36. 身勝手な葬送〈1〉
俺の選択は、単なる身勝手な虐殺だ。
救いたい、助けたい、守りたい。どんなに言葉を重ねても、その実、救われたいのも、助けられたいのも、守られたいのも、そして、赦されたいのも、すべて俺自身だ。そして、これから俺が成す業の全てを、兄妹たちに共に背負わせようとしている。でも、それも全て、もう決めたのだ。
「ふふ、非業の魔王の名に相応しいじゃないか」
俺は小さく唱える。
「フェリム、精一杯手加減して、彼ら全員を奈落の底に突き落としてやってくれ。できるか?」
俺は命じるように言った。フェリムは一瞬だけ、不思議そうに小首を傾げた。だが、すぐににんまりと笑みを浮かべる。
「お兄ちゃま。わらわ、やるのだ!」
フェリムは、俺の言った通りに、岩壁をよじ登る魔物たちを、最小限の力で、次々に突き落としていった。ダーリャもフェリムを手伝う。
その間に、俺は、アイリッシュを近くに呼んだ。イーサにも耳を傾けるよう促す。
「二人の力を限界まで俺に貸して欲しい」
俺は二人の目を順番に凝視しながら言った。言いながら、俺は両の手を胸の前で握りしめる。声が震えていないか、自分にももうわからなかった。
「当たり前です! 私の力は兄さんのためにあるんです」
「お兄様。私に何ができるかわかりませんが、お兄様のために最大限やらせてください」
二人はそれぞれ、そのような反応を示した。
「ありがとう、二人とも」
俺は微笑んだ。
「兄さん、でも、いったい何を……」
イーサはまだ不安げだった。
俺は、二人にことの経緯と、俺が今から、やろうとしていることを伝えた。
「……これは、俺のわがままだ。誰が何と言おうと、救われるのは俺だけだ。でも、俺はそうしたい。お前たちにも、一緒に背負わせることになるが……」
イーサの目には、涙がうっすらとにじんでいた。彼女は小さな肩を震わせながら、必死に声を張る。
「全部、全部……、私は兄さんと一緒に背負いたい!」
ほんの少しの間があって彼女は言葉を繋いだ。「やっと、やっと、こうやって兄さんと色んなことを分け持てるんです。楽しい感情も、嬉しい感情も、悲しい感情も、苦しい感情も。ずっと待っていたから……兄さんがそうしたいなら、私は喜んで悪魔にだってなります」
その瞳には凛とした光が射していた。
「お兄様、私にできるのでしょうか……」
彼女には誰よりも辛い苦難を強いることになる。その耳も尾も、力なく萎れている。その姿に俺の胸は締めつけられる。
「アイリッシュ、俺は他の兄妹たちと同じように、お前のことも信頼してる。お前ならできる」
彼女の瞳は揺らいで見えた。「……なあ、俺って、無責任な兄貴だよな。でもな、アイリッシュ、俺は、お前に任せたいし、お前だから任せられるんだ」
俺の言葉に、その瞳の奥底からじわりと溢れ出るものが見えた。俺がそう信じたかっただけなのかもしれない。
それから、フェリムとダーリャを呼んで俺の企ての全貌を伝えた。
「わらわ、やるのだ!」
「みゃあ!」
と二人は大きく頷いた。
「……誰よりも迷ってるのは俺だ。誰よりも情けなく俯いているのも俺だ。誰よりも意気地なしで、惨めで、醜い表情で躊躇しているのも、全部が俺だ」
俺は改めて、皆の目を見つめた。皆もまた「兄」として、俺を見つめ返しているように感じた。今の俺には、それだけで十分で、それが何よりの拠り所であるようにも思えた。
「さあ、魔王アッシュ・グエン・ローリーの初仕事だ」
俺は岩壁の淵に立って力強く唱えた。
迷いはある。不安もある。俺にできるのだろうか、と何度も考える。それでも、俺の足は動いた。胸の奥が、鈍く軋む。足元には、暗く深い奈落が広がっている。そこに向けて、俺は一歩を踏み出した。
「みな、身勝手な葬送を始めよう」




