23. 勇者との邂逅
「お取り込み中のところすまないが……」
扉を開けたアイリッシュと共に見慣れない青年が立っていた。年頃は俺と同じくらいに見えた。どうやら、俺たちのやり取りの一部始終を見ていたらしかった(とはいえ、俺とイーサとダーリャが言葉もなく寄り添い合っている時に部屋に入ったと後にアイリッシュは言った)。
「兄妹と聞いてたが、まるで恋人同士みたいだな。ハハ、まあ僥倖です」
男は嬉しげに笑いながら言った。
「これは申し訳ない。客人が来ていたと知らなくて……」
「こちらこそ、家族水入らずにすまない」
「ところで……君は?」
俺が尋ねると、アイリッシュが間に入るように言った。しかし、彼女はリーザと、仮の名を使った。
「私、リーザがご紹介いたします。こちらは私たちの兄のモーリス。モーリス・スウェンです。そしてお兄様、この方は」
「お嬢さん」
男はアイリッシュの紹介を遮った。
「初めまして、モーリスさん。僕の名前はユウキ。ユウキ・ハヤマと言います。世間では勇者と呼ばれている。こちらの礼儀作法に疎いので、無礼に当たることがあったら言ってくれ」
「勇者様ですか?」
俺は警戒心を強めて言った。
ハイネからの手紙・別紙に記載のあったルーラーンド王国の勇者召喚。目の前にいるのが当事者たるその男だった。少年らしいあどけなさも残るが、凛々しく整った顔立ちは俺の中の勇者像にぴったりと当てはまる。
「様なんて付けなくていいさ。所詮は肩書きだ」
「いえいえ、滅相もない。勇者様。これは失礼いたしました。改めまして名乗らせてください。私はモーリス・スウェン。新米の冒険者で、このパーティー(とはいえ兄妹三人と猫一匹ですが)のリーダーをしております。どうぞ、お見知りおきください」
俺は男爵だったモーリス・スウェンとしての口調で返答した。そうすることで警戒心を解くことはないよう注意を払った。
「むしろ困りますよ。僕はお願いに上がった立場なんですから」
「お願いとは?」
俺が尋ねるとアイリッシュが代わりにことの経緯を説明した。
俺たちの前に現れた人獣型の魔物について、アイリッシュからの詳細な報告を元に、ギルドは早急な調査と討伐を各冒険者に依頼し、複数の精鋭パーティーが名乗りを上げた。
「そこに僕も参加を希望したんです。ただ、勇者とはいえ、僕は召喚されたばかりでして。今は王国中を回って、身体と魂の適合を進めることを望まれていまして……その、一人きりなわけです(これで王国での勇者の扱いがわかりますよね、とユウキは付け加えた)。あらかたは野良の魔物を狩って、(これは勇者特権ですが)事後報告でギルドから報酬を貰えていますが、この勇者の身体は強者を望んでいるのか、戦え、戦え、って夜も疼くんですよ。もうそこらの魔物じゃ足りないって。これが困りもので……とまあ、今回の依頼には勇者であろうと単独での参加は認められないとのお達しで……」
「それで、新米とはいえ、報告者のリーザが所属する私たちのパーティーをギルドの管理者から紹介されたというわけなのですね?」
ユウキはそれに頷いた。
ユウキは俺の想像以上によく喋った。そして、喋れば喋るほど勇者らしさはどこかに消えて(不思議と彼の口調は丁寧になった)砕けた調子で話した。王国への帰属意識の低さすら見受けられるほど、その内情についても秘匿することを知らないようだった。
「最終的には、魔王の討伐を望まれていますがね。噂通りなら、間違いなく今の俺なら簡単に殺されるでしょう。まあ、そういった物語もありがちと言えば、ありがちなのですが……できればまだ死にたくはないのです。できるだけ先延ばしにしたい。挑むなら、確実に殺せるという、ある程度の自信をつけてからと言いますか……」
ユウキの言葉に、妹たちは緊張感を高め、ダーリャは「シャー」と今にも声を上げそうになっていた。俺は視線を皆に向けて、落ち着くように促した。
「勇者が“死にたくない”なんてガッカリされるのはわかります。でも俺はここに召喚されて間も無く、まだこの世界について殆ど何も知らないのです」
「勇者様は正直な方ですね」
「正直というか、事実を隠し立てする意味がないかなと思いまして」
「まだ結論をお伝えしていないのに、そんなに内情を明かされて良いのですか?」
「まあ、もっと正直に言えば、王国も、勇者という肩書きもどうにもきな臭いもんですよ。とはいえ、話しすぎたと反省しています……最悪は一人で動きますから。本来はその方が性に合ってはいるんです。あなた方も厄介な勇者が突然押しかけて迷惑でしょうから、どうぞ、無理はせずに」
妹たちはユウキの正直さを前にしても、先ほどの緊張感を維持したままであった。しかし、俺の中では、当然警戒すべきとわかってはいても、不思議と目の前の男に対する緊張感や警戒心が解れつつあった。彼の顔立ちから最初に受け取った印象と、実際に彼と話している内に受け取った印象には大きなズレがあるように感じられた。
「それじゃあ、気が向いたら、明日の夜にでも。……日が落ちる頃にしましょうか。ギルドで待ってます。そこで詳しい話が進められたら。何度も言いますが、断ってもらっても構いませんから」
ユウキはすでに背を向けて、この場を立ち去ろうとしていた。
「わかりました」
俺はそんな彼の背に向けて言った。
「少し皆で相談はさせてもらいますが、前向きに検討させてください。もちろん、こちらも勇者様が私たちなどで良ければですが」
「それだけの言葉を貰えれば、すでに嬉しい限りです……それと良ければ、ユウキとお呼びください。勇者様なんてのは僕には不相応に感じてね。では」
ユウキがそう言って俺たちの元を去ると、アイリッシュは堪えていたものが一気に決壊したように泣きながら、俺に飛びついた。
「良かった。良かった。お兄様が生きていらして」
「ごめんな。アイリッシュ」
さすがのイーサも、ダーリャも、そっと見守るような優しい目でそんな妹の姿を見つめていた。俺も彼女がこうやって打ち解けて接してくれることが嬉しかった。
「みんな、俺が勝手に決めちゃって悪い」
「兄さんが決めたのなら私はどこまでも着いて行きます。でも勝手に警戒はします……勇者は間違いなく私たちの敵です、兄さん」
イーサはやはり少し不満げだった。
「もう少しだけ、彼について知ってみたいと思ったんだ」
「あー、もう! わかってますったら。兄さんは昔からそうでしたから!」
「ありがとな、イーサ」
ダーリャも「みゃあ」と鳴いて欠伸をした。どうやら、イーサと同意見らしい。
翌日。日も落ち切って、風も冷たく感じられる頃になってから、俺たちは勇者ユウキとの約束の場所へと向かった。




