閑話5. マリンの忙しない日常
アッシュたちが冒険者として旅立ってからのガウルでの一幕。
あの娘が、夜な夜なアッシュの部屋に入ってゆくのを私は知っている。
今日もダリアを野放しにすることを決めた。アッシュたちが旅立ってからもうずっとだ。私以外、誰もいないあの部屋に通うダリアのことは知らない。ただ、いつまでもあの様子じゃ困ってしまう。私の教育の失態を嘆くべきか、あの娘たちの兄への愛を喜ぶべきか……
「年頃の娘には困ったものだのお」
さりげなくパパンに相談してみたものの、男はダメだ。好きにさせておきなさいの一点張り。
「ダリアはガウルの防衛を一手に担ってくれてる。兄貴の布団で寝るくらい許してやっていいんじゃないか?」
「……あの娘の将来を思えば……私は反対ですよ、殿下」
「こら、殿下はやめるんだ、マリちゃん」
「殿下こそ、その名前で呼ぶのはやめてくださいな。いくつになったと思ってるんです?」
「いくつになったんだい?」
私は黙ってパパンの元を去る。あの男は昔からこの調子。失礼極まりない。でもこうしてガウルの土地まで着いてきて、この歳になるまで一緒にいるのだから、私も可笑しな人生を過ごしてしまったものだ。
今ではすっかり老けてしまったが、昔はそこそこにいい男だった。小さい頃から彼を見ていたが、見た目以外は本当に変わらない。大陸の南にあったライン王国の元国王。今はすっかり帝国領になって、国の歴史などとうに忘れ去られてしまった。私は宮廷魔法使いでありながら、彼を諌める立場にもあった。簡単に言えば、私たちは、戦争に負け、政争に敗れ、のこのこと落ち延びたわけだ。
「今日も冷えるのお」
ガウルの寒さには何年経っても慣れない。手先や足先の冷えは、特にひどい。街のものが私を呼び止める。
「マリンさん! こっちに少し火をくれないか?」
「火ぐらい自分で何とかしな」
「俺たちの魔法じゃ、マリンさんみたいな大きな火は出せないんだよ」
「あんたたちは、仕方ないねえ!」
私は簡単な詠唱を唱えて、火を起こしてやる。若い頃と比べて私の魔法も随分と衰えてしまった。昔ならガウルくらいの広さ、焼け野原にしてやったものだ。パパンはびびって腰を抜かしたものだった。
「あったけえ。いやあ! いつも助かるよ、マリンさん」
「精進をしい」
「わかった、わかった!」
ガウルだけじゃない、大陸全体で不穏なことが起きているのは何となくわかる。けれど、今の私にはそれに首を突っ込む力も残されていない。ただ、あの子たちの側で見守ってやるくらいが、老い先の短い私に、せいぜい残された役目なのだ。
ダリアは今日も、こっそりとアッシュの部屋へと向かう。せっかく帰ってきた兄と兄妹たちが旅立ってしまい一人残された彼女の淋しさはわかる。
私だって娘の頃は……いや、考えるのはやめておこう。
今日こそは、少し注意でもしておこうと、そっと部屋の戸を開ける。
「ダリアや、お前は……」
そう言いながら、部屋へと足を踏み入れる。
しかし、私はハッと口をつぐむ。小さな寝息。月夜に照らされるダリアの涙。それが私の目に飛び込んでくる。
私はそっとベッドに腰を下ろす。黙ったまま、彼女の小さな頭を撫でてやる。世間じゃ悪魔なんて呼ばれても、この子たちはあの頃から何も変わっちゃいない。小さな、小さな、子供のままだ。可愛らしい、愛おしい、子供のままだ。
(もう少しだけ、あと少しだけ。生きて、この子たちの行末を見守らせておくれ)
窓辺に見上げた満月に、小さく祈る。




