表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/50

27. 勇者の身体〈2〉

 ……勇者、ユウキ・ハヤマ。

 この世界に召喚されたばかりの“勇者”。

 剣の振り、戦闘自体は大味なものだったが、それを悟らせないほどの、勇者としての戦いの資質が垣間見えた。


(これでまだ身体と魂とが馴染んでいないとは……)


 獣の呻きが、唸り声となって響いた。最後の咆哮。喉元を貫かれた個体が、力尽きて崩れ落ちる。その音に、残る二体がようやく危機を悟ったのだろう。威嚇のように低く咆え、左右からユウキに圧をかけるように歩を詰めていく。


 だが、ユウキは微動だにしなかった。肩で荒く息をつきながらも、剣の切っ先は決して下げず、わずかに角度を変えて二体の動きを追っていた。


 あの場に釘付けになるのは、魔物たちだけではなかった。俺たちはユウキの戦闘に目を奪われていた。そして、俺の左腕もまたその姿に疼き続けていた。


「隙を作ります。ここは僕に任せて先に行ってください! 僕も後から追いますから」


 魔物たちは距離を保ちつつ、視線だけで連携を図っている。左の個体が咆哮し、ユウキの注意を引いた瞬間、右の一体が地を滑るように跳び込んできた。


(──速い)


 ユウキは刃を正面に構えきれなかった。とっさに体を捻り、襲いくる腕を左肩で受けた。布ごと皮膚が裂ける。悲鳴を飲み込んで後方に飛ぶ。空中でバランスを取り、転がりながら着地する。視線を上げると、獣が飛び込んでくる。今度は両腕を振り下ろすように、正面から。ユウキは剣を横に払った。地を蹴り、真正面から切り込む。右足で踏み込み、左腕を犠牲に振り抜く。


 ──ごぎん、と骨が鳴った。


 魔物の前脚が折れ、片膝をついた。その隙に喉へ剣を差し込む。生臭い血が顔にかかる。


 残る一体が背後に迫る。肩越しに気配を捉えたように、剣を引き抜くより早く、ユウキは自ら倒れ込んだ。地面を転がりながら、魔物の脇腹へ刃を滑らせる。肉の裂ける音。叫び声が響く。だが、それでも死なない。踏み込みが甘かった。魔物は振り返る。怒りと痛みが混じった、獣の目。──ユウキは、その目を真正面から見返していた。


「来いよ……僕は勇者だ! 嫌だよ、痛えのも何もかんも嫌だけどな。こっちはな、こっちで……生き残らなきゃいけねぇ理由があるんだよ」


 そう言うとユウキは俺の方をちらりと見た。

 叫びではなかった。ただ、誰に届くでもない言葉。まるで自分自身の魂を鼓舞するかのような悲痛な響きすら伴っていた。彼は剣を構え直す。血に濡れ、震える指を押し殺して。「戦え。戦え。」とユウキの口元が微かに動いたような気がした。


「こいつらが僕にご執心なうちに。さあ、早く!」


 俺は皆に目配せする。


「先を急ごう。ユウキの実力は本物だ、やってくれると信じよう」

「わかったわ。兄さん」

 まず、イーサが同意を示した。ダーリャも「みゃあ!」と力強く鳴いた。アイリッシュはわずかに不安げな目を向けてきたが、俺と視線を交わすとすぐに頷いた。……奴らを前にして、何かそれ以上の嫌な予感が俺にはあった。


「ユウキ、必ず生きて。また酒を飲もう」


 背後から、再び金属がぶつかる音が聞こえた。濃霧の向こうで、ユウキがまだ戦っている。俺たちは、濃霧の中を廃坑の入り口まで駆けた。魔物たちは相変わらず、俺たちの動向には奇妙なほどに無頓着であるように感じられた。


❇︎


 廃坑の入口は、崩れかけた枯れ木と苔に隠されていた。


 外からでは分からないが、奥へと続く空洞が口を開けている。まるで全てが吸い込まれいくような静けさが漂う。陽が差さないその中は、湿気に満たされ、じめじめとして、まるで地面が口を開けて獲物を待ち構えているかのようだった。


 イーサが魔力を込めると、あの銀色の光が一粒、姿を見せる。俺たちはその明かりと、ダーリャの鼻を頼りに先を進む。頻繁に出入りがあるのだろう。廃坑と言うには、その内部があまりに整えられている。俺の中の嫌な予感はますます膨らんだ。


(──この先に何かある)


 しばらく歩いた。困難もなく、かなり深くまで潜ってきたように思う。人の気配がして、アイリッシュの魔法で身体を透過させ、俺たちは身を潜める。灯りが溢れる坑道の先に開けた空洞が広がっているようだった。

 

 間口には防具を見に纏い、武器を携えた兵士が見張り役、という様で立っている。深部からは、嫌悪すら覚えるような、異様な騒めきと唸るような声がとめどなく響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ