUFOっぽくないUFOを。白光の中に見たのだ。遠近法からいって、かなりでかい船だ。だっていきなり超眩しく光ってて、光の中、いきなり俺の体が浮かされて、否応なしにそいつへ向かって上昇させられたんんだ。それってUFOだろ?
……あれも夢か? じゃあ。じゃあ……。
自分の体中を見回す翔。見飽きた高校の制服。両手。脚。スニーカー……イヤリング? 右耳から垂れる金の鎖の先に、猫の顔のマスコットがついたソレ……。
耳たぶに触る。……ピアス?
なんで? 俺、ピアスホールなんて開けてない━━。
翔は、よく猫の目みたいだといわれる目を、二足歩行で恐る恐るこっちにやってくるどでかい猫たちに向ける。
「うわぁぁぁぁっ‼︎ 来るなぁっ!」
翔がそう言うと、猫たちは素直に止まった。
「何なんだオマエら、俺になにをしたんだ⁈ 解剖か? 人体実験か? なんかわけわかんないもん、俺の体に埋め込んだのか⁈」
猫たちは合わせた顔を傾げる。
「何言ってるんだ?」
「やっぱりまだ寝ぼけてるんじゃないのか?」
「解剖⁈ 怖いこと言うなぁ……。そんなことするわけないだろう。…フライ様、こんなののどこがいいんだ?」
猫たちの言葉を、翔は遮る。
「こ、このピアスはなんなんだよ⁈」
「? それはフライ様のご趣味で……」
「フライ様?」
「……ただの翻訳機だが」
「翻訳機⁈」
翔は今にもキレそうになっている。いや、気絶するかもしれない━━。
翔の中の宇宙人のイメージ=マッドサイエンティスト系なのである。理由は、数年前に見たUFOスペシャルが━━怖すぎたからである。
それを観た時は、本当に宇宙人が怖かった。そんな記憶が、不意に押し寄せてきた。そう。あれは中学生の時だ。なにをとち狂ったか、授業中に先公が言った。
「宇宙人を信じてる奴、手を上げろ」
翔は大恥をかいた。クラスで手を上げた奴は、自分一人だけだった。
「なーアイツ、なんか危なくないか?」
「地球人って、みんなあーなのか……?」
このままでは翔一人のために、地球人の株が下がってしまう。
しかし翔はどうしても、宇宙人=友好的とは思えない。このままだは猫嫌いになってしまう。
━━プリティなアメリカンショートヘアが咳払いする。実に人間くさくて胡散臭い仕種だが、とってもかわいい。でも翔にはこのかわいさがわからない。
「えーコホン、コホン。聞きたまえ。翔。君はラッキーだ。もったいなくも、我が星のプリンセスであらせられる、フライ様が、君をご所望している━━」
「は⁈ なんで俺の名前? 所望? フライ……?」
「聞きたまえ。君はご光栄にも……」
と、そこでいきなりペルシャ猫が陽気な声で割り込んできた。
「おめでとうございまーす! あなたは姫君の一夜のお相手に選ばれましたー!」
クラッカーが鳴った。シャム猫の仕業らしい。もう本当にわけがわからない。
「一夜の相手?」
あぁ。もう、猫なんて大っ嫌いだ━━。
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