Ep.2 万能型
恐ろしく早い今日一日が、最後まで残していたのは、六時限目の体育。脳はずっと待ち侘びていた。キャサリンの体操服の、その無防備さを。きっと軽やかに舞う彼女の、しなやかなボディラインを。
「オー、タクサン!」
「身体測定だ、やってないのはお前だけだから、紙に書いて出しといてくれ。」
教師の声を聞いてから、ちらりと彼女を眺める。案の定、きょとんとしたまま立ち尽くしていた。無理もない。
「ケンスケ、テツダッテ、OK?」
さりげなく名前を呼ぶ彼女に、ドキッと心が震える。なるほど、ヨーロッパはこんなもんか、などと早合点した。期待し過ぎたら、きっと気色悪くなってしまう。
「あ~、まあそうだな、慣れないもんな。OK。」
やれやれ、という体で居たかった。けれど、身体がそれを許さなかった。頬が軽く持ち上がって、目尻をクイと押している。
「ケンスケ、ミテテ!」
キャサリンの身体は、熱をほんのり保持していた。染みのひとつもない体操服とは対照的に、近づけばその温もりをしっかり感じられる。心地いい感覚に、俺の身体から力が抜けていった。
「――55キロッ!?」
瞬間的な緊張。飛ばした声は、体育館を丸ごと釘付けにした。先までの安らぎも束の間、ペンを持つ手が静かに震えている。細い身体のどこに、そこまでの筋肉があるというのか?肉欲に先立つ疑念が、俺の視線を操った。
「オー、コショーデス、タブン。」
そう言いながら、彼女は軽く手を離し、今度は逆の手で測定器を握り込む。衝撃にふらふらしていた針が、今度は35キロでぴたりと止まった。
「イツモ、35クライ。コショーデスネ。errorデス。」
少し、早口に聞こえた。けれど、そこに踏み込もうとは思えなかった。
ひょっとして、力が強いのを気にしているのかもしれない。或いは、もっと複雑な何かを誤魔化しているのかもしれない。そう考えると、自然に足が竦んでしまう。
「なら、次は腹筋かな?」
「アー、アレデスネ、アレ。シッテマス……ハイ、オサエテ?」
無防備な太ももが差し出される。抑えるのはきっと、脚よりむしろ欲望だろう。軽く跪くと、体育館の匂いが鼻を刺した。まるで、忠告するかのように。
「エヘヘ……ヤッパリ、ハズカシーデス、マッテテ。」
そう告げて、ひとりでに身体を起こすキャサリン。他方、俺の不安を叩き起こすのは推測。
もしかして、不快にさせてしまったのでは?少し引かれてしまったのでは?
「――25デス!」
威勢よく告げる彼女。その笑顔の柔らかさだけで、全てが救われてゆく心地がした。