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イベント・夏

神社参りと暑い夏

掲載日:2025/07/04




 学ランが終わる。

 

(姉さんの時はみんな一緒だったのに)

 今や学ランは僕たち3年生だけになった。

 

 寂しい気持ちが募る。

 ブレザーに袖を通してみたい気持ちもあった。

 

「そうだ!神社に行こう!」

 いろんな気持ちが心の中を駆け巡る。

 はやる気持ちを抑え僕は神社に足を向けた。


「あれ?小銭500円だけだ」

 どうしようかなと思い少しの間手が止まる。

(まあいいや。大盤振る舞い、大奮発(だいふんぱつ)だ)

 僕はお賽銭(さいせん)を入れ鈴を鳴らし二礼二拍手一礼した。

 

「どうか学ラン……学生服のことを」

 学ランは学生の洋服と教わった。

(ランはオランダのランって先生は言ってたな)

 明治の時代に洋服は珍しかったのだろう。

 今は巷にあふれている。

(せっかくだし正式名のが良いよね)

 僕はそう思いなおし願い事を続けた。

 

「みんながずっと覚えてくれますように」


   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆


殊勝(しゅしょう)な心掛けじゃな」

 帰ろうと拝殿に背を向けたら後ろから声がする。

 振り向くと小さな女の子がいた。

「わしはこの地域の氏神じゃよ。水の神じゃ」

(あれ?姉さんから恋愛成就って聞いたぞ?)

「神の顕現で戸惑うておるな」

 僕が考えてる間も女の子はぺらぺらと話し続ける。

(まさに立て板に水だね)

 

「学生服でこの金額。なんぞ望みがあるのかえ?」

「え?そうだな……少し前の時代に行って見たくて」

 神主の子かもと思いひとまず話を合わせてみた。

(ごっこ遊びに付き合うのも年上の役目だよね)

 小さい頃姉さんが付き合ってくれたのを思い出す。


「よかろう。その願いかなえて進ぜよう」

 女の子がそういうとあたりが真っ白になる。

 

「行くだけじゃぞ。干渉はなるべく控えよ」

「え?あ、うん。わかった」

「歴史が変わることもありうるでな。約束じゃぞ」

 女の子が話し終えた瞬間、光が僕を包んでいく。

 

   ★   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 

「ここは……中学校?僕の通う?」

 僕は周囲をぐるっと見渡してみた。

 

(卒業生が植える木が減ってる……)

 女の子は本当に氏神様だったのと僕は頬をつねる。

 確かな痛みを感じ、校門をくぐり探索を始めた。


(まずは今が何年なのか卒業生の木を見に行こう)

 そう思い木を見に行くと先生に見つかる。

 先生は僕の手をつかむと職員室に連れていく。

 

(うわ白っ!?なにこれたばこの煙?)

 白い煙がもわもわとする中お説教が始まった。

 

(こういう話って自己満足もあるからなあ)

 謝罪してほしいのはわかる。

 それだけでは指導側だけが満足してしまう。

(なにに怒ってるのか怒られてるのかを教えてよ)

 お互いが理解できるよう言ってほしくあった。


 馬耳東風に聞き流そう。

「制服がうちのだから転校生の学校見学では?」

 そうしていたら近くの先生が割って入る。

「だったら先に職員室にきて見学届でしょうに!」

 ぶつくさ言いながら見学届を先生は持ってきた。

 

(え?名前だけ?住所や電話番号とかは?)

 先生が厳しい分書類はゆるいのかなと考える。

 そして名前のマスミのマを書いて手を止めた。

 

(仮の名前にしとこうか)

 僕は氏神様との約束を思い出す。

 そしてマサトと名前を書いて提出した。


   ★   ★   ☆   ☆   ☆   ☆


 改めて学校内を探索し始める。

 

「おい聞いたか。今日30℃だってよ!」

「あっついわけだわ!部活前に水飲んどこうぜ!」

(え?30℃で熱い!?)

 校庭に向かう生徒たちの会話を小耳にはさむ。

 驚いてあたりを見渡す。

 

 風が音楽室から吹奏楽部の練習の音色を運ぶ。

(窓全開……エアコンはまだなんだ)

 僕の時代では各教室に1台ずつエアコンがあった。

(ひょっとしてエアコンの室外機が猛暑の原因?)

 排熱の空気を冷やせたらと閃く。

 まさかねと思い僕は気を取り直し校庭をを見る。


 校庭では野球部が練習をしていた。

(僕の名前は野球選手から取ったんだっけ)

 お父さんもお爺ちゃんも大の野球好きと聞く。

 だから野球選手になるのが僕の夢だったりする。

 

「先生!スズキ君がバテてヘロヘロです!」

「日射病か?木陰に運んで水飲んで休ませろ!」

 校庭から声が聞こえた。

 

(日射病ってなに?あとペットボトルは?)

 水筒からお茶を飲む姿を見て疑問に思う。

(中身を半分にしたペットボトルの斜め凍りは?)

 ペットボトルができる前(※1)時代に来たのだろう。

(たぶん熱中症のことだろう。次はどこに行こうかな)


   ★   ★   ★   ☆   ☆   ☆


 ぶらぶら歩くと消毒の匂いが鼻をくすぐる。

 

(保健室……そういえば保健の先生が言ってたな)

 脱水症状について保健委員の僕は教わった。

 

『1kg(キログラム)は1(リットル)で計算してね』

 体重50kgの人がいるとしよう。

(人の体の60(パーセント)は水なんだよね)

 

 だから人の水分量は

 50kg×60%=30L。

 

 のどが渇いた時点で1%は減っているから、

 30kl×1%=0.30L。


 mL(ミリリットル)に合わせると

 0.30L×1000=300mL。

(小さいペットボトル約1本分になるんだよね)

 

 厄介なのがヒトの体の水分吸収量。

『一度に吸収できるのは200~250mLよ』

(のどが渇いたって感じる時点で少し遅いのか)

 だからこまめな水分補給が必要になる。

 

(だいたいの脱水症状の目安が……)

 1%でのどが渇く。

 3%ぐらいで顔がほてる。

 5%から歩行がふらつく。

『%の数値は目安よ。人や場所で変わるからね』


 保健の先生の話を思い出していると中庭に出る。

 プールが併設する体育館付近で生徒が倒れていた。

 

「大丈夫ですか!?」

「うう……」

 仰向けると男子生徒の唇が青紫色に変わっている。

(これはチアノーゼ!脱水症状が進んでる!)

 急いで周囲を見渡す。

 いるのは僕と男子生徒だけだった。

(意識ももうろうとしてるし――ええい!)

 氏神様との約束はこの際置いておく。

 脱水症状が進行すると命にかかわる。

「急いで保健室に!っと!」

 男子生徒をおんぶして保健室へ急ぐ。


「留守!?」

 保健室の前で息を切らしながら僕は言葉を発した。

『職員会議に行ってきます』

 かけ看板が入り口にかかっていた。

 

「緊急事態なのに!」

 僕は保健室に足を踏み入れる。

 そしてベッドに男子生徒を横にする。

「冷蔵庫は――あった!」

 氷枕を取り出し男子生徒の首筋を冷やす。

「袋はどこだろう?氷嚢(ひょうのう)がいる!」

 脇や足の付け根を冷やそうと袋を探す。

(その前に経口補給液!砂糖と塩とぬるま湯と!)

 家庭科室にあると思い僕は扉に向かう。


   ★   ★   ★   ★   ☆   ☆


 扉を出た瞬間、目の前が真っ暗になった。

 

「そこまでにしとこうか」

 氏神様の声がどこかから聞こえる。

「どうしてさ!早く多く水分がいるんだよ!」

「約束したじゃろ?見ておくだけと」

「命がかかってるんだ!助けるのが人でしょう!」

 暗闇の中、僕は声を張り上げる。

「殊勝な心掛けで結構。じゃから大目に見ておった」

 氏神様が姿を見せ周囲がほんのりと明るくなった。

 

「歴史の歯車がずれだしたからの」

「経口補水液とか氷嚢とか?」

「左様」


 氏神様は短く話すとじっと僕を見る。

「技術は変わると大目に見たわしにも責任はあろう」

「そんなにすぐ変わるの?」

「胸部圧迫のマッサージも前に背部圧迫があっての」

「そうなの?」

「アメリカでは赤十字が推奨してた(※2)じゃ」

 伊勢湾台風が来るまで続いていたと氏神様は言う。

 

「あの者も本来の歴史では人が助けておったぞ」

「え?」

 氏神様の言葉で僕の体から冷や汗が流れた。

「ひょっとして余計なことした?」

「左様。人の縁の巡りあわせを妨げた責は思い」

 氏神様の言葉の後に沈黙が流れる。


「なあに安心せよ。誰かを助ける心がけは立派じゃ」

 僕の行動を氏神様がほめてくれた。

「それに免じ減刑しておこう」

 氏神様はそういうと僕の体に手を入れていく。

 

「この歯車で歴史の流れを調整しておくでの」

 僕から歯車を取り出して氏神様は背を向ける。

「いずれまた会おう。ではな」

 

 その言葉を最後に僕の意識は闇に落ちていった。

 

   ★   ★   ★   ★   ★   ☆

 

「あ起きた」

 気が付くと光の中にいて姉さんの声が聞こえる。

 ぼんやりとした視界の中声のする方に顔を向けた。


「良かった。浅い眠りで」

 姉さんはそういうと僕を軽々と持ち上げる。

(え?なに?なにごと!??あと声が!)

 声を出そうとしても口がパクパク開く(※3)けだった。

「ぐっすりだと夜の寝かしつけが大変なのよね」

 僕を横に抱いた姉さんはゆらゆらとゆらす。

「お腹すいたのねーすぐにミルク来るからねー」

 姉さんの声は赤ちゃんをあやす声に聞こえる。

 

「マスミちゃん起きたの?」

「母さんは休んで!マスミちゃん産んだなら特に!」

 姉さんは僕をもとの位置に戻すと母さんに言う。

「和痛分娩でしょ?骨盤戻るまでは安静にしてて!」

 姉さんと母さんの話でピンときた。


(今僕は赤ちゃんなんだ……これが責か)

 僕は氏神様の言葉を思い出す。

(中学生の僕は消えちゃったんだな……)

 父さんと母さんに心の中で詫びる。

 

「もうすぐご飯できるよ」

「先にマスミちゃんにミルクやろうぜ、姉さん」

 僕はびっくりして後の声を聴きなおす。

 

(この声は僕の声!)

 姉さんがまた横向きにだっこする。

 声の主を見ようとしても視界はぼんやりだった。

(ひょっとして赤ちゃんって視力低い(※4)?)

 僕は自分の状況をもどかしく思う。


「ミルクどうしようかな?お風呂場でしようかな」

「そうね。けぷってしたときもあるしなんなら――」

「私もミルクあげたいの!」

 母さんの言葉の先を読んで姉さんが先に言う。

「まあ昼間は母さんがあたえてるから」

 父さんの母さんをなだめる声が聞こえる。

 

「俺もミルクやってそのあと入浴かな」

 僕の声の誰かが言う。

「待ってマサトさん。消化吸収の時間はとって」

「30分から1時間ぐらいが目安だぞ」

 母さんと父さんの声が声の主をマサトと告げた。

(中学校で書いた仮の名前!)

 僕が驚いている間にも話は進んでいく。


「あとおむつも持って行くと良いわよ」

「赤ちゃんの胃は小さいからおむつ交換は多いぞ」

「わかった。あとなにか注意することある?」

 姉さんが母さんと父さんに聞く。

「哺乳瓶は吸啜窩(きゅうてつか)にあてると良いわよ」

「上あごにあるくぼみのことだね」

 母さんの声にマサトの声が答えた。

「マスミちゃんには探索反射や吸啜反射があるから」

「ほっぺになにか当たると首振ったり吸う反応よね」

 父さんの声に姉さんが確認をとる。

「あとはそうね。今日一か月検診が終わったわ」

 愛おしげな声の母さんは僕を見ている気がした。

「それで次のお休みにお宮参り(※5)行こうと思うの」

「私も行く!それでお賽銭入れる!500円!」


 大奮発よと姉さんの声が聞こえる。

 おおかた胸を張っているのだろう。

 

「姉さん、語呂合わせも考えて」

「語呂合わせ?」

「500円だとこれ以上の硬貨はある?ってなるから」

「効果を硬貨に変えてごらん」

 父さんの助言に姉さんは悩み出す。

「お賽銭は気持ちだよ」

 悩む姉さんに父さんの優しげな声で言う。

 

「え?ならいくらでも大丈夫?どうして語呂合わせ?」

「よく言われてるから、かな」

 姉さんの声にマサトは答えた。


()縁がありますようにで5円とか」

「ああ。()()縁をって12円や22円とかよね?」

「そう。()分な()()恵まれるで17円や57円」

「どれも正解よ」

「大切なのは気持ちだから」

 父さんが同じ言葉を繰り返して念を押す。

 

「氏神様ってなんの神様だったっけ?」

「水の神様、水神様だよ」

「あれ?恋愛成就は?」

 マサトの質問に父さんが答え、姉さんが聞く。

「水に流すのが恋愛や人間関係の秘訣よ」

「そもそも言い伝えによれば昔この辺りはね」

 姉さんには母さんが答え、父さんが昔話を始める。


「大雨や河川の氾濫でみんな困っていたんだ」

「そこで水を神様として(たてまつ)ることにしたの」

「これが氏神様の言い伝えだよ」

 父さんの解説に母さんが続きまた父さんが話す。

「参考になったよ。ありがとう父さん母さん」

 

「それじゃお母さんはお父さんとお話してるから」

「先にミルクを与えておいで。食事はそれからかな」

 母さんと父さんの声が遠ざかる。

(姉さんに抱かて移動ってなんかふしぎな感じ……)

 

   ★   ★   ★   ★   ★   ★

 

「えーっとオムツは確か階段下の物置よね」

「そう。俺が出そうか?」

 ろうかで姉さんたちが話をしている。


「大丈夫よ。私一人でできるから」

「マスミちゃん抱いたままで?」

「ぐぬ」

 物置前につくと姉さんはしぶしぶ僕を手渡す。

 

「大丈夫よね?ちゃんと抱いてよ?世話してよ?」

「約束する。お祖父ちゃんを助けた人の名にかけて」

「私も男の子だったらその名前もらえたのに」

「マサミも良い名前じゃん?」

「そう?あマスミちゃんは良い名前だからねー」

 姉さんはそういうと物置を開けておむつを探す。

 

「マスミちゃんご機嫌ナナメだねー。べろべろばー」

 警戒する僕をマサトがあやしてくる。


「っとそうだマスミちゃん」

 そういうとマサトは僕の首に手をあてて担ぐ。

 

「やりたかったことは全部俺が引き継ぐからさ」

 マサトは僕の耳元で小声でささやく。

「だから安心して新しい人生を謳歌(おうか)してな」

 僕は大きく目を見開いて口をパクパクする。

 

「あー!まだ早い!マスミちゃん縦に抱くのは!」

 姉さんの声が聞こえ、僕は横向きに抱かれた。

「ナナメだよ?」

「斜めも!首が座るまでは横に抱くの!」

「そうなのか。ごめんなマスミちゃん」

 マサトはそう言って僕の頭をなでようとした。


「そこ大泉門(だいせんもん)!なでるなら頭蓋骨(ずがいこつ)のある所!」

「大泉門……たしか頭蓋骨のくぼみだったかな」

「そう。赤ちゃんが産道を通るための工夫よ」

「骨がバラバラ(※6)なってるんだっけ」

「そ。できる限り体を小さくして産まれるのよ」

 姉さんは愛おしいそうに僕を抱いてあやす。

「ありがとう姉さん。教えてくれて」

 マサトの謝る声が聞こえた。

「お詫びにおむつは僕が変えるよ。それで良い?」

「まったく。赤ちゃんの世話はちゃんとやってよね」

「はーい」

 僕の足元でマサトが動く。

 おむつを拾っているのだろう。

 そう思ってるとマサトからの視線を感じた。


「約束を破るとどうなるかよくわかったよ」

















※1 飲料用500mlペットボトルは1996年(平成8年)から本格的に作られています。

※2 1903~1959年まで米国赤十字は背部圧迫方式を推奨してました。

※3 赤ちゃんの声は産後2か月ぐらいからクーイングが始まります。

※4 生まれたばかりの赤ちゃんの視力は低く、色や形の識別は3か月ぐらいからです。

※5 生まれて1ヶ月前後に行く神事です。女性の体調に合わせ遅らせている人もいます。

※6 赤ちゃんの骨は約300本あります。大人は200本ほどです。

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