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Ep.1 ケンスケ

「はい、それじゃあ教科書出して。ああ、悪いんだけど田村さん、貸したげてね。」

また、胸の逸る音がした。否応なしに、机を近づける彼女。ちらりと覗くと、豊満な胸のふくらみが、机に押し付けられていた。

ガタン、と鳴ったかと思うと、キャサリンは既に目と鼻の先。荒ぶる俺の鼻息は、その鼻の下を温めていた。

「タムラ……ナマエ、ナマエ……キキタイ、デス。」

薄紅の唇から、息遣いと温もり。純朴な蒼い眼は、俺の顔だけを見つめている。

「ああ、謙介だよ、よ、よろしく。ケンスケ、ね。」

「ワォ、ケンスケ!()()()()()()()()、みたいデス!」

「えっと、戦国()()だよ、それじゃ血が吹き出てるから……」

時が止まっているような心地だった。もはや、教壇のことなど頭にはない。きょとんと微笑む彼女の、柔らかそうな頬の肉。膝にやったままの手は、求めるように震えていた。


「はい、早速だけどキャサリンさん、この問題を解いてみてくれるかな?まあ、英語は余裕でしょうけど。」

「ワッカリマシタ!」

溌溂とした声を出して、スタスタと教卓へ。自分が男を惑わせているなんて、知る由もないという仕草だった。

「Neither of the students ……doing their homework properly……Uh,"are"、ガ、タダシイデス、ネ?」

「ええっと、キャサリンさん、ここは"is"のはずよ、で、でも先生はネイティヴではないから、もしかして"are"でもいいのかしら?」

米袋を倒したように、教室中がざわつき出す。ただ一つ、俺の心だけは、まだ彼女の残り香に酔っていた。

「Ну……アノ、ワタシ……サユ……アー、()シアとイギリスのハーフ、ダカラ……()シアゴのホウ、トクイナンデス。ナマエ、キャサリン・ドミトローヴナ・ウィリアムズ、デス。フツウ、マンナカはイイマセン。」

「ああ、そうだったのね、でもイギリスで育ったって言ってなかったかしら?」

まだ騒がしい教室。何食わぬ顔で手先を弄る俺の内心は、思わぬ新要素に色めきだっていた。ロシア語で、愛の告白はなんて言うのだろう。調べることが、また一つ増えてしまったらしい。

「パパ、ママ、いつも()シアゴでシャベッテマシタ。」

「あら、そうだったの。なら、一緒に学んでいきましょうね。それじゃ、下がって。」

「ハーイ。」

やり遂げたという感じを出しながら、ゆっくりと戻ってくるキャサリン。双眸はただ、俺の方に向けられていた。

脚注:Нуは、日本語でいうところの「ええっと……」みたいな意味合いの相槌です。

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