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40. 日だまりの余韻

「兄貴……」

「どうしたタマス?」

「何でかわかんねえけど、俺は涙がとまらねえんだよ。それに今……ラマスが、あいつが空に飛んでちまったように見えた……変だなあ、俺」

「お前にも見えたか? 不思議と俺もだ。トマス……」


 光満ちた廃坑の深部に俺たち以外の声が響いたのは、全てが終わってから少ししてのことだった。しかし、実際にはどれほどの時間が過ぎたのか俺にもわからなかった。


「モーリスさん!」

 岩壁の上からその名を呼んだのは、ユウキだった。遠目にも血を流し、傷を負っているが、彼は無事にあの魔物たちを打ち倒したのだ。周囲には二人の門兵を連れている。俺たちが最初に欺いたあの二人だった。


「今からそっちに行きます!」

 彼は大声で叫んだが、俺は未だ声を出して返答できるような状態ではなかった。

「……ああ」

 と掠れた声で言ったが、彼には聞こえていないだろう。俺は消耗し切っていた。ユウキたちの登場で、急に現実に引き戻されたかのように、疲労感がどっと押し寄せた。兄妹たちも皆同様だった。アイリッシュの魔法が解けて、イーサの髪が本来の銀色を取り戻していることに気がついたが、それを気にかけている余裕が今の俺にはなかった。


 改めて見渡すと、辺りには足元を浸すほどの砂粒が降り積もっていた。それが日だまりの中で、きらきらと光っていた。しかし、頭上の巨大な風穴を思えば、それは少量だった。その多くは空へ舞い上がり風に流され、いずれ、どこかに降り注ぐだろう。


 急激に緊張の糸がほぐれたからなのか、俺は脱力して、砂の上に尻餅をついた。自分自身の身体が上手く扱えず立ち上がることができなかった。変わらず真上に登った真昼過ぎの日差しが眩しく降り注いでいた。


 傍には半分砂に埋もれて剣が落ちていた。俺の剣だった。自分がいつそれを置いたのかわからなかった。俺は不意に思い出した。「──鞘から抜くことのない剣こそが最も強い剣である」前世の俺が感じたことを、今になって明確に違う意味の文脈で。

「強さか……」

 俺は小さく呟いて、その鞘にそっと手を置いた。


「お兄ちゃま。大丈夫なのだ?」

 全身をぶるぶると震わせて、フェリムが俺の顔を覗き込んでいた。ダーリャも全く同じような仕草で砂を払うと、ぴょんと俺の頭に跳び乗って「みゃあ」と欠伸をした。イーサとアイリッシュは力を使い果たして、相当な消耗がその表情から見てとれた。

「大丈夫だよ、フェリム」

「良かったのだ! お兄ちゃま、元気、なのだ!」

 彼女は嬉しそうに笑って、くるくると飛び回った。


「イーサ。アイリッシュ。本当にありがとう。俺は、お前たちになんて言ったらいいか……」

「アッシュ兄さん。私たちが世間でなんて呼ばれてるか知ってるでしょう? 悪魔ですよ! 魔王様の配下の悪魔です! 私たちは悪魔として、魔王であるお兄様の妹として忠実にその役割を果たしただけです」

 彼女はそう言うと優しく微笑んだ。その微笑みが俺の硬直していた心を軽く、やわらかくしてくれたことは間違いない。


「私は……」

 アイリッシュが口を開いた。

「私は、お兄様の力になれたでしょうか。お兄様の妹の一人として、アイリッシュ・グエン・ローリーの名に恥じない働きができたのでしょうか……」

「アイリッシュ・グエン・ローリー。俺の誇らしい妹の名前だ」

 俺は彼女の目を見て微笑んだ。アイリッシュの大きな瞳から、一筋の涙が溢れた。


「みゃあ、みゃあ!」

 ダーリャが前脚で俺の額を叩いていた。

「もちろん、ダーリャ。お前も俺の自慢の妹だよ」

 俺は彼女の腹を指でくすぐった。


「俺はな……」

 皆の顔を見つめて俺も切り出した。

「アッシュ・グエン・ローリーとして一度死んで、もう一度、こうやって生き直そうとしてる。けれど、お前たちと比べて、どうしようもなく無力なんだ」

 イーサが俺の言葉を否定しようと口を開こうとしたが、俺はそれを制止して続けた。

「何にもできないんだ。俺は何もできない。今回だって、お前たちの力がなかったら、何もできず一人で絶望して、泣き叫んで、立ち尽くしたまま終わってた。今の俺は、お前たちの記憶にある頼れる兄貴でも何でもない」

 イーサは唇を噛み締めて、言葉なく首を横に振り続けていた。


「……でもな。俺は、彼らの声を聞いて、話して、そして勝手に終わらせた。今は、俺にもこの世界で果たすべきことがあると、そう思ってる。()()なんて肩書き、やっぱり俺には似合わない。お前たちと比べたら、俺は無力で、情けない存在だから……でも、それでも、この命で応えたいと思ったんだ。アッシュ・グエン・ローリーとして──お前たちの()()()()として。だから、お前たちがもう一度この世界にくれた、この居場所を。どうか、もう少しだけ……俺に守らせてほしいんだ」


「あたりまえで……」

「お兄ちゃまはお兄ちゃま、なのだ!」

 イーサの言葉を遮るようにフェリムが叫んだ。宙に体を浮かせたまま、俺の頬に自分の頬を擦り付けた。

「お兄ちゃま、じゃりじゃりなのだ。水浴びして遊ぶのだ!」

「ちょっと、フェリム! 私の台詞だったのに!」

 イーサが頬を膨らませて、アイリッシュが笑った。

「みゃあ」

 ダーリャが高い声で鳴いた。


(たぶん何も終わってない。けれど、間違いなく、ひとつの終わりがあったんだ。俺はこれからこの終わりにどう向き合うべきなのだろう)


 俺は妹たちの微笑ましい言い争いに耳を傾けながら、砂地に手をついて、遥かな青空を見上げていた。


「モーリスさん!」

 息を切らしたユウキの声が近くに聞こえたのは、ちょうどその時だった。()()()()()()()()()()()。そんなことにも気がつかないほどに、俺は疲労し、自分自身に対して、あまりに鈍感になっていた。

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