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31. フェリムは全てを壊すのだ〈2〉

 跳ね飛ばされた魔族は虫の息で、伸びて倒れたままだった。岩壁に思い切り激突していたから、暫くは起きてこられないだろう。しかし、フェリムの背後では、呆気に取られていた下級魔族たちがようやく正気を取り戻そうとしていた。


「リュージェントのやつ、おっ()んじまったか?」

 魔族たちが口々に言い、笑いを浮かべている。先ほどの魔族のこと指しているようだ。しかし、知性で言えば先ほどの奴が最も高位の魔族であったことが伺えた。


「俺はあいつが指揮官ぶるのに嫌気がさしてたとこだったから丁度いいや」

「違いねえ! さあ、遊びの内容を考えようや!」

 魔族たちは揃って高笑いを始める。魔物たちの呻き声が底から迫り上がってくる。彼らはそれを見下ろして言う。

「やっぱり、またあいつらに食わせよう。競争だ。一匹ずつ早食いレースも面白い。大食い対決も悪くないなあ!」

「そりゃいい。今度は賭けるか!」


「どうした? フェリム」

 魔族たちの声が背後に響く中で、フェリムは潤んだ瞳で俺を見ていた。

「わらわね、ほんとに壊してないのだ。あいつ、おっ()んでなんか、ないのだ……」

「俺はわかってるよ」


 俺の言葉に安心したのか、フェリムは、真っ赤になった鼻を勢いよく啜ると、濡れた目と頬を袖口で拭った。機嫌の移り変わりが激しいのは、昔とそう変わっていなかった。

「お兄ちゃま。わらわ、遊んでくるのだ!」

 彼女は呼吸を整えると、明るい声で言った。


 フェリムはゆっくりと宙へと羽ばたく。そして、呟くように言う。

「お前たち、遊び足りないのだ?」


「お嬢ちゃんが遊んでくれるのかい! 少女趣味はないがそっちからの誘いなら断れねえなあ!」

「お前は年上好きだったろ?」

「なあに、たまには()()()()()もいいじゃねえか」


「わかったのだ。わらわ、いっぱい遊んであげるのだ。──ふたっつ。遊びはいつでも本気でやりましょう、なのだ。遊び相手が飽きないように気をつけながら、わらわも楽しんで遊びましょう、なのだ」


(何だか俺が昔に言ったのと微妙に違う気もするが……)


「フェリムお姉様! ここは洞窟ですから、いつもみたいに全部壊しちゃ駄目ですよ!」

 しばらく黙っていたアイリッシュが、何か不吉な過去でも思い出したかのように焦って叫んだ。しかし、フェリムにその声が届いているのか怪しく思えた。


 フェリムの姿が突然視界から消えた。恐らく飛んだのだろうが、あまりの速さのためか、それは全く見えなかった。

 ──次の瞬間。俺たちのすぐ目の前にいたはずのフェリムは一人の魔族の眼前にいた。


 そして、嬉しそうに魔族の肩にそっと手を触れた。

「ばらばら! なのだ」


 その声と共に魔族は言葉も残さず、ばらばらに砕ける。皮も、肉も、骨も、等しくばらばらになって落ちてゆく。

「ひとりめ、なのだ!」

 小さな拳を突き上げ、嬉しそうに叫ぶ。


 そばに飛んでいた魔族が近づいて言いかける。

「貴様、何をやっ……」

「さらさら! なのだ」

 フェリムはそう言って、その腹部に優しく触れる。魔族の言葉は綺麗に途切れて、砂のように細かく分裂し、吹きさらう風に散る。

「ふたりめ、なのだ!」

 先ほどよりも嬉しそうな笑みを浮かべる。


 残された魔族たちはまるで何が起きたのかわかっていない様子だ。動転して一斉にフェリム目掛けて襲いかかる。


「とろとろ!」

「ぱさぱさ!」

「かぴかぴ!」

「ぱらぱら! なのだ」

「待て、やめてく……」

「んーと、えーと、もいちど、ばらばら! なのだ!」


 襲いかかる魔族たちの間を、小さな影が途轍もない速さで飛びまわる。フェリムの明るい声が響き渡り、その瞳の赤い閃光が廃坑の薄闇に鋭く線を描く。──ある者は、溶けたように滴り落ち、またある者は、身体中の水という水が蒸発したかのように干からびて落ちて行った。奈落の魔物たちは大きく口を開いて餌を奪い合うかのように激しく蠢いた。


(フェリム、ひょっとすると()()()を調整しているのか?)


「兄さん、グリムが言ってたわ。フェリムの掛け声はあの子なりのユーモアなんですって」

「ユーモアか……」

 可愛らしい掛け声と、目の前で起きていることの()()に俺は改めて言葉を失うしかなかった。むしろ、フェリムを相手にする魔族たちへの同情心すら湧き上がるほどだ。


「あ、悪魔だ……」

「なんだってこんなことに……」

 魔族たちの声に色濃い絶望が滲んでいることがわかった。すでに戦意を失って、坑道へと逃げ出そうという者も現れた。

「遊びは終わってないのだ!」

 フェリムは大声で叫ぶ。


「じゃあ、最後にまとめて、行くのだ!」

 魔族たちの張り裂けんばかりの絶叫が洞窟内をこだまする。


「ばっごーーーん、なのだ!」

 その声と共に、残っていたすべての魔族が四方八方に激しく弾き飛ばされて、岩壁に衝突すると、塵となって消え失せた。彼らの痕跡は、肉も、骨も、声も、匂いも、何ひとつ残されていなかった。


「お兄ちゃま! 遊び終わったのだ! ──みっつ。遊んだ後のお片付けはしっかりすること、なのだ」

「た、楽しかったか?」

 小さな羽をゆっくりと羽ばたかせて戻ってきたフェリムに、俺は呆気に取られたまま尋ねていた。魔族たちが先ほどまでここにいたことなど誰が信じられるだろうか? フェリムの力が恐ろしくなかったかと言えば嘘になる。けれど、その笑顔を見ていると、俺は途端に言葉を紡げなくなる。


「ちょっぴり楽しかったのだ。でも、わらわ、お兄ちゃまと遊びたいのだ……」

「よしよし、全部終わったら、俺とも()()()()だ」

「やったあ、なのだ!」

「助かったよ、フェリム」

「えっへん、なのだ」

 フェリムは大きな鼻息を鳴らした。


「兄さん! 彼らが……」

 イーサの声に俺は突如現実に引き戻されるようだった。フェリムを伴い、身を乗り出して見下ろすと、指揮官を失った魔物たちが、統率を完全に失い、まるで出口を求めるかのように、岩壁を登り始めているのが見えた。まるで、彼らの憎悪の全てが、俺たちの方に向けられているかのようだった。


 それに当てられたように、イーサの身体は震えていた。アイリッシュが側で彼女を支える。

「私、聞きたくない……みんな泣いてる。痛いって。助けてって。ここから出してって」

 ダーリャもまた悲しげな目つきで彼らを見つめていた。


「ああ……彼らをどうにかしないと」

 俺は考えを巡らせていた。彼らは我先にと押し合い、へし合い、殺し合って、互いを踏み台にしながら俺たちのいる場所へ少しずつ近づいてきている。


 彼らの呻くような咆哮が、とめどなく鼓膜を揺らした。それはやがて、俺の胸の奥に、奇妙な震えを引き起こし始める。「助けて……」そんな悲痛な声が、胸の奥底を、この魂を、じかに(ざわ)つかせるかのように──。

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