閑話4. お兄様、勇者様が私をいやらしい目で見ています!
再掲 第20話、ギルド内の酒場での一幕。
ギルドの酒場で勇者ユウキはとんでもない量の酒を飲んだ。そして、酔いが回ると前にいた世界のことをやけに情熱的に話し始めた。
(いい飲みっぷりだが、彼は何の話をしているのだろう?)
俺はひと口に異世界と言っても、多様な世界が存在するのだなと思わされる。
「この世界にも芸術ってもんがあるでしょう? モーリスの旦那」
「うむ、私はその方面に暗いがな」
「俺の世界にもね芸術ってもんがあって、エロ同人ってのがね」
「ふむ、エロ同人か」
(エロ同人か、私の前にいた世界にはなかった響きの言葉だ)
「エロ同人とはどんなものなのかな」
「旦那あ! それはね、俺みたいな素人童貞が、世界を、世間の様態をのぞく窓みたいなもんでさあ!」
「エロ同人が世界の本来の姿を映し出しているということかね?」
「いやあ旦那はわかってらっしゃる!」
(私がいた世界の芸術とどうやら近い存在であるようだ。それにしても、この口調、相当熱い想いがあると見える)
「でもねえ、旦那、俺は思うんです。世界が先にあるんじゃねえ、エロ同人が先、世界があと! これが俺の信念でねえ。真理だと疑いもしませんよ。これを勘違いした輩がうじゃうじゃいて困るんでさあ。繰り返しますよ、エロ同人が先、世界があと!」
「私の知る限りの文芸の世界にも、そんな論争があった気がするよ」
「ですよねえ、ですよねえ! 博識だねえ、旦那あ!」
(彼の話と私の話が噛み合っているのかわからなくなってくる)
「例えばそこのお嬢さん! リーザちゃんと言いましたっけえ? あなたのその品のいい体つきは、エロ同人によく映える素材でねえ」
勇者ユウキはじっとりと座った目つきでアイリッシュを品定めするかのようだ。イーサがアイリッシュを守るような仕草を見せる。
「これはごめんねえ。ロゼちゃん。お兄さんと同じ黒髪。血のつながった兄妹ものに俺は興味がないんですわ」
「あなたは一体何を言ってるんですか!」
(彼もまた芸術家として生きていたのだろうか)
「リーザちゃんは、血のつながった兄妹ではなさそうだ。いや、僕は別に血のつながらない兄妹を否定してるわけでないんです。それだけはわかってくだせえ。皆さん」
彼の言葉に嘘偽りはなさそうだった。
「そのもふもふとした耳に尾っぽ! じっとりと大人しげな目つき! ちょうどいい胸に、何よりも肉づきの良い尻に、ふ・と・も・も! 素晴らしいなあ、エロ同人世界から飛び出してきたようでさあ。俺は感動した! 感動しましたあ! 旦那あ! 俺はあんたたちを読みとっちまったよお、くそお、この世界もまた美しいじゃあねえですかあ!」
(彼が何を言っているのか本当にわからなくなってしまった)
「モーリス様、この方は今すごーくいやらしい話をしてますか?」
アイリッシュもまたほろ酔いだ。
(彼の目つきを見ていると、どうやらそのようにも思えてくる。しかし……)
「リーザ、ロゼ。ユウキくんの並々ならぬ熱意だけはしっかりと受け止めるべきだよ」
「私、初めてモーリス様の言葉が腑に落ちません!」
「まあまあ、私に免じてくれ。リーザ」
「もう! モーリス様!」
彼女は頬をぷくりと膨らませた。
「俺はねえ、仕事と私生活とじゃ全く違う顔をするタイプなんでさあ!」
「なるほど。確かに豹変しているな」
「なんだあ、なんだあ! この世界でもセクハラ、セクハラって大騒ぎですかあ!」
「セクハラ?」
「ひっく、素人童貞を馬鹿にしやがってえ!」
「素人? 童貞?」
「つまらないのはどの世界もおんなじ。でもエロ同人のマイナス分で前の世界の方がましだあ!」
「ふむ……」
(彼が何を言っているのか全くわからないが、勇者にも苦労があるのだな……)
泥酔した勇者ユウキはそう言い残すと、急に口元を押さえて厠トイレへと駆け込んだ。アイリッシュは、はしたなく舌を出して彼の後ろ姿を見送っていた。
(酔った勇者の孤独。彼の抱える繊細な淋しさは相当なもののようだ)
その夜、宿に戻ると、アイリッシュはまるで何かを払拭するかのように、珍しくイーサやダーリャと競い合い、べたべたとしたがるものだから、俺は甚だ困ってしまうのだった。




