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14. ルーランド王国の謀略

「強き魂よ、ここにいたれ!」

 ルーランド王国の王宮地下に集まった黒衣の魔導士たちが厳粛な詠唱を繰り返す中、魔法陣の中心で一つの魂がこの世界へと引き寄せられていた。


「成功だ!」と、魔導士たちが口々に叫ぶ。


 ここに、新たな勇者が召喚された。勇者の名は、端山ゆうき。異世界ニホン国で死した魂だった。それは、魔王アッシュ・グエン・ローリーが兄妹の力を借りて、この世界に帰還する少しだけ前の出来事である。


❇︎


 ルーランド王国は広大なピスカン大陸の北西部に位置する。

 その王都ハイルリンは、ヴェルリ海から内陸へ半日ほど行軍した丘陵地帯に築かれている。天然の緩やかな斜面を利用した都市は、外郭を高い石壁で囲まれ、城塞都市としての機能を備える。街並みは放射状に整備され、中心には聖堂と王宮が聳え、灰白の石造建築が重厚な街の輪郭を形づくる。港町ヴァレンからは舗装された軍用街道が通じており、物資と兵が絶えず往来する。遠くには霧に霞むペインリン山脈が見え、その稜線が国境の静かな緊張を語っている。


❇︎


 ──数日後。王都ハイルリンでは、評議会が緊急に開かれていた。

 議題は、北方の辺境に出現した都市ガウルと、それに巣食うという魔王及び悪魔たちについてである。


「ガウルなどという寒村が都市などと名乗るとは片腹痛い」

「惜しいのお、あすこはいいゴミ捨て場だったのじゃが」

「きみ、口を慎みたまえ」

「何が悪い。本当のことじゃないか。まあ、流浪の者たちが掘っ立て小屋を寄せ集めたに過ぎぬであろう。統治機構もない烏合の衆じゃよ」


「ふむ」

 国王は諸侯の言葉に小さく頷く。

 制度上、国王に主権が置かれているが、実際にはここに集った有力貴族からなる評議会に実権を握られていた。


「魔王などと名乗る者が支配しているという話だが、幻術で民を騙しているのだろう」

「魔王の名はなんと言ったかな。あのあたりの連中は、どうにも舌が回らぬような名ばかり付けおって。呼ぶだけで口が疲れるわ。奴らの口車に騙される民がいるのなら、我らが導いてやらねばならぬだろう、なあ諸君!」


 議場ではどっと笑いが起きる。


「制度も文化も理解せぬ彼らに自治を許せば、他領にも波及するやもれませんものなあ」

「そうなれば、王国の威信に関わる事態となりますな」

「王国の名のもとに、彼らにもひとつ、秩序の意味を教えてやるべきではないですかな?」


 評議会は終始和やかな調子で続いた。誰からも緊張感などというものは感じられなかった。ただ一人を除いて。


「諸卿、私から提案がございます」

 そのように切り出したのは北東の辺境伯ウェイン・ドール・ローだった。

 王国創設以来、不安定な北方の軍政を支えてきた名門ロー家の現当主であり、評議会の一角を占める実力者だった。深い青の髪に冷徹な瞳がロー家の由緒ある血統を明確に物語っていた。


「すでにガウルに集う“悪魔”と呼ばれる集団について、我が家の斥候が継続して調査しております。戦闘能力は確かに高いが、組織性に欠け、都市としての基盤も脆弱。鎮圧は容易かと存じます」


「殊勝なことだが、今さら何を分かりきったことを!」

 西の辺境伯レイブン・ミル・ヴァルトラインが嘲笑を浮かべて言った。

「学院でのご令嬢のお噂は聞き及んでおりますぞ。流石は名門のお生まれだ。奔放にお育ちになりましたなあ」

「わしも愚息から聞いておるぞ」

 貴族たちは口々に野次を飛ばし、それが議場全体に広がる。


「ええい、そもそも貴公が状況を放置したのが問題ではないか!」

 ヴァルトライン辺境伯は怒りと苛立ちを滲ませて言った。


「ヴァルトライン閣下が仰ることはごもっともでございます」

 ウェイン・ドール・ロー辺境伯は、他の貴族たちを御するような仕草をしてから、西の辺境伯の目をじっとみすえて言った。


「──諸卿、我らは、北方の魔族諸侯と通じております。古くから続く交易と非公開の密約のもと、彼らにガウルの“試験的侵攻”を命じました」

「貴公、魔族と……結託を?」

「建前は外交の一環。だが、我らが命令できる関係を築いております。どうやら魔族側にも相応の理由があるようで。結果として、彼らは我が王国のために動いてくれる。それに、仮に失敗したとしても都市戦力の消耗は必定。かつ、我ら王国が正規軍を動かす大義名分となる」


 評議会の者たちは顔を見合わせ、やがて静かに頷いた。


「ウェイン殿の言う通りじゃ」

「そうですな! 流石、ウェイン殿だ」

「更地にしてしまえば、あとはどうにでもなる」

 議会はふたたび楽観的な笑いに包まれた。ウェイン・ドール・ロー辺境伯は不敵な笑みを浮かべて、評議会の面々を眺めた。


「もうひとつ、諸卿にご報告が」

 議場はふたたび静まりかえる。

「魔王討伐の象徴として、我々は“勇者召喚”を成功させております。すでに教会筋への根回しも終え。今回の件は“神の敵”としての正式認定が得られる見込みです」

「勇者……まさか、禁忌、魂への干渉か」

「領民からの成人に近い少年少女が行方不明になっているとの訴えがあったが、貴公の差し金であったか」

「何を言っておる。器に選ばれたのじゃから、これ以上の名誉がどこにある」

「──召喚されたのは、異世界ニホンからの来訪者。名はユウキ・ハヤマ。その者は肉体適合率も極めて高く、記憶の改ざんも行っておりません。本人の意思で魔王と対峙させます。英雄とは自らの意志で戦う者であるべきですから!」


「わしはこの件をウェイン殿に一任しようと思うが皆はどうじゃ!」

 ネプス・ナ・オフトー公爵がそう口にした。その言葉に評議会から賛同の拍手が湧き起こった。王もまた無言の同意を示すと、集いは喝采に包まれたまま、散会となった。


(笑止。間抜けどもが。魔族どもの動きを追っていればわかる。魔王国から、あれが動いたのだ。間違いなくガウルには、“魔王の身体”がある)


 王国魔術史の禁書『魂殻論』には、簡単にではあるが「魔王の身体」についての記載がある。「特異な魂にしか適合しない、神々のそれに匹敵する肉叢(ししむら)──」であると記されている。つまり、魔王が魔王でありえるのは、ひとえにあの身体そのものと、それに耐えうる魂によるものなのだ。ロー家は代々、この禁書の存在を一族に密かに伝えており、彼自身もその事実を誰よりも信じていた。


(「魔王の身体」それに「勇者核」を埋め込んだ器たちの体に適合したユウキ・ハヤマの強靭な魂。私の軍はすぐ動けるようガウル近郊に準備を整えてある。魔族の馬鹿どもがガウルを焼け野原にすれば、隙を見てすぐにでもあれを手に入れてやろう。遂に揃うのだ。その力を掌握すれば、王国は、いや、世界は変わる)


「私こそが、この大陸を支配するに相応しい」

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