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18. 新米冒険者モーリス・スウェン

 俺たちは今、ルーランド王国北部の防衛拠点──城塞都市ピカホンタスにいた。ペイルリン山脈の中腹に築かれ、遥か遠く北海を見晴らすこの都市は、遥か太古に放棄され、放置されていた遺構を、ルーランド王国が北方侵攻の折に奪取し、そのまま北の要塞として再建したと伝えられている。


「冒険者ギルドは、この辺りのはずです」

 アイリッシュがやや気負った面持ちで俺たちを先導する。道中、イーサはずっと俺にぴったりと寄り添っていた。彼女の魔力は今も本調子には至っていない。


 旅立ちの話を切り出したとき、妹たちは、ハイネの手紙に書かれていた通りの反応を見せた。ただひとつ想定外だったのは、今こうして俺の頭上に居座っている、真っ青な毛並みの子猫である。


「ダーリャ、そろそろ降りてくれよ」

 声をかけてみても、まるで聞く気はないようだ。


 旅立ちのきっかけは、ハイネからの「提案」は元より、別紙に書き連ねられた「大陸情勢の推察」だった。それを読んだ俺たちは、冒険者として各地を巡ることを決意させられた。


 一ヶ月後──出発のぎりぎりまで、ダリアは「私も一緒に行く!」と泣きじゃくって駄々をこねた。皆で「防衛を任せられるのはダリアだけだ」と何度も説得し、「ルーランド王国を一回りしたら戻ってくる」という約束と、「それまでは毎晩お兄ちゃんと一緒に寝る」という条件で、ようやく納得させることができたのだった。


 ……が、出発当日の朝。西門をあとにしようとしたそのとき、見送りに来たダリアが何やら呪文を唱え始めた。すると突如、彼女の掌に小さな小さな白い子猫が現れ、続けざまにもう一つ呪文を詠唱すると、その毛並みはダリアの髪と瓜二つの、艶のある深い青色へと変化した。


「あたしの魂の欠片を、この子の中に、ほんのちょこっとだけ逆召喚したの」

 そう説明するダリアと、その子猫の顔つきが心なしかそっくりに見えて俺たちは言葉を失った。


「これで一緒に旅ができるね」

 ダリアは屈託なく笑った。子猫はひょいと俺の頭に飛び乗り、「みゃあ」と一鳴きしたかと思うと、そのまま降りようとはしなかった。


 旅の道中、俺はその子猫に「ダーリャ」という名前をつけた。すると、彼女は嬉しそうに「みゃあ、みゃあ!」と頭の上で鳴いた。


「兄さんが困っています! ダーリャ、自分の足で歩きなさい!」


 イーサが叱っても、ダーリャはお構いなしだった。



 冒険者ギルドは活気に満ちていた。昼間にもかかわらず、屈強な男女たちがギルドに併設された酒場で食事や酒を楽しんでいる。戦士、剣士、魔法使い、聖職者、盗賊、召喚士に弓使い……ひと目にも本当に様々な職種の冒険者たちがいた。俺たちはその喧騒を横目に、受付へと向かった。


 ギルドは形式上、国家の支配を受けない組織だ。大陸のあらゆる都市や街、村にまで拠点を持ち、「冒険者はどこまでも自由である」という理念のもと、多様な依頼を請け負う仕組みとなっている。


 ただ、掲示板の依頼に目をやると、「悪魔の討伐」と題された誇張まみれの手配書が並び、そこには俺の兄妹たちの似姿と、莫大な報奨金が掲げられていた。今のところ、俺自身の手配書はまだ貼られていないようだ。


「兄さん、アイリッシュちゃんの変装魔法、使っておいて正解でしたね」

 イーサが耳打ちする。

「ああ、ロゼ」俺も頷き返す。

「ロゼの黒髪はいかがですか、兄さん」

 イーサはまた囁くように言ったが、ちょうどその時、受付を済ませていたアイリッシュが俺たちを呼びにきた。「もうっ」とイーサは頬を膨らませていた。


「──モーリス様、こちらにお名前の記入が必要だそうです」

「ありがとう、リーザ! 今行くよ」

 俺はアイリッシュに礼を言い、登録用紙に記入を済ませた。俺は「剣士」、イーサは「聖職者」、アイリッシュは「盗賊」で職種蘭を埋めた。



 ギルドを後にした帰り道。

「それにしても兄さん、モーリス・スウェンって……なんだか聞き慣れない響きのお名前ですね」

 イーサが不思議そうに尋ねてきた。

「俺には馴染み深い名前なんだ」

 俺はどこか感慨深く答える。

「イーサやアイリッシュが使っている名前も、そうだ」

「ロゼッタ」

「リーザベート」

 二人は自分の偽名を口にしながら、どこか誇らしげで、嬉しげな笑みを浮かべていた。


 モーリス・スウェン。

 前の世界で、百年にわたり名乗り続けた名前だ。ロゼとリーザ──前の世界での娘たちと、今の妹たちは全く違う存在だけれど、それでも呼び慣れた名のほうが、不自然が少ない。俺はそのように判断した。


 その時、頭の上でダーリャが「みゃあ、みゃあ!」と鳴いた。──「あたしにも! ねえ、あたしにも!」とでも言いたげな様子だ。


「お前には、ダーリャって立派な名前があるだろう?」

 そう言いながら指で彼女の腹をくすぐると、彼女は嬉しそうに目を細めた。


「それにしても、兄さん……これからどうしますか?」

 イーサが俺の隣で、少し不安そうに尋ねてきた。ギルドの門を出て、街道沿いに続く石畳を歩きながら、俺は空を見上げる。ピカホンタスの空は澄み渡っていて、潮の匂いの微かに混じった冷たい風が、海と、山の気配を肌に届けてくる。


「まずは情報収集だ。この身体に関すること……、それよりまずは簡単なクエストをいくつか受注して肩慣らしをしないとな」

「了解です、モーリス様!」

 アイリッシュ──いや、今はリーザが、背筋を伸ばして頷いた。

「ダーリャにも手伝ってもらうか?」

 俺が軽口を叩くと、頭上の青い子猫が「みゃあ!」と高らかに鳴いた。まるで「任せて!」とでも言っているかのようだ。

「……ダリア本人より、話が通じやすい気がしますね」

 イーサが苦笑し、俺もつい笑ってしまった。


 今日から暫く、俺たちは「冒険者」として生きるのだ。それはあくまで仮初の姿だが、俺は少しだけ胸が高鳴るのを感じた。

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